ヒルネボウ

笑ってもいいかなあ? 笑うしかないとも。
本ブログは、一部の人にとって、愉快な表現が含まれています。

腐った林檎の匂いのする異星人と一緒 13 再会

2021-02-23 14:19:41 | 小説

  腐った林檎の匂いのする異星人と一緒

13 再会

 

面倒な仕事だった。

ここの社員らしい人々が行く手を阻むよう。あるいは、出口に押し出すよう。玄関はどっちだったか。彼らは、薄笑いしながら、目を合わせてくる。知り合いだったか。いつか、一緒に仕事をしたか。したのかもしれない。向こうもそんな気がして笑いかけるのか。知り合いのふりをすべきか。

歩きながら襟を直す。咳、一つ。

天井を見る。高い。

手にしている書類を読もうとする。眼鏡を忘れた。ここのどこかに置き忘れたのだろう。そのはずだ。どこだろう。

数時間前、数十分前か、ここの人に、この建物の一室で書類を渡した。やけに広い。事務机以外、特に何もない。初対面だった。二人きりだったと思う。書類を交換して、すぐに別れた。名前は忘れた。女だろう。その人は大きなブレスレットをちょっとだけずらした。手首には、一センチほどの黒子のようなものがあった。こちらの腕時計を掏摸のように見事に外した。こちらの手首にも同じような黒子があった。こんなものがあることに気づかないで生きてきた。まるで、生まれてこの方、一度も腕時計を外したことがなかったみたい。息を飲む。質問しようとした。でも、自分は何を知りたいのだろう。彼女は何もかも弁えているみたいで、すっと頷いた。

腕時計が元に戻っている。ただし、針が止まっているようだ。耳に当てる。コチ、コチ。聞こえる。でも、遅くないか。コチコチコチ。速いか。

彼女はいない。最初からいなかったみたいだ。逃げられたか。彼女は私から何かを盗んだのだろうか。何を盗んだのだろう。盗まれて惜しいか。

彼女は私に何かを告げたはずだ。私にとって重要な情報らしい。あるいは、彼女にとってか。口を開くと、ちょっとだけ遅れて、まるで口述筆記をするみたいに数台のタイプライターがバチバチと鳴り出すのだった。言葉が聞き取れない。タイプライターは近くの事務机に置かれている。ただし、一台だけ。タイピストはいない。空席。

あのうるさい音は何だったのか。彼女は何を告げたのか。告げたつもりなのか。彼女は何者か。ここの人か。私のような他社の人間か。名前は知らない。聞けなかった。

未知の建物の中を探し回る。

眼鏡を探すのか。出口を探すのか。彼女を探すのか。

階段を上り下りするうち、出口が見えてきた。

息苦しい。長椅子に掛ける。できれば横になりたい。

目の前を彼女が通り過ぎた。書類を脇に挟んでいる。だから、彼女だ。出口に向っている。

小走りに近づく。

質問。

あなたは私から逃げているのですか。あるいは、ここから逃げたいのですか。

彼女が振り向く。

顔を確かめる前に、ゆらりと建物が浮き上がった。

初めての体験ではない。

彼女に会ったのも、今日が初めてではなかった。

照明が消えた。停電だ。暗い。目が慣れない。

停電は何日も続くはずだ。何か月か。何年か。

彼女はどこにいるのだろう。

誰かが笑っているな。

君たちには聞こえないか、あのあれは。

(うふふ)

(終)

 

 


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« やろか | トップ | 夏目漱石を読むという虚栄 1530 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事