Club jannmu

future meet past 
I recommend that you read back

暖簾分けという文化といらないモノの列挙

2018-05-27 18:48:20 | Weblog

蕎麦屋でも居酒屋でも鳶でも大工でも鍛冶屋でもそうだが、一丁前になると

”暖簾分け”というのがあって親方が助けてくれたりして店を出すことができる。

蕎麦の場合、醤油と酒と砂糖の調合割合が大さじ幾つなどあってそれが味の基

本だが、それぞれの調味料の匙加減よりももっと細かい、その職人の舌でしか

理解できない加減がある。

基本があるから迷うときにはその基本に立ち戻ることができるわけだ。

 

味というのはなにも蕎麦汁だけじゃなく、蕎麦粉もいろいろだし、天

ぷらの粉から揚げ方から油からあるし、薬味のねぎやはたまたわさび

や、もっといえば醤油の蔵元までなのだ。

 

そういう”人”を育て”人”に暖簾分けしてきたのだが、工場に暖簾分け

して、働いているのはアルバイトとか、そもそも田畑疎かにしてサー

ビス業とか言っている自民・公明政治に対して我慢がならない。

 

店が繁盛すると、繁盛ということは沢山客が来るということだが、沢

山来るようになった理由というのが味ではなくCMであったりする。あ

るいは観光ツアーとのパッケージだったりするのだが、地元の人は誰

も行かないような店ばかりだ。

地元の人がたまに外食で”家庭では作れない美味しさ”を食いにいく、

それを満たすのが職人ってものだ。

 

店が繁盛するということはどういうことなのか。

繁盛すると1人では手が回らなくなるから従業員を雇う。洗い物やって

もらうとか。接客だとか。

もっと繁盛すると、料理を作ること自体に手が回らなくなってくる。

 

 

板前の定義

板前(本板、花板、立板、親方、料理長)
一店に一人

順位は上から
① 板前(花板)
② 次板(脇板、二番)
③ 煮方
④ 焼き方
⑤ 揚げ場
⑥ 洗い方(魚、肉の下処理)
⑦ 追い廻し(雑用全般)

 

定義などという言葉を持ち出したのが和食衰退の理由であり、上記のよ

うに自然発生した流れが和食だ(と思う)。

しかも同じ店でハンバーグも食えるというような在り方が、日本の働く

者にとっての”食”を駄目にした。

駄目になったからハンバーグも売るようになってしまったというべきか

もしれないが。

手が回らなくなると工場で作るというのは、人から人への流れ(過去か

ら未来へ)を、人から機械へと暖簾分けしたこことに等しい。

未来を自ら手放そうとしている世界でも珍しい国がこの日本という国だ。

 

なにも作れなくてただ消費するだけの国。

完全消費国

 

始めから機械を工作機械で作るような仕事はまた別だ。

松下幸之助も本田宗一郎であっても、現場の技術者から経営を考えてい

たはずだ。

株価だけ(いまだけ)、製造業が何も造らずに株価で食うというのは、

製造業ではなく金融業だ。金融業が製造業の社長やっては国が持たな

いだろうに経団連と連合アホなのか(民主党系)。

 

日本人がグルメ国であるなんてのはTVが言いふらした嘘っぱちだ。

いっときだけ行列を作るだけの広告費捻出のためのTV番組や雑誌広告は、

人から人への流れを崩してきた。

人から工場への流れを加速しただけだったた反省すらしない。そもそも

味音痴の有名人に釣られるのが馬鹿の証拠。

 

これと家庭の味はまた別。

料理は愛情だ。と昔和食職人が言っていたがそれは本当だ。

店で料理を売ることで糧を稼ぐ者と家庭で家族に食わす料理とは考え方

が違う。

そのことはいずれ書くとしても、スーパーやコンビニで売っている出来

合いの食い物に”愛”などない。

利益だけ。

愛情を持たない料理が人を食中毒で平気で殺したりするが、目的がカネ

儲けだけだからだ。

レバ刺しが、この国で食えなくなった理由はソコにある。

 

レバ刺し食中毒事件では、その調理法について何の議論もなかった。

経営者を罰してレバ刺しを禁止にしただけ。そんな”お裁き”は子供でも

できる。なんでも禁止にすればいいだけ。

政治で言うと税金上げるだけの政治なら子供でもできる。社会保障費を

削減して税金を上げるだけの幼稚な政治を現在はいったい誰がやってい

るのだろうか。

 

 

 

さて、どうして”料理は愛情”なのか、それぞれお考えいただきたい。

 

去年うちで採れた枝豆の一部。風味は買ってきたときよりも上がっていたが、それは個人の

舌でしか判断できない。しかし採れたてを茹でた味が脳に刻まれた。正に過去と未来が風味

という感覚を通して教えてくれた。そしてこれを作るのにかかったコストと手間(労力)を

知ると、農家の苦労が分り八百屋で売っている値段を理解する手掛かりになる。

そもそも物の値段を知るということはこういうことだし、それを知らずに安いだの高いだの

言ってもそれは感情論でしかない。感情論というのはいたってTV(視聴者)的なのだ。

 

 

 

 

いらないモノの列挙

・化学添加物

・除草剤

・殺虫剤

・農薬

・居酒屋の”お通し”(料理したものならまだわかるが、キャベツ千切ったものを出されたひにゃ)

かゆみ止めくらいで丁度いいと思っているが、アレルギーはそうはいかない。

・回転寿司の機械

・中小個人以上の規模の会社

・コンビニと自販機

・コンビニと自販機を動かす為の発電設備(特に原発)

・地産地消しない発電設備(ヒートアイランドなのにどうしてビル外壁にパネルを付けないのか分からない。それすると外気は必ず下がる)

畑潰してギガ発電

・記号論で作られた都市の緑地や道路の並木や植え込み。

もっとたくさんあるのだが、これくらいにしておこう。

 

 

 

 

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 6・9横浜教科書集会のお知らせ | トップ | 昨日のスタンディングでの出来事 »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事