モロシになりそう。
~誤訳
トランプの言うことは、よく分からない。誤訳かな。
プーチンの言うことは、まあ、分かる。
ゼレンスキーの言うことは、まあ、分かる。
ネタニヤフの言うことも、まあまあ、分かる。
習の言うことは、どうでもいいかな。
石破の言うことは、まるで分からない。誤訳かな。
(終)
モロシになりそう。
~誤訳
トランプの言うことは、よく分からない。誤訳かな。
プーチンの言うことは、まあ、分かる。
ゼレンスキーの言うことは、まあ、分かる。
ネタニヤフの言うことも、まあまあ、分かる。
習の言うことは、どうでもいいかな。
石破の言うことは、まるで分からない。誤訳かな。
(終)
モロシになりそう。
~あの「失言」
失言とは何か。
*
言ってはいけないことを、不注意で言ってしまうこと。言いあやまり。過言。
(『広辞苑』「失言」)
*
失言には、以上の三つの意味がある。
今、与党の政治家の「失言」が話題になっている。
野党の政治家がこれについて「失言以上」と非難しているが、その場合の「失言」は一番目の意味だろう。
本人が認めているらしい「失言」は二番目の意味だろう。
弱々しい庶民は三番目の意味にとって怒っているようだ。
*
「運のいいことに能登で地震があった。緊急避難的だが、金沢にいても輪島の住民票がとれるようになっていた」
(NHK「全国のニュース」)
*
これは実際の発言とは少し違うが、ここではこれをテキストにして考える。
私の考えでは、この「失言」は、二番目の意味の「言いあやまり」だ。
「あった。」は、〈あったが、〉が適当だろう。この場合、「運のいいことに」は「住民票がとれるようになっていた」に係る。原文のままだと、「地震があった」に係るので、誤解されてしまったわけだ。
話の下手な人は、しばしば、重文を途中で切ってしまう。そのとき、後の文に用いるつもりの形容詞などを前の文で使ってしまう。「運のいいことに」は「緊急避難的にだが」の後に置くのが適当だろう。
私は、この政治家を擁護したいのではない。全く違う。「言いあやまり」ということに気づかない人々に対して、腹が立つやら、情けないやら、とにかく、くたびれるのだ。しかも、彼を非難するコメンテーターどもの発言も同様に意味不明だから、どうにもならない。
ただし、私の解釈が正しいとしても、彼の発言を非難する余地は十分にある。〈「運のいいことに」「住民票がとれるようになっていた」〉というのは、曖昧だ。だから、誤解されても仕方がない。
「運」は変だ。運命論者か? だったら、政治は無用だろう。
この「運」は〈私に感謝しなさい〉という思いを暗示している。多くの人は、この暗示された思いを感じ取って腹を立てているのに違いない。ただし、そのことを明示できないでいる。明示できない理由は二つ考えられる。
明確に意識できないから。暗示されたことを証拠とするのをためらうから。
前者の場合、どうにもならない。反省能力が足りない。憐れな凡人だ。後者の場合、発言者と議論をしてみればいいのだが、私を含め、普通の人々には議論をする機会がない。機会のありそうな連中が議論をしないのは怠慢だ。そうでもないとしたら、マス・メディアで仕事をするための能力が足りない。狡い詐欺師だ。
そもそも、印象、感想、解釈、憶測、忖度、妄想の責任は、全部、受信者の側にある。発信者に責任はない。そんなことも知らないのか?
日本語のできない政治家と、日本語のできない知識人と、日本語のできない凡人が選挙に係わって、どうなる? どうにもならないよ。いいことは何もない。
言葉を壊すのが仕事のコメディアンまでが、知識人っぽく社会的問題について論じる。さらには立候補する。
日本国中、場末の飲み屋だ。
もう、笑うしかないのさ。
Come to the cabaret!
(終)
モロシになりそう。
~逃亡者
半月ほど前から、ときどき、〈オーサキ〉という音が頭の中で鳴る。意味不明。
人名か? 大崎か。そうじゃないような気がする。大前ではない。太崎は無理だな。
小学校四年の同級生で、大崎という少年がいたんだ。大崎マ…… 大崎正典? 大崎正博? 違うな。
大崎という姓は知っていても、下の名は知らなかった。親しくなかった。クラスで一番背が低かった。いや、一番ではないかもしれない。三番目ぐらいか。顔つきが幼くて、二年生ぐらいに見えて、だから、背まで低く感じていたのかもしれない。
教師が彼に向かってよく言っていた。
「オーサキ真っ暗だなあ、うん? 大崎」
近頃、御先真っ暗と思うことがよくあって、でも、その言葉をはっきりと意識したくなくて、オーサキという音が鳴るのかもしれない。
授業が沈滞したとき、教師は「大崎真っ暗」と言って生徒たちを笑わせた。
頭の中で鳴るオーサキの典拠がこれなら、一息つけるのだが。
不安は、幾重にも折りたたまれている。不安から逃げようとすると、逆に、もっと不安になる。薄皮を剥ぐように、不安の物語を発見する。あるいは、想像する。そうやって生き延びるか。
「現在を、今夜を、そして、明日を生きるために」
別の教師の話芸を思い出した。
「こんなことは成り立たないよね、成田さん」
教師は、問題の解説をするとき、自ら誤答を示しておいて、こう言うのだった。
成田さんは非常におとなしい少女で、いつも俯いていた。美少女だったような記憶があるが、顔を上げないから、よくわからない。彼女を励ます意図もあって、教師は「成田さん」と言っていたのだろうが、言われると彼女はいよいよ顔を伏せた。頬が真赤になった。当時は恥じらっているのだと思っていたが、今になって思えば、彼女は怒っていたのかもしれない。教師が「成り立たないよね」と言うと、おっちょこちょいの生徒たちの何人かが、「成田さん」と唱和する。彼女の体は、ぎゅうっと縮こまるのだった。
休み時間に、ある生徒が「成り立たないよね、成田さん」と言ったら、彼女は泣き出しそうな顔をした。だから、彼女にそんな言葉を掛ける生徒は、滅多にいなかった。
荒木レイ子という生徒がいた。教師が出席簿を見て、「あら、綺麗」と言って笑いながら、「どの子だ?」という顔をして見渡した。みんなは無反応だった。彼女はブスでデブで陰気だったからだ。成績は悪くなかったらしい。女子の優等生はブスと決まっていた。陰気なブスは無視される。
大崎の場合は違う。生徒が「大崎真っ暗」と言うと、彼は怒る。だから、弄っていいと思うのだ。
あるとき、一人の少年が寄ってきて、「大崎に向かって笑いかけながら、こうして顔の左側で手をパンパンと二度叩くと怒るぞ。面白いから、やってみろ」と言った。
別にやりたくはなかった。なぜ、怒るのかも、知らない。しかし、やらないという選択肢はなかった。で、やった。
机の二列向うにいた彼は怒って、その二列分を迂回して頭から突っ込んできた。
私はかっとなって、彼の髪の毛を掴んで廊下へ引きずって行って、押し倒して、床に頭を三度ばかり、ごんごんとぶつけた。さっきまでの強がりはあっさりと消え、彼はわんわんと幼稚園児みたいに泣きだした。見ていた連中は大笑いだ。私に拍手をする子もいたようだ。
その後、彼は私を見かけると自分から寄ってきて、親しげに話しかけるようになった。媚びているのではない。私は避けた。彼には魅力がなかったし、彼の気持ちがよくわからなかったからでもある。
今、彼の気持ちを想像してみた。彼に対して本気になって相手をしたのは、私だけだったのかもしれない。だから、彼は私に頼りたくなったのだろう。そういうことであれば、まあ、いいか。
実は、私も、あれほど乱暴なことをしたのは、後にも先にも、あの時だけだ。私には何の悪意もなかったのに突撃されて、かっとなってしまった。周囲の子らの目も気にしたか。
この夏、惨事が起きる。そんな気がしてならない。逃げたいが、どこに逃げたらいいか、まるで見当もつかない。
御先真っ暗。
「彼は逃げる、執拗なジェラード警部の追跡を躱しながら」
ジェラード警部って、誰だ? 何の比喩だ?
ああ、考えたくない。
笑うしかない。
(終)
ウロシだった。
~『春宵』について
高校三年の時、同級生が自殺した。同じクラスではない。誰かが言っていた。あいつが死にたくなったのは成績が落ちたせいらしい。彼は下宿生だった。電気釜のコードで首を括った。コードを抜いた釜の中には、炊けた飯が手を付けないままで残されていた。前夜までは生きるつもりでいたようだ。その淡い希望が、朝、不意に消えた。なぜか。炊き立ての飯の香りが素敵だったからだろう。希望は絶望へと急降下する。僕の希望を繋ぐのは、炊き立ての飯の香りだけなのか。この先も、ずっと? こんな問題すら解けない自分が情けない。抜いたばかりのコードの置き場所も決められなくて、それを首に巻いてみた。ああ、これが答えだ。
私のクラスの担任の教師がいきり立った。
日本人は自殺を美化するから駄目だ。キリスト教を信じていないからだ。キリスト教の社会では、自殺は罪で、自殺者に墓はないのだぞ!
本音は別だろう。教師としての責任が問われそうで、怯えていたか。
私は犬殺しの伝説を思い出した。
幼い頃に住んでいた家の近くの竹林で、犬の白骨を見たことがある。大きい犬が横たわり、白骨を曝していた。
近所の子が、犬殺しの仕業だと教えてくれた。
ここは犬殺しが犬を殺す場所なのだ。彼らに出会うと、子供は捕まって、サーカスに売られるんだそ。
ゾゾゾゾゾ!
やつらを見かけたら、大急ぎで逃げるんだぞ。
ゾゾゾゾゾ!
振り向くな。罠が飛んでくるぞ。
*
白は生け垣に沿いながら、ふとある横町へ曲がりました。が、そちらへ曲がったと思うと、さもびっくりしたように、突然立ち止ってしまいました。
それも無理はありません。その横町の七八間先には印半纏を着た犬殺しが一人、罠を後ろに隠したまま、一匹の黒犬を狙っているのです。しかも黒犬は何も知らずに、この犬殺しが投げてくれたパンか何かを食べているのです。けれども白が驚いたのはそのせいばかりではありません。見知らぬ犬ならば兎も角も、今犬殺しに狙われているのはお隣の飼い犬の黒なのです。毎朝顔を合わせる度にお互いの鼻の匂いを嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。
白は思わず大声に、「黒君! あぶない!」と叫ぼうとしました。が、その拍子に犬殺しはじろりと白へ目をやりました。「教えて見ろ! 貴様から先へ罠に掛けるぞ。」――犬殺しの目にはありありとそういう嚇しが浮んでいます。白はあまりの恐しさに、思わず吠えるのを忘れました。いや、忘れたばかりではありません。一刻もじっとしてはいられぬ程、臆病風が立ち出したのです。
(芥川龍之介『白』)
*
この小説を読む前に、紙芝居で見た。炎の中に「白」が飛び込む場面で細工がしてあって、黒い「白」が赤い炎にするすると呑み込まれていった。
ゾゾゾゾゾ!
「負け犬」の私にとって、教師どもは「犬殺し」だ。
『春宵』を読んだという人がやってきて、「憎悪」というのは「ゾゾゾゾゾ」の洒落かと聞いた。まあ、そうだ。〈なら、いい〉と言って、せせら笑いながら彼は去った。聞いた話では、彼は被差別部落民を支援する活動家だったそうだ。
二十年後、テレビで彼を見た。東京大学の日本文学の教授か何かになっていた。
ゾゾゾゾゾ!
この歌を歌わなければ、私は十七歳で死んでいたかもしれない。
死ねたかもしれない。
歌は首輪かもしれない。
(終)
モロシになりそう。
~タニエ
田中邦衛の名前が思い出せなかった。その名前が浮びそうになると、北林谷栄の名前が横から出て被さる。
北林谷栄の名前をわざと気にしてみたら、タニエの音が強くなり、タ・ニエになり、タ○○・○ニエを経由して、田中邦衛になった。
私は彼が嫌いだった。なぜなら、子供の頃、彼に似ていると言って、からかわれたからだ。「やあい、青大将」と呼ばれた。若大将シリーズを一本も見たことがなかったので、何の反応もできなかった。ついでに加山雄三も嫌いになった。いや、嫌いということにした。「なぜ、『若大将』を見ないのか」と聞かれても、答えられなかったからだ。予告編を一度だけ見て、「加山は大根だ」と触れて回った。
未だに加山雄三の映画を見たことがない。
大坂志郎に似ていると言われたこともある。
思い出せなかったのではなく、思い出したくなかったのに、部分的に思い出せるようになったのかもしれない。思い出したくなかった理由は、他にも考えられるが、それはさておき、思い出す勇気が出たのかもしれない。いや、守備力が減退したのかもしれない。
まあ、いいや。どうせ、死ぬんだ、遅かれ早かれ。
ここまで書いて、転寝をして、目が覚めると、『青島要塞爆撃命令』を思い出した。あれに加山が出ていたんじゃなかったか。あれなら、見た。共演は、あの、ええっと、目つきの悪い……。違うかな。はあ。あの顔、思い出したくない。
(終)