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御霊神社(梶原)

 『 御霊神社(坂ノ下)』で触れたように、市内には、もう一ヶ所の御霊神社があり、それが梶原の地にある御霊(ごりょう)神社となります。
 祭神は、坂ノ下の御霊神社と同様、「鎌倉権五郎景政」となります。


 『御霊神社』
 
 深沢小学校脇にある閑静な神社となり、訪れる観光客もほとんどいません。



 『拝殿』
 
 神社の由緒を見てみると、ここでは鎌倉権五郎景政は、「後三年の役」ではなく、「前九年の役」に従事したと記載されております。これは一体どういうことでしょうか?謎ですね。
 それはそうと、この神社は、1190年に梶原景時*1によって建立されたとあります。梶原氏は、鎌倉党にあたり、ここ梶原の地を領した所から梶原氏を名乗るようになります。


 *1梶原景時(1140?~1200)
 石橋山の戦いで敗れ、洞窟に隠れていた源頼朝を救ったことから重用され、また、和歌も嗜んだりと教養もあり、頼朝の信頼が厚く、都の貴族からは「一ノ郎党」と称されていた。一方で、源義経を始め、数々の讒言をおこなった事から、周りの同僚の御家人からは嫌われ、「げじげじ殿」と云われていたそうです。頼朝の死後、直に追放され、一族とともに滅ぼされます。


 


 『拝殿脇にある五輪塔』

 左から2番目の五輪塔には、「建武元年十二月廿三日」と刻まれております。建武元年とは1334年となり、鎌倉幕府滅亡の翌年となります。



 
 『本殿』
 
 祭神である「鎌倉権五郎景政」が祀られております。また、景政夫婦や梶原景時の像も安置されているそうです。

 
 「新編鎌倉誌」によると、坂ノ下にある御霊神社は、元は梶原の御霊神社であったとされ、そのため、坂ノ下にある御霊神社の祭礼には、梶原の御霊神社の神主が加わったとされます。


 ここ御霊神社から、元々あったとされる葛原岡神社までの道の途中には、「御堂屋敷」とか「みず屋敷」と呼ばれる場所があり、梶原景時の屋敷があったと云われております。梶原景時屋敷は十二所にもあったとの説もありますが、梶原の地に屋敷又は、別宅があった可能性は十分に考えられるかなと思いますね^^

 

 「御堂屋敷」、「みず屋敷」と呼ばれていた一帯。
 はっきりどこかは分かりません。ただ、このゆるやかな傾斜地辺りの何処かにあったのかと想像してみるのも愉しいものです^^


『御霊神社(梶原)』
住所:鎌倉市梶原1-18-27
拝観料:境内自由



 行き方」
湘南モノレール「湘南深沢駅」下車
①駅を出たら、そのまま江ノ島方面に真っ直ぐに進みます。2分歩いたら「深沢支所西」の交差点の手前の道を左折します。


②郵便局や深沢支所を左手に見ながら、真っ直ぐに進み、深沢小学校が左手に見えるまで行きます。
 深沢小学校のグランドに沿うように左手に曲がったら、突き当たりを左に進むと到着します。駅からだと約7分位です。

 
 

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