醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより  288号  白井一道

2017-01-10 14:49:58 | 随筆・小説

 秋田の名酒「雪の茅舎」を楽しむ

侘輔 今日の酒は羽後の酒「雪の茅舎」だよ。
呑助 「羽後」というと、東北の酒ですね。
侘助 そうだよ。秋田の酒かな。
呑助 秋田は日本で一番日本酒を消費しているらしいですね。
侘助 そうらしい。もう十年以上前になるけれども卒業生の結婚式に出たことがあるんだ。
呑助 へぇー、首都圏に住んでいた人が地方の、秋田に就職したんですか。
侘助 そうなんだ。懇意にしていた生徒でね。レスリング部の猛者だった。将来、彼が山村で生活したいと言ってね。就職を一緒に考えたんだ。日本地図を広げて、どこで就職したいといったら、北の方がいいというから、北海道あたりがいいかなぁ、と云ったら青森から秋田にかけての地域を指し、白神山地あたりがいいというから、ああ、ここは日本でも有数な広葉樹林の森が広がる所だというとここが良いということで決まったんだ。
呑助 そんなことで就職を決めたんですか。
侘助 私は早速、秋田県庁に電話をかけ、森林組合で人員募集している所はないかと聞いてみた。
呑助 白神山地の森林組合が若者を募集していたんですね。
侘助 森林組合の組合長さんが乗り気になってくれてね。電車賃、宿泊代をだすから、気持ちの変わらないうちに面接に来てくれと云うことになってね。一人で面接に行ったんだ。
呑助 面白いもんですね。
侘助 面接に行ったら、組合長さんの家に招かれ、御馳走でもてなされたようなんだ。面接と云っても秋田のショッツル鍋を御馳走になりに行ったようなものだったらしい。
呑助 いい面接ですね。そんな面接なら私も行ってもいいですね。
侘助 ただ、五年間は辞めるなよと、強く念を押しておいた。
呑助 その彼氏の結婚式によばれていったわけなんですね。
侘助 そうなんだ。その結婚式の乾杯は日本酒だったことを覚えているな。
呑助 「雪の茅舎」だったんじゃないんですか。
侘助 忘れてしまったな。彼は青森に近い方の能代から白神山地に入ったところに住んでいたからね。「雪の茅舎」は秋田市から南、山形県に近いほうだから。
呑助 「雪の茅舎」の特徴はどんなところにあるんですか。
侘助 「雪の茅舎」を醸す杜氏さんは私と同じ歳の人なんだ。
呑助 と、いうと七十歳ですか。
侘助 そう七十歳。我々が十代の後半から二十代にかけての頃は経済が高度成長した時代だったから地方から都市に若者が集まって来た頃なんだ。その時、地元に残り、酒造りの道に入った人なんだ。親と一緒に農業に勤しみ、農閑期に酒蔵に働きに出た。蔵人の下働きから始め、飯炊き、洗濯、釜炊き、洗い、米研ぎ、真冬の厳しい寒さの中での水仕事をした人なんだ。
呑助 苦労人なんですね。
侘助 そうなんだ。その人が今では日本一だと云われる杜氏さんになった。高橋藤一杜氏さんは酒は微生物・麹や酵母が醸すものだ。人間が手をかけて造るものではないと言っている。酒造り名人の言葉なんだ。