仙波敏郎巡査部長を支えた
その友の死!!
<故 東玲次氏 10月23日急逝>
<仙波敏郎巡査部長>
驚いた。妙にしんみりした。二人とも出会ったことはない。ネットとニュースで見かけただけだ。仙波敏郎巡査部長については、何度かブログに書いた(② ③)。故 東 玲治氏に至っては、その支援者と言うことしか知らない。その死は心に一抹の寂寥感を覚える。そして、その死について、書いた野坂昭如氏の文章は素敵だ。そして、そして、その記事をいち早くブログに掲載した天木直人氏の感性に、敬服を覚える。
これは、少なくとも一本の共時性に繋がっている。真実を叫んだ男、その支援を買って出た男、そして、いち早く紙上に麗しく発表した男。そして、感嘆する男。一本の絆は「真実」に対する情熱である。真実とは、斯くも人を繋ぎ合わせるものか。
悪縁もあれば、良縁もある。良縁とはこの事である。良縁は誰の心にも、何とも言えない良い余韻を与える。心より冥福を祈る。
【転載開始】http://www.amakiblog.com/archives/2008/10/24/ 天木直人のブログより
このブログで時々とりあげている、野坂昭如の毎日新聞連載「七転び八起き」の10月24日の書き始めの文章だ。
「玄関先に金木犀が散り敷いている。
昔飼っていた犬ジジがこの花が好きだった。
彼女はハスキー犬。
庭をかけめぐり、この季節になると柿を眺め、色づいたそれを好んで食べていた。
金木犀の木のそばで番をしているように動かない。
いつしか小さな花が頭に積もり、まるで花かんむりだった。
ジジはある日、ふらりと家を出たまま帰らなかった。
金木犀を見ると彼女を思い出す」
何度もこの文章を読みながらその光景を頭に描いてみた。
夜遅く一本の電話を受け取った。
警察の裏金告発をして世の中を騒がせた愛媛県警の仙波敏郎巡査部長からの電話であった。
彼の名誉挽回のため仙波さんを支え続けた元産経新聞記者の東玲治さんが急死したという。
「来年の三月に仙波さんが無事定年退職できればお祝い会を盛大にやるから愛媛まで来てほしい」、「喜んでかけつけたい」、そう電話で話し合ったばかりであった。
仙波さんの名誉が回復された事を見届けるかのように逝ってしまった。
電話の向こうで、号泣した後に冷静を装って電話をかけてきたに違いない仙波さんの姿が浮かぶ。
世の中はままならない。
しかし、それでも我々は生ある限り生き続けていかなければならない。
そんな時、いい文章に出会うと心がなごむ。
金木犀の花かんむりをいただいたジジの姿を空想してひとり微笑んでみる。
喜びも哀しみも生きているあかしだ。
生きている限りそれを乗越えて行かなければならない。【転載終了】
【転載開始】「仙波敏郎さんを支える会」の東玲治さん亡くなる 愛媛
愛媛県警の捜査費不正支出問題を内部告発した県警巡査部長の仙波敏郎さん(59)を、先頭に立って支援してきた「仙波敏郎さんを支える会」の世話人で、元 ジャーナリストの東玲治さん(59)が23日、同県東温市田窪の自宅で亡くなっているのを訪れた知人が見つけた。死因は狭心症による発作とみられる。
東さんは昭和23年11月、松山市生まれ。松山商科大学(現・松山大学)を卒業後、46年、産経新聞社に入社。松山支局など17年間、取材記者として過ごした。
「気
骨のある記者」として知られ、退社後に編集・発行していた「政経ジャーナル」で、県内のJAで次々に発覚した光センサー選果機の不正入札事件をスクープ。
著書に「記者物語」「続記者物語」「-告発警官1000日の記録-ドキュメント仙波敏郎」(いずれも創風社出版)などがある。
仙波さんは「親身になって世話をしていただいた。残念だ」と言葉を詰まらせた。葬儀告別式は25日午後1時から松山市築山町5ー16の小倉聖苑築山ホール。喪主は兄の隼也(しゅんや)さん。【転載終了】