
引田の町並を代表する建物の一つ、「かめびし屋」だ。
岡田家(かめびし醤油)の由来
岡田家の開祖は、生駒家の家臣西山丹後といわれる。寛永の頃に丹後の四代目、西山三郎が引田に来住し、五代目の時に岡田姓に改姓。
当家の初代は、その子孫にあたる伊右衛門とされている。伊右衛門は屋号を「池田屋」と称し、農業をしていたが、宝暦3年(1753年)に池田地区で、ひしほ(醤油)の製造販売を始める。その後、現在地に醤油製造の拠点として母屋を創建。
伊右衛門には子が無く、藩御蔵番取締岡田文甫の次男治祐が別家して池田家を継承する。醤油製造販売は順調に進み、三代目次助にかけて、倉庫・釜屋等の施設を次々に増設。天保15年(1844年)には、長屋門が完成している。製造した醤油は、高松城下の醤油卸店で販売したほか、生産の増加に伴って、徳島、阪神、泉州はと販路を拡大した。
歴代の当主は、伝統の蔵を利用して創業以来の古法をかたくなに踏襲し、岡田家独自の香りと風味を持った醤油作りを今に伝えている。
かめびし醤油の名称は、江戸時代から使用され、「かめ」は氏神の鎮座する亀山の一字をとり、「ひし」は、醤油の事を「ひしほ」と呼ぶところから採ったともいわれている。
現在使用している醤油作り関係の建物18棟は、平成15年6月に国の登録有形文化財に登録されている。
以上、説明看板より。
平成25年3月撮影。
→国登録有形文化財 かめびし屋(岡田家)2【東かがわ市引田】
←国登録有形文化財 旧引田郵便局【東かがわ市引田】
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