散日拾遺

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逃げの小五郎

2024-05-30 22:33:47 | 読書メモ
2024年5月30日(木)

 司馬遼太郎の短編集『幕末』を入手。目当ては先日知った『逃げの小五郎』、面白く一読。
 全体を集約する部分を書き抜いておく:

>  ところが、乱後、二日ほどして、長軍の戦利品のなかから、「桂小五郎」と墨で鉢に記名した兜が出てきたといううわさを、対馬藩士がききこんできた。落ちていたのは朔平門付近で、桑名藩兵がみつけた。
 「死んだのかもしれぬ」
 と大島友之助がいった。
 「たしかに、兜どすな」
 幾松は、考えた。じつをいうと桂の具足は大阪藩邸においてあり、京都では持っていなかったことを幾松は知っている。桂はおそらく死亡説を流布させるために、名を書きこんで道へわざと捨てころがしたのであろう。あの男の智恵なら、やりかねない。
(生きている)
 桂とはそういう男だ。「わしの剣は、士大夫の剣だ」と、かつてこの男は幾松にめずらしく自慢したことがある。
 「士大夫の剣とはどういうことどす?」
 「逃げることさ」
 桂が塾頭をつとめた斎藤弥九郎の道場には六ヵ条から成る有名な壁書があった。その中で「兵(武器)は凶器なれば」という項がある。
 ー  一生用ふることなきは大幸といふべし。
 出来れば逃げよ、というのが、殺人否定に徹底した斎藤弥九郎の教えであった。自然、斎藤の愛弟子だった桂は、剣で習得したすべてを逃げることに集中した。これまでも、幕吏の白刃の林を曲芸師のようにすりぬけてきた。
(単行本P.193)

 なお、桂の死因について作品はこう記している。

これほど軽捷無類の男も、すでに出石時代からそのきざしのあった結核からはついに逃げきることがなかった。
(同P.204)

 他でも「結核」と聞いた覚えがある。一方、Wikipedia が「大腸癌の肝転移」と記すのは下記に依ったものらしい。信憑性がありそうである。


Ω

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