goo blog サービス終了のお知らせ 

ヒルネボウ

笑ってもいいかなあ? 笑うしかないとも。
本ブログは、一部の人にとって、愉快な表現が含まれています。

モロシになりそう。 ~逃亡者

2025-04-25 22:54:38 | エッセイ

   モロシになりそう。

   ~逃亡者

半月ほど前から、ときどき、〈オーサキ〉という音が頭の中で鳴る。意味不明。

人名か? 大崎か。そうじゃないような気がする。大前ではない。太崎は無理だな。

小学校四年の同級生で、大崎という少年がいたんだ。大崎マ…… 大崎正典? 大崎正博? 違うな。

大崎という姓は知っていても、下の名は知らなかった。親しくなかった。クラスで一番背が低かった。いや、一番ではないかもしれない。三番目ぐらいか。顔つきが幼くて、二年生ぐらいに見えて、だから、背まで低く感じていたのかもしれない。

教師が彼に向かってよく言っていた。

「オーサキ真っ暗だなあ、うん? 大崎」

近頃、御先真っ暗と思うことがよくあって、でも、その言葉をはっきりと意識したくなくて、オーサキという音が鳴るのかもしれない。

授業が沈滞したとき、教師は「大崎真っ暗」と言って生徒たちを笑わせた。

頭の中で鳴るオーサキの典拠がこれなら、一息つけるのだが。

不安は、幾重にも折りたたまれている。不安から逃げようとすると、逆に、もっと不安になる。薄皮を剥ぐように、不安の物語を発見する。あるいは、想像する。そうやって生き延びるか。

「現在を、今夜を、そして、明日を生きるために」

別の教師の話芸を思い出した。

「こんなことは成り立たないよね、成田さん」

教師は、問題の解説をするとき、自ら誤答を示しておいて、こう言うのだった。

成田さんは非常におとなしい少女で、いつも俯いていた。美少女だったような記憶があるが、顔を上げないから、よくわからない。彼女を励ます意図もあって、教師は「成田さん」と言っていたのだろうが、言われると彼女はいよいよ顔を伏せた。頬が真赤になった。当時は恥じらっているのだと思っていたが、今になって思えば、彼女は怒っていたのかもしれない。教師が「成り立たないよね」と言うと、おっちょこちょいの生徒たちの何人かが、「成田さん」と唱和する。彼女の体は、ぎゅうっと縮こまるのだった。

休み時間に、ある生徒が「成り立たないよね、成田さん」と言ったら、彼女は泣き出しそうな顔をした。だから、彼女にそんな言葉を掛ける生徒は、滅多にいなかった。

荒木レイ子という生徒がいた。教師が出席簿を見て、「あら、綺麗」と言って笑いながら、「どの子だ?」という顔をして見渡した。みんなは無反応だった。彼女はブスでデブで陰気だったからだ。成績は悪くなかったらしい。女子の優等生はブスと決まっていた。陰気なブスは無視される。

大崎の場合は違う。生徒が「大崎真っ暗」と言うと、彼は怒る。だから、弄っていいと思うのだ。

あるとき、一人の少年が寄ってきて、「大崎に向かって笑いかけながら、こうして顔の左側で手をパンパンと二度叩くと怒るぞ。面白いから、やってみろ」と言った。

別にやりたくはなかった。なぜ、怒るのかも、知らない。しかし、やらないという選択肢はなかった。で、やった。

机の二列向うにいた彼は怒って、その二列分を迂回して頭から突っ込んできた。

私はかっとなって、彼の髪の毛を掴んで廊下へ引きずって行って、押し倒して、床に頭を三度ばかり、ごんごんとぶつけた。さっきまでの強がりはあっさりと消え、彼はわんわんと幼稚園児みたいに泣きだした。見ていた連中は大笑いだ。私に拍手をする子もいたようだ。

その後、彼は私を見かけると自分から寄ってきて、親しげに話しかけるようになった。媚びているのではない。私は避けた。彼には魅力がなかったし、彼の気持ちがよくわからなかったからでもある。

今、彼の気持ちを想像してみた。彼に対して本気になって相手をしたのは、私だけだったのかもしれない。だから、彼は私に頼りたくなったのだろう。そういうことであれば、まあ、いいか。

実は、私も、あれほど乱暴なことをしたのは、後にも先にも、あの時だけだ。私には何の悪意もなかったのに突撃されて、かっとなってしまった。周囲の子らの目も気にしたか。

この夏、惨事が起きる。そんな気がしてならない。逃げたいが、どこに逃げたらいいか、まるで見当もつかない。

御先真っ暗。

「彼は逃げる、執拗なジェラード警部の追跡を躱しながら」

ジェラード警部って、誰だ? 何の比喩だ? 

ああ、考えたくない。

笑うしかない。

(終)

 


ウロシだった。 ~『春宵』について

2025-04-23 01:27:29 | エッセイ

   ウロシだった。

   ~『春宵』について

高校三年の時、同級生が自殺した。同じクラスではない。誰かが言っていた。あいつが死にたくなったのは成績が落ちたせいらしい。彼は下宿生だった。電気釜のコードで首を括った。コードを抜いた釜の中には、炊けた飯が手を付けないままで残されていた。前夜までは生きるつもりでいたようだ。その淡い希望が、朝、不意に消えた。なぜか。炊き立ての飯の香りが素敵だったからだろう。希望は絶望へと急降下する。僕の希望を繋ぐのは、炊き立ての飯の香りだけなのか。この先も、ずっと? こんな問題すら解けない自分が情けない。抜いたばかりのコードの置き場所も決められなくて、それを首に巻いてみた。ああ、これが答えだ。

私のクラスの担任の教師がいきり立った。

日本人は自殺を美化するから駄目だ。キリスト教を信じていないからだ。キリスト教の社会では、自殺は罪で、自殺者に墓はないのだぞ! 

本音は別だろう。教師としての責任が問われそうで、怯えていたか。

私は犬殺しの伝説を思い出した。

幼い頃に住んでいた家の近くの竹林で、犬の白骨を見たことがある。大きい犬が横たわり、白骨を曝していた。

近所の子が、犬殺しの仕業だと教えてくれた。

ここは犬殺しが犬を殺す場所なのだ。彼らに出会うと、子供は捕まって、サーカスに売られるんだそ。

ゾゾゾゾゾ! 

やつらを見かけたら、大急ぎで逃げるんだぞ。

ゾゾゾゾゾ! 

振り向くな。罠が飛んでくるぞ。

白は生け垣に沿いながら、ふとある横町へ曲がりました。が、そちらへ曲がったと思うと、さもびっくりしたように、突然立ち止ってしまいました。

それも無理はありません。その横町の七八間先には印半纏を着た犬殺しが一人、罠を後ろに隠したまま、一匹の黒犬を狙っているのです。しかも黒犬は何も知らずに、この犬殺しが投げてくれたパンか何かを食べているのです。けれども白が驚いたのはそのせいばかりではありません。見知らぬ犬ならば兎も角も、今犬殺しに狙われているのはお隣の飼い犬の黒なのです。毎朝顔を合わせる度にお互いの鼻の匂いを嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。

白は思わず大声に、「黒君! あぶない!」と叫ぼうとしました。が、その拍子に犬殺しはじろりと白へ目をやりました。「教えて見ろ! 貴様から先へ罠に掛けるぞ。」――犬殺しの目にはありありとそういう嚇しが浮んでいます。白はあまりの恐しさに、思わず吠えるのを忘れました。いや、忘れたばかりではありません。一刻もじっとしてはいられぬ程、臆病風が立ち出したのです。

(芥川龍之介『白』)

この小説を読む前に、紙芝居で見た。炎の中に「白」が飛び込む場面で細工がしてあって、黒い「白」が赤い炎にするすると呑み込まれていった。

ゾゾゾゾゾ!

「負け犬」の私にとって、教師どもは「犬殺し」だ。

『春宵』を読んだという人がやってきて、「憎悪」というのは「ゾゾゾゾゾ」の洒落かと聞いた。まあ、そうだ。〈なら、いい〉と言って、せせら笑いながら彼は去った。聞いた話では、彼は被差別部落民を支援する活動家だったそうだ。

二十年後、テレビで彼を見た。東京大学の日本文学の教授か何かになっていた。

ゾゾゾゾゾ!

この歌を歌わなければ、私は十七歳で死んでいたかもしれない。

死ねたかもしれない。

歌は首輪かもしれない。

(終)


モロシになりそう。 ~タニエ

2025-04-10 01:34:24 | エッセイ

   モロシになりそう。

   ~タニエ

田中邦衛の名前が思い出せなかった。その名前が浮びそうになると、北林谷栄の名前が横から出て被さる。

北林谷栄の名前をわざと気にしてみたら、タニエの音が強くなり、タ・ニエになり、タ○○・○ニエを経由して、田中邦衛になった。

私は彼が嫌いだった。なぜなら、子供の頃、彼に似ていると言って、からかわれたからだ。「やあい、青大将」と呼ばれた。若大将シリーズを一本も見たことがなかったので、何の反応もできなかった。ついでに加山雄三も嫌いになった。いや、嫌いということにした。「なぜ、『若大将』を見ないのか」と聞かれても、答えられなかったからだ。予告編を一度だけ見て、「加山は大根だ」と触れて回った。

未だに加山雄三の映画を見たことがない。

大坂志郎に似ていると言われたこともある。

思い出せなかったのではなく、思い出したくなかったのに、部分的に思い出せるようになったのかもしれない。思い出したくなかった理由は、他にも考えられるが、それはさておき、思い出す勇気が出たのかもしれない。いや、守備力が減退したのかもしれない。

まあ、いいや。どうせ、死ぬんだ、遅かれ早かれ。

ここまで書いて、転寝をして、目が覚めると、『青島要塞爆撃命令』を思い出した。あれに加山が出ていたんじゃなかったか。あれなら、見た。共演は、あの、ええっと、目つきの悪い……。違うかな。はあ。あの顔、思い出したくない。

(終)


モロシになりそう。 ~涼子ちゃん

2025-04-09 00:52:44 | エッセイ

   モロシになりそう。

   ~涼子ちゃん

夢に広末涼子が出ていた。夢だったと思う。そうだとしても、どんな夢だか、忘れた。

彼女の名前が思い出せなかった。〈広○涼子〉と浮かぶが、広沢? 違うよな。

二日ほどして、突然、思い出した。やれやれ。

そのまた二日後が今日で、テレビを点けたら、〈自称・広末涼子〉というテロップが出ていた。〈自称〉って何だよ。顔写真は彼女のようだ。本名じゃなかったのか。〈自称・女優〉の間違いかな。

『ロンバケ』に彼女が出ていた。奥沢涼子という女学生がいたが、その役をやっていたのは、広末涼子ではない。りょうでもない。こんがらがる。

広末+奥沢→広沢か。

「先輩……来るの、すごく早かったね」

ド、ド、ド、シドシラソ、ミラ~

(終)


モロシになりそう。~狭い

2025-04-05 23:56:27 | エッセイ

   モロシになりそう。

   ~狭い

随分前から、〈狭〉という漢字が思い出せないでいた。

狭い場所が嫌いだからか。「三畳一間の小さな下宿」という歌なんか、嫌いだ。映画の『穴』や『大脱走』を見るのは苦しい。『ショーシャンクの空に』となると、もう、喘ぐほどなのだ。『クーリエ』なら、三畳より広そうだから、囚人に同情する余裕はある。

しかし、思い出せない理由は、閉所恐怖ではなさそうだ。

いや、違った。思い出せないのではない。思い出しはするのだ。ところが、納得できない。〈狭〉と〈狡〉と〈挟〉が頭の中でごっちゃになる。そのことに気づいて、ごっちゃになるわけを考えてみた。すると、すぐに思いついた。

〈せまい〉という意味と獣偏が合わないからだろう。

旁に問題はない。〈挟〉や〈峡〉や〈鋏〉という字を知っているからだ。旧字では、〈大〉の両側に〈人〉がある。「手をひろげて立つ人の両わきを左右から手ではさむさまにかたどり、はさむの意味を表す      」(『新漢語林』「夾」)という。〈頬〉は、〈頁〉つまり頭などを挟むんダッチューノ。

〈狭〉は「陜の俗字」(『新漢語林』「狭」)だってさ。

なあんだ。

でも、なぜ、阜偏が獣偏になったのだろう。里が犬になったのは、なぜだろう。草書のせいか。まあ、いいや。

とにかく、よく知らないで覚えていたことは、時が経つにつれて、どんどん、不確かになっていく。

私は誰? ここはどこ? 

私のような誰かが、帰る家を忘れて、うろうろしている。数年前から、そんな夢をよく見るようになった。私or誰かの部屋は狭いようだ。そこに帰りたくないんだけど帰る所はそこしかないというようなことか。

獣の私が安穏に暮らせる里はない。なかった。

思い出した。

小学生の頃、しばしば、出窓の下の棺桶ほどの空間に入り込み、戸を閉めて、ちょっとだけ開いて光を入れ、しばらく、じっとして、苦しみながら安らいでいた。

以前、その出窓の上あたりに、天井から黄色の物体がぶら下がっていた。それは、生まれるべきではなかった誰かの胴体のようだった。

その黄色は、夜明けの太陽に照らされた天窓の磨りガラスの色だったのかもしれない。だったら、徹夜をしたのだろう。

(終)