鍼灸如何に学ぶべきか~科学的鍼灸論の構築のために~

鍼灸の理論と術にかかわる初歩的・基本的な問題を中心に科学的=論理的に唯物論を把持して説(解)いて行きたい、と思います。

古傷への鍼治療〜鍼灸理論は時代の鍼灸理論〜

2015-10-22 22:39:40 | 鍼灸理論・東洋医学
 鍼治療を受けた。鍼灸理論は時代の鍼灸理論との思いする。

 本日、同僚のI先生に、腰の古傷の治療として鍼を打ってもらった。
 具体的には、左右の大腸兪と右の関元兪に、銀鍼3番で約1センチの深さで、数分間置鍼をしてもらった。
 一般的には張り、痛みを感じる部分へ、具体的にはI先生にお任せで(医古文の研究を10年近くされていて、ご自身の治療としては、経絡治療、接触鍼を主にされている。)打ってもらった。

 腰に対する治療効果も感じられたが、前回の金鍼30番ほどの効果は感じられなかったが、打ってもらった直後から、両足に温かさが感じられ、わずかに数分の置鍼であったが、終わる頃には足裏がじんじんするほどに血流が良くなった感があった。
 前回の金鍼の時もそうであったが、I先生の鍼、経絡治療?は良く効くとの思いする。しかしながら、誰に対してもそうではない様である。自身の身体との相性が良い様なのである。

 以上のことは、どういうことなのかと考えると鍼灸理論は時代の鍼灸理論なのだ。との思いになった。
 
 古代中国に生まれた、経絡による診断と治療という鍼灸理論。古代中国における鍼灸実践の積み重ねの結果。から創出されていったものである。ということは当然に、その時代時代の、時代に制約されているところのものである。とは、「旧・東概」でも度々説かれていることではあるが、肝心のことが「旧・東概」では説かれていないと思える。
 それは、現代人の身体が、古代中国という時代の身体と同じものであるかの錯覚についてである。(これは、少し真面目に、事実で考えてみればわかることであるが、古代中国人と現代日本人とは、どれほどに生活なありかたが違うか!であり、結果としての認識と実体の創られかたがどれほどに違うか!という問題である。)

 古代の鍼灸理論の理解に、古代中国という時代性を考えにいれるということは、その時代の自然・社会・精神のありかたを考えにいれるということなのであるが、鍼灸の対象である人間体もその時代の人間体であるということをしっかりと考えに入れなければならないということである。
 
 端的には、古代中国の鍼灸理論=東洋医学は、経験主義的なものであるだけに、余計に、その対象の特殊性に左右されやすいというか、個性的な部分を引きずっているというか・・・・・・。

 別言すれば、古代中国の鍼灸理論に基づいた鍼灸の施術は、古代中国人への鍼灸実践によって、いわば、古代中国人のために創出されたものであるから、古代中国という時代にあっては、古代中国人に対しては劇的な効果があったのだと思う。
 それゆえ、現代にあっても、古代中国人との同似性のある現代人には、より効果が高い。のだと思える。では、他の現代人にも効果あるものにするにはどうすればいいのかということになってくるはずだが・・・・・・。

 例えば、変なたとえであるが、経験主義的な指導者の下では、指導者と同じタイプの選手しか上達し難い。ということと、論理的には同じ様なことが、鍼灸治療にもあるのではということである。

 しっかりと考えがまとめきれていない。引き続き考えていきたい。詳細はあらためてである。
 

 
 

 
 

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