醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  304号  白井一道

2017-01-26 11:06:39 | 随筆・小説

 ごを焚いて手拭あぶる寒さかな

句郎 「ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉」。芭蕉四十四歳の時のもの。とてもいい句だと思うんだ。
華女 そうね。「ご」とは何なの。
句郎 枯松葉のことを三河地方では「ご」と言うそうだ。尾張・伊勢・三河・美濃地方では朝、出がけに枯松葉を焚いて温まり出かけていく習慣があったそうなんだ。
華女 まぁー、一種の朝焚火ね。昔よく大工さんたちが仕事前、木くずを燃やし、仕事の打ち合わせをしている風景を見たことがあるわ。
句郎 芭蕉は三河保美に蟄居させられていた杜国を訪ねる途中で詠んだ句が「ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉」という句のようだ。
華女 枯松葉はパチパチと燃え、すぐ消えてしまうのよね。昔、竈の焚きつけに枯松葉を燃やしたことがあったわ。
句郎 枯松葉の燃える匂いが楽しかった。
華女 竈の前の冬の匂いね。竈の番は暖かで楽しかった思い出があるわ。
句郎 冬の風呂焚きも暖かで良かったかな。
華女 何となく、昔の生活は、今思うと厳しかったように思うけれど、なにか生活に情緒のようなものがあったようにも思うわ。
句郎 そうだよね。そうした生活の情緒のようなものがあったからこそ、「ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉」のような句が生まれたのかもしれないなぁー。
華女 芭蕉はそうした庶民の日常生活の機微を詠んでいるのね。
句郎 庶民の生活の中にあるちょっとした喜びや悲しみを詠み、その世界が中世以来の風雅なものに劣らないことを見出したんじゃないかと思うんだ。
華女 確かに庶民の生活の中には下品なものが満ちているかもしれないけれどその中に上品なものを芭蕉さんは発見したのね。
句郎 まさにその通りなんだと思う。庶民の日常生活の中にある真実を詠んでいると俳諧というものが連歌に匹敵する風雅なものになっていることに芭蕉は気づいたんじゃないかと思うんだ。
華女 庶民の生活の真実を詠んだ結果が俳諧の風雅になったということなの。
句郎 「ごを焚いて手拭あぶる寒さ哉」。この句はとても上品な句だと思う。芭蕉は初め「ごを焚いて手拭あぶる氷哉」と詠んだようだ。きっと手拭が氷っていたんじゃないかと思うんだ。氷った手拭を炙り、乾かした。手拭が乾いた出かけようということになった。
華女 なるほどね。
句郎 「ごを焚いて手拭あぶる氷哉」では、伝わりづらいかなと思って、「氷」を「寒さ」に変えたのではないかと思う。
華女 私もそう思うわ。
句郎 芭蕉は凄いと思う。今から三百年も前に今でも十二分に通じる平凡な言葉で句を詠んでいる。これって、凄くない。
華女 ちっとも古びていないものね。
句郎 永遠に新しい。これから三百年たっても芭蕉の句は新しさにみちているのかもしれないな。
華女 きっと、名句というのは、そうなんじゃないのかしら。
句郎 枯松葉はブォッと燃えてすぐ消えてしまうから寒さが身に凍みいるのかもしれないなぁー。暖まった手拭を首に巻き、早足で歩きだしたんじゃないかな。きっとそうだ。