二代目。
KATO製103系クハ103-819,クハ103-826(元ラシ314F)を種車にクハ103-821,クハ103-828が竣工しツヌ304F-2が出場した。
編成管理番号はツヌ304F(Tc103)に続けツヌ304F-2としツヌ304F(Tc103)は再びツヌ304F-1へ戻った。
クハ103-821,クハ103-828にはB形防護無線アンテナが搭載され1986年8月頃の隙間仕様が復活している。

↓

国鉄103系ツヌ304F (1986/8)。
ツヌ304F-2:Tc821-M684-M'840-T458-M685-M’841-T459-M686-M’842-Tc828。
※クハ103-821,クハ103-828 改番竣工。
クハ103-821,クハ103-828は1981年9月に豊田区から津田沼区へ転入しツヌ311Fとなった。
当時はモハ103-760以下8両と10両編成を組み誤乗防止ステッカーを貼付の上朱色1号のまま運用された。
編成にはサハ103形750番代が組まれており101系第一次冷房改造車を編入したサハ103-772が目立つ存在だった。
1986年のクハ103形入れ替えに伴い中間車がモハ103-684以下8両へ変更され編成番号もツヌ301Fに繰り上がった。
更に京葉線予備編成を兼ねていたツヌ304F(Tc179),ツヌ314F(Tc289)がツヌ301F,ツヌ302Fに集約された。
これに連動しツヌ301F(Tc821)はツヌ304Fへ改められている。
JR移行後も長らく組成を崩さず運用されてきた。
しかし1997年10月中旬にサハ103形が車両更新工事施工車のサハ103-334,サハ103-335に差し替えられた。
209系500番代,E231系0番代投入による編成番号再編では車両構成はそのままにラシ303Fへ変更されている。
2000年3月に編成が解除されサハ103-334,サハ103-335以外は豊田区へ転出した。
この8両は京葉区で廃車された後にJR西日本へ譲渡されておりJR103系でも特筆される存在と言えよう。

ツヌ311F (1982/8)。
組成都合でクハ103-821,クハ103-828は各々二代目の登場になった。
クハ103-821,クハ103-828(初代)は1982年8月をプロトタイプとするツヌ311Fで在籍している。
種車はKATO製クハ103形高運転台非ATC車総武線仕様のクハ103-805,クハ103-812だった。
KATO製101系モハ101-107を種車にしたサハ103-772の竣工がツヌ311Fの出場に繋がっている。
ツヌ311Fはサハ103-772が単独で先発し後追いで編成表を確認し組成に至った。
よってクハ103-821,クハ103-828(初代)は偶発的な登場になっている。
なお特色を強めるためサハ103-772だけが朱色1号のまま存置された時期をプロトタイプに選定した。
またクハ103-821,クハ103-828(ツヌ311F)はツヌ301F-1と中間車を共用しツヌ301F-2を兼ねている。
先に防護無線アンテナ未設置の国鉄仕様が在籍している関係でクハ103-821,クハ103-828(二代目)は隙間仕様を維持した。

ツヌ301F-2 (1986/4)。
ツヌ304F-2はツヌ301F-2と同じくツヌ301F-1と中間車8両を共用し組成される。
編成番号はツヌ304Fだがクハ103-821,クハ103-828は実質ツヌ301Fグループの一員となった。
行先表示類は元ラシ314F時代から変わらず[53C 中野]のままである。
自作ステッカーに加え長期休車と悪条件が重なった。
ところがステッカー印刷には劣化が見られず作業省力化も兼ね継続使用となった。
クハ103-821はジャンク車両で車体更新を行いクハ103-828と見附を揃えた。
休車の一因にもなったクハ103-819(塗装変更車⇔クハ103-828:ジャンク車両)は廃車されている。

ツヌ301F-1 (1979/4)。
ツヌ304F-2はB形防護無線アンテナを搭載する程度で編成独自の特色は殆ど無い。
敢えて10両編成化する理由も少なくクハ103-821,クハ103-828だけの存在となった。
ツヌ304F-2出場にはツヌ301F-1の在籍が大きく影響している。
中間車8両が別の車両番号であればツヌ304F-2は成立しなかった。
ちなみにツヌ301F-1はプロトタイプ固定化の最終編成だった。
この改番が無ければまだクハ103-819,クハ103-826の休車は続いていたかもしれない。
改番はTOMIX製高運転台非ATC車High-Grade製品付属インレタを起用した。
一方初期形冷房改造車付属インレタにはツヌ301F用のブロックインレタが一部存在する。
そのためツヌ301FグループはTOMIX製High-Grade製品付属インレタへの統一も考えている。

ツヌ302F-2,ツヌ304F-2。
ツヌ304F-2はB形防護無線アンテナ搭載編成が災いし離合に相応しい編成は多くない。
その中で特徴的な編成はツヌ302F-2,ツヌ326Fだろう。
両編成ともクハ103形が黄緑6号の混色編成である。
特にツヌ302F-2はKATO製10両編成でツヌ304F-2と外観が揃う。
当初は京葉線運用を控え一時的に誤乗防止ステッカーが剥がされたツヌ314Fをプロトタイプに出場した。

出場当時のツヌ314F (1986/4)。
1986年4月の僅かな期間に見られた面白い存在ではあった。
しかし[津田沼]幕の採用も重なり池袋区混色編成の様に見えるのが弱点だった。
後日誤乗防止ステッカーを貼付しツヌ302F-2へ改めている。
今になってツヌ302F-2化がツヌ304F-2を引き立てる存在になるとは思ってもいなかった。
ちなみにクハ103-289,クハ103-290(ツヌ302F-2)はクハ103-281,クハ103-282(ATC準備車:黄緑6号)を種車とした。
黄緑6号で残るクハ103-281,クハ103-282出自車両は2両だけである意味貴重な存在になっている。

ツヌ304F-2サイドビュー(クハ103-821←クハ103-819:改番,車体更新)。
クハ103-821は車体更新を経たため外観が飛躍的に向上した。
しかしサイドビューからの特徴はB形防護無線アンテナに限られる。
このB形防護無線アンテナはTOMIX製High-Grade製品リリース前に装着しており固定はゴム系接着剤である。
強固に固定されていたため屋根板への開孔は見送り種車を踏襲した。
ただクハ103-821,クハ103-828に防護無線アンテナが搭載された期日が特定出来なかった。
そのためツヌ304F-2はイメージ編成の可能性が残っている。
長期休車から明けたクハ103-821,クハ103-828は戦列に復帰した。
ラシ314F時代と同条件ではあるものの流転を繰り返した挙げ句休車に至る事態は防げるだろう。
全てはジャンク車両のクハ103-828(黄色5号)回着が切っ掛けだった。
代替廃車された元クハ103-819は部品取車となり今後の保守に活用する予定である。
KATO製103系クハ103-819,クハ103-826(元ラシ314F)を種車にクハ103-821,クハ103-828が竣工しツヌ304F-2が出場した。
編成管理番号はツヌ304F(Tc103)に続けツヌ304F-2としツヌ304F(Tc103)は再びツヌ304F-1へ戻った。
クハ103-821,クハ103-828にはB形防護無線アンテナが搭載され1986年8月頃の隙間仕様が復活している。

↓

国鉄103系ツヌ304F (1986/8)。
ツヌ304F-2:Tc821-M684-M'840-T458-M685-M’841-T459-M686-M’842-Tc828。
※クハ103-821,クハ103-828 改番竣工。
クハ103-821,クハ103-828は1981年9月に豊田区から津田沼区へ転入しツヌ311Fとなった。
当時はモハ103-760以下8両と10両編成を組み誤乗防止ステッカーを貼付の上朱色1号のまま運用された。
編成にはサハ103形750番代が組まれており101系第一次冷房改造車を編入したサハ103-772が目立つ存在だった。
1986年のクハ103形入れ替えに伴い中間車がモハ103-684以下8両へ変更され編成番号もツヌ301Fに繰り上がった。
更に京葉線予備編成を兼ねていたツヌ304F(Tc179),ツヌ314F(Tc289)がツヌ301F,ツヌ302Fに集約された。
これに連動しツヌ301F(Tc821)はツヌ304Fへ改められている。
JR移行後も長らく組成を崩さず運用されてきた。
しかし1997年10月中旬にサハ103形が車両更新工事施工車のサハ103-334,サハ103-335に差し替えられた。
209系500番代,E231系0番代投入による編成番号再編では車両構成はそのままにラシ303Fへ変更されている。
2000年3月に編成が解除されサハ103-334,サハ103-335以外は豊田区へ転出した。
この8両は京葉区で廃車された後にJR西日本へ譲渡されておりJR103系でも特筆される存在と言えよう。

ツヌ311F (1982/8)。
組成都合でクハ103-821,クハ103-828は各々二代目の登場になった。
クハ103-821,クハ103-828(初代)は1982年8月をプロトタイプとするツヌ311Fで在籍している。
種車はKATO製クハ103形高運転台非ATC車総武線仕様のクハ103-805,クハ103-812だった。
KATO製101系モハ101-107を種車にしたサハ103-772の竣工がツヌ311Fの出場に繋がっている。
ツヌ311Fはサハ103-772が単独で先発し後追いで編成表を確認し組成に至った。
よってクハ103-821,クハ103-828(初代)は偶発的な登場になっている。
なお特色を強めるためサハ103-772だけが朱色1号のまま存置された時期をプロトタイプに選定した。
またクハ103-821,クハ103-828(ツヌ311F)はツヌ301F-1と中間車を共用しツヌ301F-2を兼ねている。
先に防護無線アンテナ未設置の国鉄仕様が在籍している関係でクハ103-821,クハ103-828(二代目)は隙間仕様を維持した。

ツヌ301F-2 (1986/4)。
ツヌ304F-2はツヌ301F-2と同じくツヌ301F-1と中間車8両を共用し組成される。
編成番号はツヌ304Fだがクハ103-821,クハ103-828は実質ツヌ301Fグループの一員となった。
行先表示類は元ラシ314F時代から変わらず[53C 中野]のままである。
自作ステッカーに加え長期休車と悪条件が重なった。
ところがステッカー印刷には劣化が見られず作業省力化も兼ね継続使用となった。
クハ103-821はジャンク車両で車体更新を行いクハ103-828と見附を揃えた。
休車の一因にもなったクハ103-819(塗装変更車⇔クハ103-828:ジャンク車両)は廃車されている。

ツヌ301F-1 (1979/4)。
ツヌ304F-2はB形防護無線アンテナを搭載する程度で編成独自の特色は殆ど無い。
敢えて10両編成化する理由も少なくクハ103-821,クハ103-828だけの存在となった。
ツヌ304F-2出場にはツヌ301F-1の在籍が大きく影響している。
中間車8両が別の車両番号であればツヌ304F-2は成立しなかった。
ちなみにツヌ301F-1はプロトタイプ固定化の最終編成だった。
この改番が無ければまだクハ103-819,クハ103-826の休車は続いていたかもしれない。
改番はTOMIX製高運転台非ATC車High-Grade製品付属インレタを起用した。
一方初期形冷房改造車付属インレタにはツヌ301F用のブロックインレタが一部存在する。
そのためツヌ301FグループはTOMIX製High-Grade製品付属インレタへの統一も考えている。

ツヌ302F-2,ツヌ304F-2。
ツヌ304F-2はB形防護無線アンテナ搭載編成が災いし離合に相応しい編成は多くない。
その中で特徴的な編成はツヌ302F-2,ツヌ326Fだろう。
両編成ともクハ103形が黄緑6号の混色編成である。
特にツヌ302F-2はKATO製10両編成でツヌ304F-2と外観が揃う。
当初は京葉線運用を控え一時的に誤乗防止ステッカーが剥がされたツヌ314Fをプロトタイプに出場した。

出場当時のツヌ314F (1986/4)。
1986年4月の僅かな期間に見られた面白い存在ではあった。
しかし[津田沼]幕の採用も重なり池袋区混色編成の様に見えるのが弱点だった。
後日誤乗防止ステッカーを貼付しツヌ302F-2へ改めている。
今になってツヌ302F-2化がツヌ304F-2を引き立てる存在になるとは思ってもいなかった。
ちなみにクハ103-289,クハ103-290(ツヌ302F-2)はクハ103-281,クハ103-282(ATC準備車:黄緑6号)を種車とした。
黄緑6号で残るクハ103-281,クハ103-282出自車両は2両だけである意味貴重な存在になっている。

ツヌ304F-2サイドビュー(クハ103-821←クハ103-819:改番,車体更新)。
クハ103-821は車体更新を経たため外観が飛躍的に向上した。
しかしサイドビューからの特徴はB形防護無線アンテナに限られる。
このB形防護無線アンテナはTOMIX製High-Grade製品リリース前に装着しており固定はゴム系接着剤である。
強固に固定されていたため屋根板への開孔は見送り種車を踏襲した。
ただクハ103-821,クハ103-828に防護無線アンテナが搭載された期日が特定出来なかった。
そのためツヌ304F-2はイメージ編成の可能性が残っている。
長期休車から明けたクハ103-821,クハ103-828は戦列に復帰した。
ラシ314F時代と同条件ではあるものの流転を繰り返した挙げ句休車に至る事態は防げるだろう。
全てはジャンク車両のクハ103-828(黄色5号)回着が切っ掛けだった。
代替廃車された元クハ103-819は部品取車となり今後の保守に活用する予定である。