(み)生活

ネットで調べてもいまいち自分にフィットしないあんなこと、こんなこと
浅く広く掘っていったらいろいろ出てきました

第1話【架空の話】49巻以降の話、想像してみた【勝手な話】

2014-10-02 11:17:20 | ガラスの・・・Fiction
第1話                 →第2話
********************
「ほら、太陽はこんなに輝いているのに、花はこんなに美しく咲いているのに、
今のあなたは全くそれを見ようとしない。
ひかりを浴びて、風を感じて、水の清らかさが、生命の息吹が、
体の中に入って来ることに気づいてください」

ずっと暗がりの座敷で床にふせっていた紫織を無理やり庭へ連れ出し、
真澄は紫織の体を支えながらそう叫んだ。
土にまみれる白く細い足、それ以上に血の気を失った紫織の表情。
鷹宮家が、紫織が、そして真澄が、これまであえて避けてきた現実の直視。

「・・・真澄・・・さま」

ゆっくりとそう声を発した紫織の目には、これまで見られなかった小さな意志が
戻りつつあったーーー。

**

「休みをもらいたい!?」
『紅天女』の試演まであと1週間、
最初で最後の本番舞台リハーサルを終えた後、マヤは黒沼にそう告げた。
「お前、分かってるのか?もう本番まで1週間しかないんだぞ」
「はい、わかっています。ですのでどうしても、この時に休みを頂きたいのです。
 1日、半日だけでもいいので・・・・」
そういって見つめるマヤの目は、お願いといいながらも固い決意が感じられ、
さすがの黒沼を息をのむしかなかった。
「・・・・その休みは、『紅天女』に必ず返ってくるんだな」
「・・・・はい、間違いなく。そうでなければ、こんなこと頼みません」
紫のバラの人に会う、速水さんが決心してくれたのだ。
たとえそれがどんな結果になろうとも、私はきっと受け入れられる、そして、
乗り越えられる。

何も言わず黒沼はマヤの頭を軽くポンポンと叩くと、
「おーい、みんな。これから本番直前まで、紅天女抜きで稽古をするぞ、
 そうだ、今まで出会ったことのない神秘の天女の存在に触れたときの感覚を、
 しっかり演技に乗せるんだ」

**

伊豆に向かう聖の車の中で、マヤはぼんやり車窓を眺めていた。
“待っていて欲しいーーー”
伊豆の別荘に君を迎えられる日まで、真澄はそう言っていた。
その日が訪れたのだとは思えない、しかしそれとは別に真澄は
紫のバラの人として、私の前に出ようとしてくれている。
伊豆という、大切な場所で・・・。

本人が来るのか、もしかしたら代理の人を立てるのか、
顔を合わせる事はできるのか、声だけ、もしくは手紙だけなのか・・・。

“たとえどんな形でも、私の心は決まってる・・・”

マヤはただ穏やかに、車の揺れに身を任せ、
そしていつの間にか睡魔に沈んでいった。

**

「着きましたよ」
そう言った聖の声に体をびくんとさせ、マヤは目を覚ました。
もう夕暮れを過ぎ、空の色は赤みをうっすらと残した濃紺に支配されようとしていた。
「・・・ここは?」
「主の伊豆の別荘です。あいにくまだ到着していないようですので、しばらく中で
 お待ち頂いてもいいですか?」
そういうと聖は、助手席のドアを開け、マヤを邸内へと導いた。

「・・・ぉじゃましまーーーーすぅ」
恐る恐る声を発しながら、ゆっくりと中に入るが、人のいる気配はなく、
広い屋敷内にマヤの声が響くだけだった。
「主が到着しましたらご案内しますので、しばらくこちらでお待ちください」
そういって聖に案内された部屋は、応接室のようで、
ソファとシンプルな机、そしてサイドボードが
飾られているだけだった。

「あ、星!」
突き当りのバルコニーのガラス戸の向こうに、
きらきらとその輝きを見せ始めた星が
まっすぐマヤの道を照らしているようだった。
「きれい・・・!」
バルコニーに出たマヤの背中に、
「お待ち頂く間は、自由にこの部屋をお使いください。」
聖はそう言って静かに部屋を出て行った。

“この星なのかな、速水さんが言っていた、私に見せたい星って・・・”

あの日船の上で、真澄は伊豆の別荘の事を話してくれた。
そして今日、紫のバラの人として伊豆へと案内された。
二人いるはずの人間から、同時に示された伊豆という場所。
鈍感な私相手でも、さすがに偶然の一致では片づけないと分かっているだろうに・・・。
やっぱり彼は真実を告げる気なのか、今日ここで。

ぎゅっとバルコニーの手すりを持つ手に力が入る。

**

「仕事の遅れを取り戻すため」
速水の家を出てホテル暮らしを始めると義父英介に告げた時、真澄はそう言った。
そしてその言葉通り、真澄は目の前の仕事をすさまじい勢いで処理していったのだ。
滞った日々の業務、新規プロジェクトの立ち上げ、そして、
鷹通グループとの業務提携の見直しーーーこれは密かにだが。

自身の姻戚関係に関わらず、提携が大都として利益になるか、そして
もし万一婚約が破談になったとしても続けられるものなのか、それらを基準に、
合わない物は白紙に戻す場合のシミュレーションを並行して行っていた。

“なにか考えていらっしゃるのね”

一旦はなかった事にしようとした鷹宮紫織との婚約を、また受け入れると決めた時、
真澄の心は完全に死んでいた。
今までそれとなく示唆はしていても、決して踏み込むことのなかった水城でさえ、
マヤとの関係を直接的に確かめた、それに対しても
「もう、終わったことだ」
と言い放った時の顔を、水城は忘れられない。
しかし今、仕事に向かう真澄は、あの時とは全く異なっていた。
特に明るいわけでもない、あえていうならいつも通りの無表情、仕事の鬼の顔。
だがその目、その背中から、責任感ともいうべき大きな力が、
もう何からも逃げないという意志を発していた。

“みんなが幸せになることなど、できませんものね・・・”

**

遠くから車の近づいてくる音、そして近くまできて停まる音を
マヤはバルコニーで耳にした。
いつの間にか陽はどっぷりと暮れ、空には月が輝いていた。
「明るい・・・」
別荘に到着してから、マヤはずっとバルコニーに立ったままだった。
星を見ていたような気がする、海の音を聞いていたような気がする、でも
何も覚えていない。
かろうじてにじんでいた夕日も消えた今、電気も付けていない部屋の中は
真っ暗に静まり返り、
黒く塗りつぶされた世界に変わっていた。

「マヤさん、主がいらっしゃいましたよ」

玄関扉の開く音、ぼそぼそと聞き取れない会話、そして
ゆっくりと近づいてくる二人の足音、マヤはすべて気づいていた。
しかし、バルコニーで夜空を眺めたまま、後ろを振り返ることができずにいた。

一人が部屋に、入ってくる気配。立ち去るもう一つの足音。

“速水さんが、そこにいる・・・・”

**

「どうしてマヤちゃん、稽古に参加しないんですか?」
自分の出番を終えた後、桜小路はそう黒沼に食い掛かった。
「確かに紅天女は、この世のものではない、
 初めて目にしたときの戸惑いと畏れは、
 毎日稽古で見慣れてしまうと薄れてしまうかもしれない、
 でも僕は一真です。誰よりも阿古夜との関係は深いし、
 積み上げなきゃいけないものも、
 まだつかみ切れていないものもたくさんある。
 そんな中、マヤちゃん・・・相手役がいないのは
 本当につらいんですっ」
桜小路のいう事はごもっとも、だがきっとこの休みがなければ、
マヤの紅天女は完成しない。
「・・・桜小路、北島はもうすぐ戻ってくる。
 恐らく試演直前になるだろうが、戻ってくる。
 そして戻ってきた時、あいつは恐らく紅天女になってくる。
 全身に阿古夜の思いをのせてくるぞ。お前、それを受け止められるか。
 今のお前で支え切れるか。
 正直、試演のその日にしか、表現できない真実の愛が、ある。
 それはどんなに稽古をしても、生み出せるとは限らないんだ・・・」

“マヤちゃんが本気で、ぶつかってくる・・・・その時自分は・・・・”

その言葉に桜小路は二の句が継げなかった。

**

「紫のバラの人、今日は、私のわがままを受け入れて下さって
 ありがとうございました。
 私一度でいいからあなたにお礼が言いたくて。」

自分の背中の数メートル先で止まる足音を確認して、
マヤはおもむろにそう口を開いた。
目線は空に、向けたまま。

「私本当に、あなたに感謝しています。
 まだ女優ともいえない中学生のころから、私をそして
 月影先生や劇団の仲間たちの事を見て下さり、支援して下さったこと。
 行けるはずのない高校まで行かせてくれて、
 そして、自分自身で台無しにした紅天女への
 道を、見捨てずずっと紫のバラで照らし続けてくれたこと・・・。
 感謝してもしきれません。」

この声は速水さんに聞こえているだろうか。
確認する勇気もなく、マヤはただ、背中に感じるうっすらとした
気配に向かって言葉をつづけた。

「試演前のこんな時に、急に会いたいだなんて無茶な事言って困らせて、
 本当にごめんなさい
 でも会ってくれると言ってくれて、私本当にうれしかった・・・・」

かろうじて後ろから聞こえてくる息の音が、
これが独り言でないということを確信づけてくれる。

「私、あなたに直接伝えたいことがあったんです」

**

「紫のバラの人、私、あなたの事が好きです。
 年齢も、仕事も、家族構成も、あなたがどんな人か分からないのに、
 こんなこと言うなんて、
 おかしいと思うかもしれないけど、やっぱり私あなたの事が好きです。
 だから直接、あなたにこの気持ちを伝えたかった・・・・だけど・・・」

マヤはバルコニーの手すりを握りしめていた手に方に目を落とすと、
意を決したように顔をまた空に上げ、
言葉をつづけた。

「・・・・これはきっと恋じゃない。」

小さく息をのむ声が聞こえた気がする。

「私がその事に気づいたのは、私が、本当の恋を・・・知ったから。
 人を愛するということが、辛くて悲しくて、
 でもどれほどの喜びを、力を与えてくれるのか、
 私、分かったんです。
 そしてそれを教えてくれたのは・・・・紫のバラの人、あなた以外の人でした」

そのまま聞いていて下さい、紫のバラの人、そして速水さんーーーー

「最初は全然、そんな気持ちなかったんですよ。
 仕事で何度も顔を合わせてはいましたけど、会うたび嫌味ばっかりだし、
 偉そうだし、
 そりゃ社長だから、偉いのは当然ですけどね、
 でもいつも私の事、チビちゃんってバカにするし・・・・、
 何より・・・・」

私には不釣り合いなほど、素敵な人だし・・・・ というマヤの言葉に、
わずかに近づきかけた足がぴたと止まった。

「気づけば彼が気になっていた。どんなに嫌がらせをされても、
 私に軽口叩いてきても、
 一緒にいればなんだか楽しいし、ふとした時に見せる表情が、
 なんだか気になって仕方なかった・・・・
 そう、ずっと前からです。」

そういうとマヤの口からふっと笑いが漏れた。

「私がこの気持ちに気づいたのはほんとに最近の事なんです。
 ほら、月影先生と一緒に梅の里に行ったあの頃・・・・。
 ほんとつい最近でしょ?笑っちゃうくらい最近。
 出会ったのはもう何年も前なのに・・・・。
 その気持ちが恋だなんて全然気づかなかった。
 でも気づいたら見えてきたんです、自分の心の中が。
 ずっとずっと、私はこの人の事が好きだったんだと・・・
 この人は私の・・・・」

魂の片割れなんだと・・・・

**

「紫のバラの人、あなたに会いたいといった理由、それは御礼をいうためだと、
 さっき言いました。だけどそれだけじゃありません。
 私、あなたに報告したかったんです。
 あなたのおかげで、私はここまで女優として成長できました。
 ただ、演じられればそれでよかった私が、
 紅天女という幻の作品に挑戦する舞台にまでたつことが出来るようになって・・・
 それは間違いなく、あなたの支えがあってこそでした。
 あなたはいつも、私にとって一番必要な時はいつでも手を差し伸べてくれた、
 いつもあなたに導かれるように、私は次のステップへと進んでいけたんです。

 そして、私の事を反対側からいつも気にかけてくれて、
 私が女優として成長するために必要なことを
 教えてくれる手がもう一つありました。
 あなたのように、優しさでいっぱい・・・という訳ではなかったけれど、
 あなたと同じように、心のこもった手で・・・・。
 そんな人と巡り合ったこと、そしてそんな彼を私は愛したこと、それをーーーー」

あなたに伝えたくて・・・・

そこまで発してマヤは、しばらく呼吸を整えるように大きく深呼吸をした。
相変わらずしんと静まり返った室内は暗く、かろうじて差す月明かりは
バルコニーにいるマヤをシルエットで浮かび上がらせていた。

“一人芝居のビアンカはこんな感じだったのかな・・・”

「紫のバラの人、私は今度の紅天女の試演では、彼の事を思いながら演じたい。」

**

「・・・・先生は、マヤちゃんがどこで、だれと、
 何をしているのかご存じなのですか?」

固くこぶしを握りしめたまま、桜小路はゆっくりと絞り出すように言葉を発した。
「いや、知らん。ただ、あいつが自分の中の何かに
 決着をつけようとしていることだけは察したがね。」
煙草に火をつけ、煙をふう~と吐き出しながら黒沼はそう答えた。
実際その通りなのだ。黒沼は何も聞いていない。
知っているのは、休みを欲しいといった時のマヤのまっすぐで迷いのない瞳だけだ。
「そうですか・・・・」
桜小路の頭の中にはマヤと、そして彼女を抱きしめる速水の姿が
フラッシュバックのようによみがえっていた。
あの日、一夜を船上で共に過ごしたという二人、
飛びつくように速水の胸にしがみついていたマヤちゃん、
そしてそれ以上にきつくマヤを抱きしめていた速水社長。
二人の関係が正直どれほどのものなのか、桜小路には分からない。
ただ、マヤちゃんは速水の結婚のニュースに深く動揺し、
心を痛め泣き腫らしていた。
そして速水社長は俺に『彼女は君のものだ』と冷たく言い放った。
それはすなわち・・・
「・・・・速水社長は、マヤちゃんの心をもてあそんでるんだ」
「!?」
つぶやくような桜小路の言葉に、黒沼は少しびっくりし、そして
桜小路が事故を起こした時のことを思い出した。
北島と桜小路、二人の後ろに見えない速水の影がある・・・

「なあ桜小路」
最後の一吸いを終え、灰皿に煙草を押付けながら黒沼は淡々と口を開いた。
「俺たちはしょせん凡人だ。
 舞台の上で自分の心を忘れてまで完全に役になりきるなんて、
 そんな簡単な事じゃない。
 いつも心の中の自分自身が、役を演じている自分を見ている。
 自分が観客からどう見えているか考えている。
 どんなに考えまいとしても、そうしてしまう。
 それが当たり前だし、プロならそうであるべきだともいえる」

だがな・・・と黒沼は続けた。

「北島は逆なんだ、あいつは役になりきることしかできない。
 舞台上で、自分を客観視することができないんだ。
 それはとてつもなく天才であることの証明であると同時に、
 致命的な欠陥でもある」

黒沼のメガネがきらりと光った。

「言ったろ。北島はきっと、紅天女になって帰ってくる。
 本気で舞台上で阿古夜の恋を再現する。
 それが実生活とどれほどシンクロしているのか、
 正直俺には分からないし、興味もない。だがーーー」

 桜小路、お前は違う。

「お前まで役になりきって、本気で阿古夜に恋されちゃ、この舞台は失敗なんだよ。」
「・・・!」
桜小路はくっと顔を上げ、黒沼の顔を凝視した。

「あいつは舞台上で本気になればなるほど、役として輝きだす。だが俺たち凡人は、
 本気になればなるほど、演じられなくなるんだよ。だから桜小路」

お前は一真として、阿古夜を愛せ、舞台上で。

**

「いままでずっと支えてくれたあなたに、こんなこと言って本当にごめんなさい」
そう言ってマヤはうつむいた。
「もちろんあなたへの感謝の気持ちは忘れていないし、舞台上の私の紅天女を
 誰よりもあなたに見てほしい、その気持ちは変わりません。」
だけど・・・・
「私が舞台で阿古夜を演じる時、舞台で一真に愛を語るとき、
 きっと私は彼の事を思い出す。
 私に触れる手、語られる愛の言葉、全てが彼からのものであると思ってしまう。
 そしてきっと、私は一真に、あの人を重ねてしまう・・・・」

こんな私を、許して下さい。

そう言ってマヤは大きく伸びをした。

「はあ~~~~~~~。
 私べらべらと自分の事ばっかりしゃべってすみませんでした。
 しかもこんな真っ暗な中で、目も合わせず。
 ごめんなさい、でもなんだか、顔を見たらうまく伝えられない気がして。
 途中でやめたら、もう二度と言葉がでない気がして・・・・。」

えへへ~~と、恥ずかしさをごまかすように照れ笑いを浮かべた。

「それにしてもほんと、いい加減ですよね、私。
 こんなに紫のバラの人に良くして頂きながら、
 他の人の事好きになって、その人の事を思いながら
 紅天女になりたい、だなんて。
 でも、同時に二人の人を好きになれるなんて、私って案外器用なのかーーーーー」

ただ、紫のバラの人としての真澄に自分の気持ちを伝えられればそれでよかった。
あの日感じた真澄の自分への気持ちが嘘ではないと、
自分は信じる事にしたのだから、だから
振り返るつもりはなかった、なのに。

勢い余ってつい体を反転させてしまった。
“あ、まずい このままじゃ・・・”
速水さんの顔を見てしまう・・・・そう思ってあわてたマヤは次の瞬間

「!!」

月の光に慣らされた目は、暗闇の中で全く何も捉えることが出来なかった。
ただ、自分が何かにぎゅっと押し付けられている感触だけが分かっていた。
“ドクドクドクドク・・・・”
耳に当たるその音が心臓の音であると、しばらくして気づいた。

“あ、ここだ。 ここは、私の場所だ”

とても大切なことが起こるとき、私はいつも、ここにいた。
初めての出会いの時も、ヘレン・ケラーの時も。
母を探してさまよった時も、そして失った時も。
都会の雪の中でも、梅の里の雨の中でも。
そして、あの日の船の上でも。

私の心が迷った時、私の足が止まった時、
私はいつもここに帰ってきて、そして私を取り戻していった・・・。

「ずっと、君だけを見ていた」
マヤの頭上で聞きなれた声がした、ドクドクという心音をBGMにしたまま。
「舞台の上の君を見る事だけが、俺の幸せだった。」
ドクドクドク・・・・
「俺の持っていない物をすべて持っている君の笑顔が好きだった。」
胸に押しつけられた顔は動くことをを許されなくて、
マヤはただ背中に回した手をギュッと握ることでしか、気持ちを表現できなかった。

「愛されることなどないと思っていた。それでいいとも思っていた。
 ただ、紫のバラの人として、君の中で一番大切な人でいれたらいいと、
 そう思っていた。」

それがまさかーーーー

「他の男にとられるとはな・・・・」
「!?」
あわてたマヤがとっさに顔をあげようとするのを遮るように、
マヤの背中に回された手が、マヤの頭を胸に押し付ける。 
その手が、体が小さくクックッと笑いをこらえているのに気づき、
マヤの動きが止まった。
「君には随分とひどいことをしたと思っている。
 自分の気持ちを収めること、それが
 君にとって一番いいことだと、思っていた、勝手に。
 会いたいと言われても、会うつもりはなかった。そんな資格、俺にはない・・・・」
そう思ってた・・・・といいながら大きな手がやさしくマヤの髪の毛を撫でた。

「今はまだ、君の顔を見ることが出来ない。
 まだ君との約束を果たせる時が来ていない。
 だが、君の紅天女、君の思いを乗せたその演技が見れる事、楽しみにしているよ
 きっとその時までには・・・・」

その後の言葉は、何もなかった。
ただとてもきつく、そして優しく抱きしめられた。

“速水さん・・・・、私の魂の・・・片割れ・・・”

ゆっくりと目を閉じたマヤの目から、一筋の涙が流れ落ちた。

**

あの時、月光を受けたマヤの立ち姿はどこまでも美しくて、
真澄は言葉を失っていた。

正直自分がどうしたいのか、どうなるのか、全く考えていなかった。
ただ、マヤに会う、紫のバラの人として。
それだけを心の中で繰り返しながら伊豆への車を走らせていた。

紅天女の試演の日まで一週間を切っている。
そのタイミングで稽古を休む事も厳しいだろう、ましてなおさら

「俺だと知ったら・・・、どうなる・・・?」

まさかマヤの口から、俺への思いを聞く事になるとは
想像もしていなかった。
しかも紫のバラの人として・・・。

マヤはまるで、自分が誰であるか興味がないように、全く後ろを振り向く事無く
背中を向けたまま言葉をつなげていた。
最初は誰の事を言っているのか、よくわからなかった。
しかし語られるその人物像が自分とマヤとの思い出をなぞっていく。

“もっと近くで・・・・聞きたい”

そう思って近寄ろうとしたその時、
「私には不釣り合いなほど、素敵な人・・・・」
その言葉に、真澄の足はぴたりと止まってしまった。

“君はそういう風に、思ってくれていたのか、俺の事を・・・・”

真澄の心の中に、もうあらがえないマヤへの思いが再び燃え上がり、
それを隠すことはもはや無意味なことに思えた。

独白が終わり、ほっとしたようにこちらを振り返ろうとしたマヤを
俺は迷わず抱きしめた。
思いのたけを込めて、全てのしがらみを忘れて。
そしてその時確信した。

“あ、ここにマヤが収まって、俺はやっと完成するんだ”

**

気がついたとき、マヤは真っ暗な部屋の中で一人、へたり込んでいた。
外の月は高さを増し、差し込む光もわずかになっている。

きつく抱いた腕の力をふと緩めた後、真澄は
ほほとほほがくっつくほど近くまで顔を寄せて耳元で
「君だけを、見ているよ」
と優しくささやき、暗闇の向こうに消えて行った。

後に残されたのは、耳の奥に響く真澄の声と、
体に残る抱擁の余韻、そしてーーーー
肩にかけられた紅梅柄の打掛だけだった。

「は、速水さん、速水さん・・・・私、紅天女に、なります」
そう言いながら床に突っ伏し、マヤはいつまでも声を上げて泣き続けた。
それは悲しみでも、寂しさでもなく、ただ、愛されているという事を確信した
喜び。自分の魂の片割れが、真澄であることを確信した自信。
うずくまるマヤの体を包み込む、薄紅色の打掛を、
月の光が優しく、スポットライトのように照らしていた。

**

朝まで別荘でマヤを休ませてやってほしい

外で待っていた聖にそう言い残し、真澄は別荘を後にした。
“マヤは俺が紫のバラの人であることを、知っていた”

抱きしめたマヤの手が、ためらうことなく俺の背中をギュッと握りしめたとき、
真澄は確信した。

マヤは俺が紫のバラの人であると知ったうえで、
俺に愛の告白をしたのだ。
そして伝えたかったのだ。
紫のバラの人より、俺を愛していると・・・・・。

最後まで名乗ることは出来なかった、いやそうではない。
「名乗る必要など、もはやなかった・・・」
言葉はなくとも、体で、心で、それを伝えようとしていた。
言葉以上の思いで俺たちは既に会話をしていたから。
そしてその思いを今度告げる、その時は

「あんな暗闇のなかじゃできない」

********************
第1話                 →第2話




~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
トップの話は、確か幻の雑誌連載版にこんなシーンあったよな・・
という記憶を頼りに適当にアレンジしました。
もう再起は無理なんじゃないかというくらい深い所にまで
落ちている紫織さんですが、雑誌連載版では結構あっさり
真澄に助らえてるんですよね。多分あっさりしすぎたせいで
刊行版であんなにこねくり回されちゃったんだろうなと。

で、あまりにも紫織さんがつらいので、早めに希望を感じる
シーンを入れたくて、突然こんなスタートになりました。
あ、なんか将来にひかりが見えてきた、って思えた方が
安心して読み進められませんか?(笑)

そんでもっていよいよ紫のバラの人との対面シーンなんですが、
これ原作49巻まで読んで、いったいなぜこのタイミングで会う事に
なるんだろうと、疑問がわいているんですよね。

確かに船上で気持ちを確かめ合ったにもかかわらず、
真澄に冷たくあしらわれて落ち込むマヤの気持ちはわかるんですが、
その後月影先生に、「魂の片割れなら、あなたがつらいときは
相手もきっとつらいのよ」
とか諭されて、なんとか落ち着いたじゃないですか。
このまま試演まで乗り切れると思うんですけど。
とりあえず正体ばらすのは試演の後だろうと思っていたので、
今回もまたうまくかわすのか、でもさすがに試演直前に
そんなことされたら、マヤ再起不能だろう・・とか、
例の未刊行での忌まわしい“真澄、事故に遭う”エピソードが
復活したらどうしよ~~~~~とか、なんで伊豆なの???とかとかとか・・・
非常に悩ましい状態なんですが、とりあえず
何となく、会ってるけど会ってないみたいなシチュエーションを
無理やり作ってごまかしました。
やっぱり紫のバラのカミングアウトは大団円でしょう~~~
ついでに未刊行の打掛、登場させちゃいました。

桜小路パートについては、とりあえず、

1マヤちゃんが好き
2マヤちゃんが速水さんとラブラブでショック
3速水さんがマヤちゃんに冷たくしてマヤちゃん落ち込んでる
4船の上でごにょごにょあったっぽいけど速水さんにマヤちゃんだまされたんでは?
5マヤちゃんかわいそー、速水さんひどい人ー

みたいな心境でいるのかなと勝手に推察しました。
とにかく、あんまり報われない状態のままいい感じの一真になるシチュエーション
を想像するのが大変で・・・・。
今はまだ宙ぶらりんな状態です。

それにしてもあー楽し。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

1 コメント

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Unknown (ねこ)
2022-05-31 22:08:21
え・・・。天才ですか?泣
文章が上手すぎて頭の中で絵が浮かんできます(´;ω;`)
あぁ・・・この流れ好き。これがそのままガラカメの続きとして漫画になってもいい。寧ろ誰か漫画にしてくれ!!!っと1人で携帯片手に騒いでました(笑)
1話読むだけで、色んな感情が湧き出てきて目から涙が・・・(´;ω;`)
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