牧師の読書日記 

読んだ本の感想を中心に書いています。

12月24日(火) フィギュアスケートのオリンピック選手が決まる

2013-12-24 09:15:29 | 日記

 昨日冬季オリンピックに出場するフィギュアスケートの選手たちが発表された。ぜひ頑張ってもらいたい。金メダルを期待したい。

 私がテレビで観ていて感じたことは採点が一般人には分かりにくいということである。これは素人考えかもしれないが、例えばスケーティングと音楽との適合という項目があり、審判員たちがその音楽(曲)をどれほど理解できているかが非常に疑問である。スケーティングの技術点に関するジャッジ(審判・判定)は良いとしても、そのような音楽との調和などの芸術面になると、正しいジャッジをくだすのはかなり難しいと思う。選手たち(コーチたち)の方がその音楽に対して審判員たちよりも理解している可能性があるだろう。その場合のジャッジはどうなるのか。あとは審判員たちの選手たちに対する感情面が強く働いてはいないのだろうか、と疑ってしまう。

 その点、サッカーは分かりやすい。もちろんペナルティーエリア内での反則のジャッジに疑問が残ることはあるのだが、見ていて比較的明快だ。もう少し一般人にも分かりやすい明快な判定方法にすることはできないものだろうか。

 不完全な人間が他の人を裁くもろさを感じる。スポーツに政治がからむとしらけてしまう。何より選手たちがかわいそうだ。完全なジャッジは不可能だが、審判たちにはできるだけ正しく公平なジャッジするように最善を尽くしてもらいたい。

 それは裁判にもいえるだろう。どれだけの間違ったジャッジがあることだろう。お金がからみ、感情がからみ、利権がからんで、間違ったジャッジがたくさんあり、泣いている人々がこの世には多くいることだろう。正しく裁けるのは神様だけである。

 今日はクリスマス・イブだ。イエス・キリストは間違ったジャッジによって死刑(十字架刑)にされた。でもそれも神の計画で、イエスは正しい神の裁きに身をゆだねたのである。