
先月末の堺市長選挙では、何事も上から目線な軍団が脆くも敗れ去っておりましたが、そもそも南海や阪和線に乗って大阪市内から堺市内に入りますと、何事も堺の方が整って落ち着いた雰囲気が感じられます。さらに遠く歴史を遡れば、堺商人が大坂とは一線を画した自治と商売を発展させて来たことは、日本史を学ぶときの一般常識。そんな人々の末裔が、財政状況が宜しくない割には奇妙に上から目線の自治体に対し、おめおめと自らの全てを擲ってその一部分になりたいとは思わないのは当然のことでしょう。
そこでふと、いまの大阪と中国は似ている……ことに気が付きました (爆笑)。何故あれほど中国が「台湾も香港も偉大な祖国の一部分だ!祖国中華は心の底から善意のかたまりだ!台湾同胞も香港同胞も祖国の暖かい懐に喜んで包まれるべきなのだ!」と叫んでいるのに、香港は1997年の英国からの返還以来相当の時間が経っても未だにそれを嫌がるのか。さらに台湾人は何故「そもそも中国の一部分など真っ平御免、独立万歳!」と言っているのか……。その理由を有り体に考えればそーゆーことなのです。
勿論、だからといって香港も台湾も中国文化の延長にあることは否定しないわけで、ただ単に現実における自らの自治と独自性を尊び、お世辞にも上手くまとまっているようには見えない存在に呑み込まれることにNo!と言っているのでしょう。それと同じく堺の人々は、大阪府民としての愛郷心は持ちながらも、大阪市のやり方には反対しているといるのだと思われます。大体、これまでの「平成の大合併」が、超!上から目線で成功したという事例は果たしてどれだけあるのでしょうか? もっとスマートな広域行政って出来ないものですかねぇ……そんなことを、ヨソ者東国人ながらもつらつらと思うものであります。

をっと、のっけから全然鉄道の話題とは全然関係なく恐縮ですが、そんなニュースを聞くにつけ、昨年11月の出張撮り鉄の記録を完結させていないことを思い出しました (^^;)。というわけで、南海バスが走らせている南蛮ハイカラ行列模様の堺市内バスで「大小路」まで乗った後の続きです。……と来れば、阪堺電車しかありませんね、はい (^_^;)。
阪堺電車といえば、大都会の片隅にあって未だに半鋼製釣掛式電車や、如何にも南海1000・21000系に通じるデザインの昭和ハイセンスな電車が走っているところであり、出来れば何度でも通いたいところですが、結局個人的には何のかの言って私鉄高速電車にどうしてもココロ惹かれてしまうためか(幼い頃住んでいたのが東横線→京急本線&根岸線沿線であったということもあります)、いつも遠征の度に阪堺電車は後回しに……。結局、昨年11月の出張ついで鉄で訪れるまでは、極めてお恥ずかしながら恵美須町~天下茶屋間(という沿線が一番ヤバい区間)しか乗ったことがなかったのでありました (爆汗)。
というわけで、リベンジを期して大小路電停に至ったものの……土砂降りひどすぎ (号泣)。とりあえず一時的にひどい雨であることを信じて新型電車(700形、でしたっけ)に乗ったものの、雨脚はますます強まる一方……。超定番の住吉大社界隈にて下車する頃には、とにかく住吉電停の華奢な待合室に逃げ込まなければ一気に全身ずぶ濡れという猛烈な豪雨となったのでした……。嗚呼、そもそも個人的に阪堺電車との縁が薄いということなのでしょうか??
それでも折角来た以上、どれほど光量が少なくとも走る電車を激写出来る秘密兵器・EOS 5D MarkⅡをフル活用して、やって来たモ161形を激写!! とはいえ……暑くないシーズンのみ走るというモ161形も、基本的には平日ラッシュ中心の運用であるようで、やって来たのは某喫茶店プロデュースによる素晴らしい雰囲気のレトロ塗装車2両と、ダークグリーン旧塗装車が1両のみ (後者は激しく暗くなったためロクなカットではなくアップ省略)。期待していた雲模様電車は来ませんでした……。いやそもそも、とにかく待てど暮らせど雨脚は弱まらず……。
こんな感じで、これまでほとんど訪問しなかったことを恥じつつ、阪堺電車を楽しんだのは良かったものの、やはりせめて明るい雨以上のコンディションで撮りたいものです。いつか要リベンジ決定……(滝汗)。
何はさておき、昨年末からダラダラと続けて来た2012年晩秋の関西出張鉄シリーズ、これにて完結です。ご笑覧頂き誠にありがとうございました m(_ _)m