あるタカムラーの墓碑銘

高村薫さんの作品とキャラクターたちをとことん愛し、こよなく愛してくっちゃべります
関連アイテムや書籍の読書記録も紹介中

「コケーコッコッコッ」 (p37)

2007-04-04 00:48:40 | 李歐 再読日記
『李歐』 再読日記、始めます。
過去の読書記録を遡ってみたのですが、前回の再読から、どうみても4年以上のブランクがありますね~。それなりに内容、忘れてます(笑)

文庫の表紙を見るたびに、「複製でいいから原寸大のものが欲しいなあ~」と思います。

『わが手に拳銃を』 (講談社)との比較は、まあ・・・臨機応変、アバウトに。やるかもしれないし、やらないかもしれない。そういう方針でいきます。
「わが手に拳銃を 再読日記」を読み返していたら、大した比較はしてないようですから。

以前も意思表示しましたが、『わが手に拳銃を』あっての『李歐』であり、『李歐』あっての『わが手に拳銃を』 だというのが、私のスタンス。どちらにとっても表裏一体。そして別物。まるで義兄弟のようだ(←何それ)

それではいつものように、注意事項。
最低限のネタバレありとしますので、未読の方はご注意下さい。よっぽどの場合、 の印のある部分で隠し字にします。

***

2007年4月2日(月)の 『李歐』 (講談社文庫) は、ナイトゲート のp59まで読了。
(偶然にも「わが手に拳銃を 再読日記」の初回分と同じページ数だ・・・ビックリ!)
しかし『李歐』の方が分厚いので、このペースだと9~10回分は必要ですね。

今回のタイトルも、笑えそうな部分を取り上げていけたらいいなと考えていますが、どうなりますやら。今回は、これしかないですよね?(笑)


【主な登場人物】
「わが手に拳銃を 再読日記」とほぼ一緒・・・それではあまりにも芸がないので、『わが手に拳銃を』とちょっと比較してみます。

吉田一彰・・・主人公。今思うと、<彰之シリーズ> の福澤彰之とよく似ている気が、しないでもない。どちらにしろ、典型的な高村作品キャラクター。
『わが手に拳銃を』に比べて、李歐と運命の出会いを果たすまでは、えらく無気味だ(苦笑) そう思わせるエピソードの最たるものが、高校生のカズぼんが、同級生の女の子の家の二階の窓から侵入しようとして警察沙汰になった・・・というもの。
こ・わ・い・わ!! むっちゃ怖いわ!! ここは何度読んでもゾッとする~。私はあんまりカズぼんには感情移入、しにくいな。ファンの方、すみません。

橘敦子・・・一彰が大学で指導を受けている橘助手(両作品とも、下の名前が出てこない)の妻であり、一彰と不倫関係にある女性。プッツン度(笑)は、『李歐』の方が上かもしれない。

笹倉文治・・・「ナイトゲート」の常連客。『わが手に拳銃を』よりも狡猾か?

川島・・・「ナイトゲート」のマネージャー。『わが手に拳銃を』より、気持ち悪いかも(爆)

李歐・・・登場してますが、名前はその時点で不明。前作の『わが手に拳銃を』から、タイトルロールにまで昇進したのですから、紹介しないわけにはいきません。現時点での『わが手に拳銃を』との違いは、カタカナと漢字くらい・・・なわけないですが、お楽しみは後回しにね♪


【今回の漢詩】
『わが手に拳銃を』と同様に、私が分かる限りで、引用された部分と、全ての詩と読み下し文を載せます。中国語変換できない字もありますし、読み下し文は書籍によって多少の違いがありますので、ご了承を。

杜甫の七言古詩「飲中八仙歌」 (p17~18)
カズぼんは、 知章騎馬似乗船 の部分を 我坐電車似乗船 に改作して、悦に入ってました(笑)

知章騎馬似乗船   知章の馬に騎るは船に乗るに似たり
眼花落井水底眠   眼花は井に落ちて水底に眠る

汝陽三斗始朝天   汝陽は三斗にして始めて天に朝し
道逢麹車口流涎   道に麹車に逢いて口より涎を流し
恨不移封向酒泉   封を移して酒泉に 向かわざるを恨む

左相日興費萬錢   左相は日に興きて万錢を費やし
飲如長鯨吸百川   飲むは長鯨の百川を吸うが如し
銜杯楽聖稱避賢   盃を銜みて聖を楽しみ賢を避くと称す

宗之蕭灑美少年   宗之は蕭灑たる美少年
擧觴白眼望晴天   觴を擧げ白眼もて晴天を望む
皎如玉樹臨風前   皎として玉樹の風前に臨むが如し

蘇晉長斎繍佛前   蘇晋は長斎す繍仏の前
醉中往往愛逃禅   醉中往往 逃禅を愛す

李白一斗詩百篇   李白 一斗 詩百篇
長安市上酒家眠   長安市上 酒家に眠る
天子呼來不上船   天子呼び来たるも船に上らず
自称臣是酒中仙   自から称す臣は是れ酒中の仙と

張旭三杯草聖傳   張旭は三盃 草聖伝わり
脱帽露頂王公前   帽を脱し頂きを露わす王公の前 
揮毫落紙如雲烟   毫を揮い紙に落とせば雲烟の如し

焦遂五斗方卓然   焦遂は五斗 方めて卓然   
高談雄辯驚四莚   高談 雄弁四莚を驚かす



【さくら桜】
『李歐』の影の主役は、さ~く~ら~♪(ペペペン) さ~く~ら~♪(ペペペン) (文部省唱歌「さくら」)
ちょっと気になった桜の描写と、それに狂わされていく人物たち(笑)を、取り上げてみましょうか・・・と、読んでいる最中に、ふと思いつく。・・・いつものように、自分で自分の首を締める行為。

★四月初めのこの季節には、千里丘陵に咲き乱れる桜の淡いピンク色が、いつも真っ先に一彰の努力を圧倒した。その朝も、アパートの隣の民家から張り出している桜の大木を見たとたん、網膜にしみ込んだピンク色が間もなく身体じゅうに広がり始めて、校舎に着くころには、何ひとつまとまった言葉が出てこないまま、春爛漫に染め上がった脳味噌が発狂しかけていた。 (p11)


【今回の名文・名台詞・名場面】

★毎朝、あるのは重力だけだ。吉田一彰は、しばらく目が覚めたという感覚もないまま、布団の上にだらりと伸びている自分の身体に重力を感じ続けた。 (p9)

『李歐』、冒頭部分。ここを読むたび、シモーヌ・ヴェイユ 『重力と恩寵』を、なぜか思い出す。・・・未読なのになあ。

★ペダルを漕ぎながら出てくる語彙は、いつも似たような乏しさだった。
空っぽ。無為。無明。だるい。
 (p10)

カズぼんの描写・その1。いや・・・いつの時代でも、学生って、そんなもんよね?

一彰は、不快も重なると滑稽になってくるのを発見して、いつの間にか一人でにやにやした、それも、おおかた季節のせいだった。春になると一彰の自律神経は狂いだし、笑うと内臓の筋肉が緩み、血管が拡張して血の巡りがよくなるやいなや、ところかまわず発情する。ぱっと欲情の花粉が飛び散ったが最後、考えるより先に身体の方が動き出す。 (p13)

カズぼんの描写・その2。
しょっちゅう「不快」を感じている某刑事さんも、カズぼんを見習って前向きになったらいいのに(笑)

★いったん何かを心に決めると、そのための冷静な算段以外は、事の是非や損得の判断や感情などの一切が消えてしまう。 (p22)

カズぼんの描写・その3。これも怖いわ~。


さて、以下は一彰と李歐の運命の邂逅シーンをまとめてみました。お楽しみあれ。

★男はすぐにまた目を逸らせたが、最初から虚空へ揚げられていた右腕はそのままで、しかもその右腕は、方の付け根から手指の先の指までが、一度も停止することなく踊るように動き続けていた。一彰が思わず目を留めたのは、その腕一本のせいだった。 (p42)

★一彰が見ている間に、その腕は指先まで一直線になって虚空に立ったかと思うと天を仰ぐ五本の指がゆっくりとばらけていった。その一本一本が生きもののようにしなり、揺れながら、弧を描いて絡み合うと、そこには何かの調べとリズムが流れ出して、それが手首へ肘へ肩へと伝わっていく。闇を泳ぐ白い手指と黒い腕の、それだけの動きだけでも息を呑むほど美しかった。 (p42~43)

★男は降りてくる一彰を数秒見ていた。そして、一彰がにらみ返すよりも早く、その目は突然、よく切れる薄刃ですうっと刺し身を引くような、強烈な流し目を残して一彰から逸れていった。と同時に、男の二本の足は路地へ滑り出し、今しがたの腕一本と同じ動きがその全身に乗り移って、二本の腕と足が天地四方へうねり出したのだ。 (p43)

★新地の路地裏でひとり舞い始めた男の周りには、一彰のほかは誰もいなかった。一彰は、自分が幻惑されていることに硬直しつつ、目を奪われ、息を呑んだ。男の腕も足も、まるで生きている蛇だった。たおやかで鋭く、軽々として力強く、虚空を次々に切り取っては変幻する。それが天を突く槍に化け、波うつ稲穂へ、湖面のさざ波へ移ろっていく。 (p43)

★いったいこいつは、辺り一面に見えない磁力線をほとばしらせて、見る者を狂わせようとしているのか重い、さらには、自分の眼前で艶やかにうねる身体の彼方に、ふいに広大な空間が広がっていくのを見、そこを吹き抜けていく大陸の風を見たような思いにとらわれて、密かに放心した。 (p43~44)

★一メートルの距離であらためて相対したのは、年恰好は自分と変わらない二十歳前後の男だった。ちょっと見たことのない整った目鼻だちをしており、その中でも目は、黒曜石のような光沢を放つ黒目と白磁の白目が、鮮やかな切れ長の枠の中に納まっており、ゆったりと落ちていく瞼の下でその黒曜石の黒目がすうっと動くのだ。次いで瞼が上がると、再び現れるくっきりとした白と黒は、今度は眩しすぎて爆発しそうな感じになる。 (p44)

★「あんた、誰だ」と、一彰は尋ねた。
即座に、「ギャング」という一言が返ってきた。
一彰は、胸のどこかがふわっと揺れるのを感じた。突然訳もなく、楽しいような、胸がときめくような、支離滅裂な気分がかすめていって、思わず笑った。男もまた、いきなり左右に開いた唇の間から真っ白な歯を覗かせ、すぐにまた表情を消し去った。
 (p44~45)

★後ろから男の晴朗な声が飛んできた。
「ヘイ! あんたが気に入った」
「俺もだ」一彰は振り向いて応え、何だか奇妙に心が弾んでいると思いながら、路地をあとにした。
 (p45~46)

はい、以上が一彰と李歐の初対面でした。李歐は舞って、カズぼんはそれを見て、ちょっとだけ言葉を交わし、別れる。ただそれだけの場面なんですが、高村さんは惜しむことなく李歐の描写にとことん言葉を費やしているなあ・・・ということが、入力してみて改めて気付きます。多分、合田雄一郎さんの描写以上に、愛を注がれているとしか思えないほどの、表現力の素晴らしさ、語彙の贅沢さ。李歐の魅力を、余すところなく読み手に伝えようとしておいでですね。

★「あんな芝居をしなくても」と一彰は応じた。
「君が芝居みたいな生活をしとるんや」
 (p52)

廖大聚(リャオダージュイ)のナイスツッコミ!

★ふと、今夜はいくつもの人生のオルゴールのドラムが突然一斉に回り出したように賑やかだと思った。自分の人生が虚しいほどあざとく感じられた。 (p58)

カズぼんの描写・その4。



2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
さくら~さくら~ (パステル)
2007-04-06 22:53:18
そうですね。
今「李歐」の桜を謳歌する時ですね!
今は何処を見ても桜桜桜桜桜・・・・
でも、もっともっと、李歐と一彰は桜の海を見たのね~と思っています。
返信する
花ざかり~ (からな)
2007-04-06 23:54:16
パステルさん、こんばんは。パステルさんのお住まいでも、桜は今が満開なのでしょうか。

>「李歐」の桜

春になるとこれを読む人は、かなりいらっしゃるはず。
これから桜が咲き始める地域にお住まいの方も、その時に読んで欲しいなあ・・・なんて、おせっかいながら思ってしまいますね。

>李歐と一彰は桜の海を見たのね~

李歐は五千本と提案、一彰は千本でいいと断る(苦笑) どちらであっても、いったいどんなものなのか、想像がつきません。
一度は奈良県の吉野山に行って、一千本の桜を見てみたいです・・・花粉症でなければ・・・。奈良県、スギもヒノキも多いので・・・。

返信する

コメントを投稿