かへる 東の国探訪記

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ウィーン軍事史博物館(15)

2015-12-06 09:59:09 | 旅行
ここから1915年の展示となる。

この↑写真の説明書きには
『Bruck an der Murでの皇帝誕生日(8月18日)を祝う野外ミサ』とある。

これは1915年の戦況を表した地図。
ベルギー・フランス国境の西部戦線とポーランド・チェコあたりの東部戦線の他に
イタリア北部やバルカン半島が主戦場になっていたことがわかる。

戦場になった場所は、この戦争で主戦術として使われた塹壕が多く掘られた場所であるのだが、
そこに暮らしていた人たちはどうなってしまったのかと思う。
(たぶん、戦場となったのは人の住んでいない場所か、住んでいたとしても立ち退かされたと思うのだが)
先日見たテレビ番組で、これらの塹壕痕を含む戦場が残っている場所があるのに驚いた。

この軍服は歩兵隊のものだろうか。
装飾が少ない中、襟の赤が目立つ。


これらはもう少し階級が上の軍人のものだろうか。


説明書きのパネルはドイツ語表記の他に英語でも書かれているので、読むのにそれほど不自由はしない。
この金のヘルメットは、紋章からしてオーストリア=ハンガリー二重帝国軍のものだろう。


これは何かの掲示文なのだが、写真写りが良くなく(わたしの腕が悪い)
何が書いてあるか読めない。


N○Kの番組などの受け売りだが、第一次世界大戦は大量殺戮時代の始まりとなった戦争である。
しかし軍人以外の大量の市民が徴兵によって戦争にかり出された戦争の始まりという見方もできる。
簡単な軍事教練のみで戦争に送り出されたのは、歩兵部隊だと思われる。
歩兵の軍服や装備品がシンプルなのに、ある意味衝撃を受ける。