男のつぶやき2

普通のおじさんの日常をアップ!

最近、泣きに泣いたシーン

2020-02-29 21:21:55 | 日記
分かりにくかもしれませんが
「テセウスの船」です。
私はマンガから入った口ですが、
ドラマもマンガも犯人を知らない
状況で見てます。
(ドラマはわかったのかな?)
今期は珍しくドラマにハマるものが
多くて、他には
「絶対零度」と
酷評されている向井君の
「10の秘密」
でもやっぱテセウスが一番楽しみです。
もともと竹内君も好きだしね。
年も年だけど、すぐ泣けるのは
精神が不安定なのかしら…(^^;

嬉しい便りです

2020-02-21 21:58:23 | 楽天イーグルス
   やはり、石井の力が
大きかったのかな。
これから一軍で
活躍してもらいたいです。
 
    楽天石井GM、
下妻を支配下登録した理由 
「自分で道を切り開いてくれた」 

*ネットニュースより抜粋

 激戦区の捕手争いへ
「ここからが本当の勝負、頑張れ! 
下妻!」

 楽天は21日、育成の下妻貴寛捕手を支配下選手として契約に合意したことを発表した。背番号は「139」から「67」に変更。石井一久GMは「自分で道を切り開いてくれたと思います、頑張れ!
下妻!」とエールを送った。

 2012年にドラフト4位で入団した下妻は2018年オフに戦力外通告を受け、その後に育成選手として再契約していた。2019年には6月から7月までルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズに派遣。昨季は2軍で24試合に出場し打率.200、0本塁打8打点の成績を残していた。

 石井GMは球団を通じ支配下登録の理由を「元々、支配下登録をしたい狙いがあり、1軍キャンプに参加してもらっていました。実際にここまでの練習試合において、良いパフォーマンスを見せてくれているので、自分で道を切り開いてくれたと思います」と説明。

 ベテランの嶋がチームを去り、捕手は激戦区となるポジションだが「まだ多くの技術や経験を学べる年齢なので、球団としても期待している選手の一人だと思っております。ここからが本当の勝負なので頑張ってもらいたいです。頑張れ! 下妻!」とエールを送っていた。

ノムさん、お疲れ様でした。

2020-02-11 11:27:20 | 楽天イーグルス
楽天イーグルスがつらい時期に
チームを立て直して頂いた
ノムさんには感謝しかありません。
改めてご冥福をお祈りします。
しかし、星野さん、ノムさん、
次々と…寂しいな。


野村克也さん死去 
三冠王の名捕手、名監督―84歳

2020年2月11日
時事通信ニュースより抜粋

 プロ野球の南海(現ソフトバンク)で三冠王も獲得した強打の名捕手として活躍し、ヤクルトを3回日本一に導くなど名監督でもあった野村克也(のむら・かつや)さんが死去したことが11日、分かった。84歳だった。

 京都府網野町(現京丹後市)出身。府立峰山高からテスト生として1954年に南海へ入団し、確実性と長打力を兼備した強打者になった。57年に初タイトルの本塁打王を獲得。65年には戦後初の三冠王になった。

 捕手としても打者の癖や性格を観察して配球に生かすなど才能を発揮し、64~66年のパ・リーグ3連覇や日本一2回など南海の黄金期を支えた。70~77年は監督兼任で、73年にリーグ優勝。

 77年に南海監督を解任されたが、「生涯一捕手」と語ってロッテ、西武で現役を続行。45歳で引退するまで3017試合出場のプロ野球記録(当時)をつくった。現役通算2901安打、打率2割7分7厘、657本塁打、1988打点。本塁打王9回、首位打者1回、打点王7回。

 90年にヤクルト監督となり、データ重視の「ID野球」を掲げ、古田敦也らを育てて92年リーグ優勝、93年には西武を倒して日本一になった。95、97年にも日本一。

 99~2001年阪神監督。06年に楽天監督となり、09年には球団創設後最高の2位に躍進させ、退任した。監督通算1565勝1563敗76分けで勝利数は歴代5位。卓越した野球理論で多くの選手を育てた。89年野球殿堂入り。

 「ノムさん」と親しまれ、講演や解説では「ぼやき」と呼ばれた辛口の批評や数々の名言を織り交ぜて野球論を語った。

祝・スーパースラム

2020-02-09 18:22:14 | フィギュアスケート

まだ、映像は確認してませんが、
点数の速報を見て
転んだのかなって想像出来ました。
何はともあれ、羽生君
スーパースラム達成おめでとう!

 フィギュアスケートの4大陸選手権は9日、男子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)1位の羽生結弦(ANA)が187.60点、合計299.42点で初優勝を飾った。「バラード第1番」を演じたSPに続き、17-18年シーズンに使用した「SEIMEI」再演で戴冠。これにより、ジュニア&シニアの主要国際大会を完全制覇する「スーパースラム」という男子初の快挙を達成した。海外記者も「今日は史上最大に記録的な日になったと言える」と称えている。

 フィギュア界の歴史に「Yuzuru Hanyu」が名前を刻んだ。羽生は2年ぶりに「SEIMEI」を再演。冒頭の4回転ルッツで大きくバランスを崩し、中盤の4回転トウループは転倒した。それでも、最後に3回転アクセル―3回転トウループを組み込み、さすがのリカバリーを発揮。300点にこそ届かなかったが、貫禄を見せつけ、大会初優勝を飾った。

 これにより羽生はジュニアの世界選手権、グランプリ(GP)ファイナル、シニアの五輪、世界選手権、GPファイナル、4大陸選手権(欧州選手権)という主要国際大会6つをすべて制す「スーパースラム」の快挙を達成。日本のみならず、海外からも新たな金字塔に拍手が送られている。

 欧州衛星放送局「ユーロスポーツ」で解説を務めるマッシミリアーノ・アンベシ氏は「ユヅル・ハニュウがついに4大陸選手権の王者になった」と記述。男子事象初めて「スーパースラム」を達成したことを記した上で「4大陸選手権で初めて表彰台に上がってから9年が経ったが、今日は史上最大に記録的な日になったと言える」と敬意を表した。

 これまで男子史上66年ぶりの五輪連覇など、数々のレコードを打ち立ててきた羽生。2020年2月9日、フィギュア界の歴史に新たな偉業が刻まれた。

*ネットニュースより抜粋