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成福寺(伊豆韮山)

 鎌倉の小袋谷にある『成福寺』については、以前に当ブログにてご紹介した通りですが、伊豆韮山の地にも、同名の『成福寺』があります。やはり鎌倉の『成福寺』同様、北条氏ゆかりの寺院となります。

 伊豆韮山の『成福寺』は、創建が1289年となる浄土真宗の寺院となります。
 開基は北条正宗となり、元冦の時に活躍した、鎌裏幕府第8代執権「北条時宗」の三男となります。
 正宗は、父・時宗の命で元冦の際に亡くなった人達の菩提を弔うため、鎌倉・鶴岡八幡宮に一切経書写奉納の大願を立てさせます。その際に出会った本願寺二世の「如信」に教えを受け、仏門に入ります。父・時宗の死後、その菩提を弔うため、北条氏発祥の地である韮山の地に、この成福寺を建立したそうです。なお、現在のご住職の方も、開基の北条正宗の子孫にあたるそうです。



『成福寺』




 「北条時宗、正宗および覚山尼の墓」


鎌倉より正宗は、両親の遺骨を分骨し、菩提を弔ったそうです。なお、「覚山尼」は、北条時宗の正室になり、鎌倉の「東慶寺」を建立しました。


「北条氏一門の墓」



 『成福寺』の近くには、北条氏ゆかりの寺院も多く、当ブログにて紹介した『円成寺跡』にも徒歩10分弱で到着できますよ。また、『円成寺跡』に向かう途中には、「北条政子産湯の井戸」があります。

「北条政子産湯の井戸」・・・50㍍程歩くと「堀越御所跡」があります。






「堀越(ほりごえ)御所跡」・・・更地になっています。




 伊豆堀越公方は、室町将軍家に反抗する古河公方「足利成氏」に対抗するため、第7代将軍「足利義政」が兄の「足利政知」を関東公方として鎌倉に派遣しますが、鎌倉入りは出来ずに、ここ伊豆韮山の地に御所を構えたのが「堀越公方」となります。
 堀越公坊は、政知の死後の家督争いの混乱を、伊勢宗端(北条早雲)に浸かれ、1493年に滅びます。



 『成福寺』や『北条政子産湯の井戸』に関する鎌倉時代の北条氏と、『堀越御所跡』に関する北条早雲の北条氏とは、子孫でもなく、全く関係がありませんが、同じ北条の名を持つ両氏が、こうやってこの韮山の地でリンクするのも、何だかとても興味深いものですね。


『成福寺』
住所:静岡県伊豆の国市四日町981
電話:055-949-1099
拝観時間:特になし
拝観料:無料
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