あの日、岩沼で仕事の予定だったのに、何故か行く事を止めた事。
続行してれば、間違いなく流された事実を私はあの世の両親が行く事を止めてくれたと思っています。
幸い、私の周りでは亡くなった方はいなかったけど、大切な会社の先輩をその年の5月に病気で亡くしました。
そして、つい先日
いるだけで周りを明るくする
私より年下の知り合いも
亡くなりました。
あれから10年、仙台のあんちゃんの
エールが胸に沁みます。
「頑張ってください」羽生結弦があえて被災地へ送ったエール全文
2021年3月11日
毎日新聞毎日新聞社記事より抜粋
東日本大震災から11日で10年となるのに合わせ、フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇中の羽生結弦(26)=ANA=が日本スケート連盟を通じてメッセージを寄せた。仙台市出身で自らも被災した羽生は「痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思う」と、震災と向き合ってきた10年を振り返った。
先月13日深夜、宮城、福島両県で最大震度6強を観測した地震があり、東日本大震災の記憶がよみがえったという羽生。発生から10年という年月を実感しつつ、「オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、被災地の皆さんとの交流を持てたことも、繋(つな)がりが持てたことも、笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物」と周囲の応援に感謝の言葉をつづった。
一方で「あの日から始まった悲しみの日々は、一生消えることはなく、どんな言葉を出していいのかわからなくなる」と複雑な心境ものぞかせた。「10年という節目を迎えて、何かが急に変わるわけではない。街の傷も、心の傷も、痛む傷もあると思う。まだ、頑張らなくちゃいけないこともある」と記した。
そして「簡単には言えない言葉」としながらも、被災者に向けたエールで締めくくった。
「僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思う。その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。頑張ってください。あの日から、皆さんからたくさんの『頑張れ』をいただきました。本当に、ありがとうございます。僕も、頑張ります」
羽生結弦のメッセージ全文
何を言えばいいのか、伝えればいいのか、分かりません。
あの日のことはすぐに思い出せます。
この前の地震でも、思い出しました。
10年も経(た)ってしまったのかという思いと、確かに経ったなという実感があります。
オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、被災地の皆さんとの交流を持てたことも、繋(つな)がりが持てたことも、笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物です。
何ができるんだろう、何をしたらいいんだろう、何が自分の役割なんだろう
そんなことを考えると胸が痛くなります。
皆さんの力にもなりたいですけれど、あの日から始まった悲しみの日々は、一生消えることはなく、どんな言葉を出していいのかわからなくなります。
でも、たくさん考えて気がついたことがあります。
この痛みも、たくさんの方々の中にある傷も、今も消えることない悲しみや苦しみも…
それがあるなら、なくなったものはないんだなと思いました。
痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思います。
あの日以前の全てが、在ったことの証(あかし)だと思います。
忘れないでほしいという声も、忘れたいと思う人も、いろんな人がいると思います。
僕は、忘れたくないですけれど、前を向いて歩いて、走ってきたと思っています。
それと同時に、僕にはなくなったものはないですが、後ろをたくさん振り返って、立ち止まってきたなとも思います。
立ち止まって、また痛みを感じて、苦しくなって、それでも日々を過ごしてきました。
最近は、あの日がなかったらとは思わないようになりました。それだけ、今までいろんなことを経験して、積み上げてこれたと思っています。そう考えると、あの日から、たくさんの時間が経ったのだなと、実感します。
こんな僕でもこうやって感じられるので、きっと皆さんは、想像を遥(はる)かに超えるほど、頑張ってきたのだと、頑張ったのだと思います。すごいなぁと、感動します。
数えきれない悲しみと苦しみを、乗り越えてこられたのだと思います。
幼稚な言葉でしか表現できないので、恥ずかしいのですが、本当にすごいなと思います。
本当に、10年間、お疲れ様でした。
10年という節目を迎えて、何かが急に変わるわけではないと思います。
まだ、癒えない傷があると思います。
街の傷も、心の傷も、痛む傷もあると思います。
まだ、頑張らなくちゃいけないこともあると思います。
簡単には言えない言葉だとわかっています。
言われなくても頑張らなきゃいけないこともわかっています。
でも、やっぱり言わせてください。
僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思うので、その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。
頑張ってください
あの日から、皆さんからたくさんの「頑張れ」をいただきました。
本当に、ありがとうございます。
僕も、頑張ります
2021年3月
羽生結弦
続行してれば、間違いなく流された事実を私はあの世の両親が行く事を止めてくれたと思っています。
幸い、私の周りでは亡くなった方はいなかったけど、大切な会社の先輩をその年の5月に病気で亡くしました。
そして、つい先日
いるだけで周りを明るくする
私より年下の知り合いも
亡くなりました。
あれから10年、仙台のあんちゃんの
エールが胸に沁みます。
「頑張ってください」羽生結弦があえて被災地へ送ったエール全文
2021年3月11日
毎日新聞毎日新聞社記事より抜粋
東日本大震災から11日で10年となるのに合わせ、フィギュアスケート男子で冬季五輪2連覇中の羽生結弦(26)=ANA=が日本スケート連盟を通じてメッセージを寄せた。仙台市出身で自らも被災した羽生は「痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思う」と、震災と向き合ってきた10年を振り返った。
先月13日深夜、宮城、福島両県で最大震度6強を観測した地震があり、東日本大震災の記憶がよみがえったという羽生。発生から10年という年月を実感しつつ、「オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、被災地の皆さんとの交流を持てたことも、繋(つな)がりが持てたことも、笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物」と周囲の応援に感謝の言葉をつづった。
一方で「あの日から始まった悲しみの日々は、一生消えることはなく、どんな言葉を出していいのかわからなくなる」と複雑な心境ものぞかせた。「10年という節目を迎えて、何かが急に変わるわけではない。街の傷も、心の傷も、痛む傷もあると思う。まだ、頑張らなくちゃいけないこともある」と記した。
そして「簡単には言えない言葉」としながらも、被災者に向けたエールで締めくくった。
「僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思う。その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。頑張ってください。あの日から、皆さんからたくさんの『頑張れ』をいただきました。本当に、ありがとうございます。僕も、頑張ります」
羽生結弦のメッセージ全文
何を言えばいいのか、伝えればいいのか、分かりません。
あの日のことはすぐに思い出せます。
この前の地震でも、思い出しました。
10年も経(た)ってしまったのかという思いと、確かに経ったなという実感があります。
オリンピックというものを通して、フィギュアスケートというものを通して、被災地の皆さんとの交流を持てたことも、繋(つな)がりが持てたことも、笑顔や、葛藤や、苦しみを感じられたことも、心の中の宝物です。
何ができるんだろう、何をしたらいいんだろう、何が自分の役割なんだろう
そんなことを考えると胸が痛くなります。
皆さんの力にもなりたいですけれど、あの日から始まった悲しみの日々は、一生消えることはなく、どんな言葉を出していいのかわからなくなります。
でも、たくさん考えて気がついたことがあります。
この痛みも、たくさんの方々の中にある傷も、今も消えることない悲しみや苦しみも…
それがあるなら、なくなったものはないんだなと思いました。
痛みは、傷を教えてくれるもので、傷があるのは、あの日が在った証明なのだなと思います。
あの日以前の全てが、在ったことの証(あかし)だと思います。
忘れないでほしいという声も、忘れたいと思う人も、いろんな人がいると思います。
僕は、忘れたくないですけれど、前を向いて歩いて、走ってきたと思っています。
それと同時に、僕にはなくなったものはないですが、後ろをたくさん振り返って、立ち止まってきたなとも思います。
立ち止まって、また痛みを感じて、苦しくなって、それでも日々を過ごしてきました。
最近は、あの日がなかったらとは思わないようになりました。それだけ、今までいろんなことを経験して、積み上げてこれたと思っています。そう考えると、あの日から、たくさんの時間が経ったのだなと、実感します。
こんな僕でもこうやって感じられるので、きっと皆さんは、想像を遥(はる)かに超えるほど、頑張ってきたのだと、頑張ったのだと思います。すごいなぁと、感動します。
数えきれない悲しみと苦しみを、乗り越えてこられたのだと思います。
幼稚な言葉でしか表現できないので、恥ずかしいのですが、本当にすごいなと思います。
本当に、10年間、お疲れ様でした。
10年という節目を迎えて、何かが急に変わるわけではないと思います。
まだ、癒えない傷があると思います。
街の傷も、心の傷も、痛む傷もあると思います。
まだ、頑張らなくちゃいけないこともあると思います。
簡単には言えない言葉だとわかっています。
言われなくても頑張らなきゃいけないこともわかっています。
でも、やっぱり言わせてください。
僕は、この言葉に一番支えられてきた人間だと思うので、その言葉が持つ意味を、力を一番知っている人間だと思うので、言わせてください。
頑張ってください
あの日から、皆さんからたくさんの「頑張れ」をいただきました。
本当に、ありがとうございます。
僕も、頑張ります
2021年3月
羽生結弦
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