散日拾遺

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寒桜、西の便り

2020-02-10 21:46:24 | 日記
2020年2月10日(月)
 小豆島の室崎若子さんから深夜にメールあり、御了解を得て転載:

 こんばんは、お久しぶりです。お変わりないですか?
 私は母と妹夫婦と城山へ行き、寒桜をみてきました。

 
 城山とは、高松城に隣接するお山のことか。ググってみれば高松城は「近世城郭の海城としては最初で最大の例で、『讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上』と謡われている」そうな。すべての濠に海水を引き込んで城内に直接軍船が出入りでき、水軍の力をそのまま城の防御に活用できる。瀬戸内あたりの縄張りとしてはきわめて有力と思われ、水戸・松平家から藩主を迎えたことからも戦略的重要性が窺われる。
 のみならず、
 「本丸に建てられた天守は、最下重が萩城や熊本城の天守のように天守台より出張り、最上重が小倉城や岩国城の天守のように「唐造り」であった。その様子は、解体される以前に写真におさめられ、また1884年にイギリスの週刊新聞「ザ・グラフィック」でイギリス人のヘンリー・ギルマールの絵によって紹介されている。 」
https://ja.wikipedia.org/wiki/高松城_(讃岐国)
 とあるから、保存されていればさぞユニークで魅力的な景観であったに違いない。惜しいことに版籍奉還によって廃城となった後、老朽化の一途をたどって1884(明治17)年には天守が破却され、1945(昭和20)年の高松空襲で三の丸の桜御門が焼失。生きのびた遺構が重要文化財に指定されている。


 何しろ海城らしいなので、通常の「城山」と違って「お城」と「お山」の関係がイメージしにくいけれど、そんなこと桜の風情には関わりがないね。早い桜と言えば関東では河津桜が有名だが、ライバルは各地にあって咲き競っている。

Ω

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