「かもめ」
作:アントン・チェーホフ 演出:栗山民也 翻訳:沼野充義
出演: 藤原竜也 鹿賀丈史 美波 小島聖 中嶋しゅう
藤木 孝 藤田弓子 たかお鷹 服部演之 麻美れい 他
8月7日 13:00 愛知厚生年金会館 1階D列サイド
チェーホフは知らないけれど、
観る前からなんとなく苦手な匂いはしていた。
目の前に繰り広げられるストーリーにいっこうに馴染んでいけない。
風景にも、人物にも、その背景にも、台詞にも。
誰かに心を強く引かれたり動かされることもなく、
流れていくものを遠くから淡々と眺めていただけのような気がする。
面白くなかったわけではないけれど、全体的に印象の残らない感じ。
舞台であるロシアの、灰色の重い雲が垂れ込めた空のように、
どんよりとしたものだけが心に漂う。
片想いだったり、憧れだったり、妥協や惰性の関係だったり、
愛はあってもそれを素直に示せなかったり・・
望むものは手を伸ばすほど遠のいていく。
ふと立ち止まって足元を見れば、
そこには自分を望んでくれるひとがいるのに。
それでも彼らは、時に残酷なまでに、自分の想いだけにまっすぐ。
彼らの想いはそれぞれにすれ違うばかり。
ストーリーを通して、人が人と繋がることがまるでない。
永遠に行き着くところのない想いを頑なに抱きながら、
ある者は自ら命を絶ち、ある者は貪欲に求め続け、
ある者は流されるままに、
そうして彼らの日常が今日も明日も平凡に続いていくのだろう。
滑稽だとも哀れだとも、ましてや愛しいとも思わなかった。
ただ、人の世なんて案外こんなものかなと思った。
想いと想いが真に通い合って繋がってゆけるのは幸せなことだけど、
それは実はとても希少な産物であって、
そのはるか数百数千倍の数の想いは、この世界のあちこちで、
こんなふうにすれ違ったまま虚しく漂っているんだろう。
トレープレフ=藤原竜也くん。
違う演出家さんのもとでも彼は彼だった、かな。良くも悪くも。
このトーンの芝居のなかでは、時々行き過ぎ感があった気もする。
母親に素直に甘えてみせた唯一のシーン「包帯を替えて・・」は
とても良かった。あの母親でも思わず心動いたところだろう。
今回前方にもかかわらず、かなりサイドに振っていたせいか、
彼の台詞が度々聴きづらかった。
彼の舞台は名古屋でも観られる機会が多くて、特に好きな役者では
ないにもかかわらずなんとなく毎度足を運んで来たけれど、
う~~ん、もうしばらくはいいかな・・。
トリゴーリン=鹿賀丈史さん。
ミュージカルは好んで観ないほうなので、舞台では初見。
地味というか人間的にあまり魅力のない男の役を、
コミカルにシニカルに演じる一方、
希望に輝くニーナの眩しさの前で思わず作家としての
本音を吐露してしまうくだりでは、切なさのなかに
愛しささえ感じさせてしまう中年のオーラ全開(笑)
ちょっときゅんとしてしまった(←騙されやすいってか?)
翻訳劇に向いているというか、
翻訳劇でこそ抜群の存在感があるのではないかと感じた。
アルカージナ=麻美れいさん。
こちらの方も初めて観させていただいたが、みごとな
はじけっぷり。鹿賀さんとのバカップルなやりとりも
それほど過剰には見えないのが不思議。
大女優のプライドと私生活での不器用さ。どちらにも
十分な説得力あり。
ニーナ=美波さん。
「エレンディラ」での好演が印象に深いので楽しみだった。
彼女独特の輝き、すごくピュアなのに芯の強さを感じる。
この芝居のなかでニーナだけが、望むものと自らの手で掴もうと
最後まで前向きだったように思う。
このニーナという役も、彼女にはよく似合う。
声の調子で、時々キンキンするのがちょっと気になった。
また観てみたい役者さんだ。
マーシャ=小島聖さん。
舞台では初めてだが、この芝居でいちばんの好印象を得た。
立ち姿も綺麗だったし、低めにおさえた声も聞きやすく力があった。
どんなときもトレープレフを追っている粘っこい視線には、
決して言葉にはできない想いをゾクゾク感じた。
夫との関係に対する彼女なりの解釈にも納得。
彼女もぜひ舞台でまた観てみたいと思う。
ほかに、中嶋しゅうさん、たかお鷹さん、服部演之さん、
藤田弓子さん、、さすがにこういう舞台にしっくり馴染んでいる
感じがあった。多くが語られなくても、その人物の歴史を感じる
ような瞬間がそれぞれにあった。
いずれも声がいいし聴きやすかった。
古典的な翻訳劇で観せるには(チェーホフを古典に入れていいのか
わからないけど)、やはり役者としてそれなりの(つまりこういう
分野での)熟練が必要なのかなと思った。
あ!最後の演出・・あの光はいったい何なんだー?!
あんなことしなくてもいいのに。違う意味でびっくりしたわ・・
そして唐突に終わるのね。
「これ二幕ものだったよね??」と思うほど一幕が長くて、
あっという間の二幕。それにもびっくり。
カテコは3回くらい?
少なくともわたしの両隣は、休憩時間に「よくわからないね~」と
言ってたり、藤原くんの出ていないときはどうにも観ているよう
には思えない様子だったのに、カテコでは早々にスタオベ。
おいおい~~。
そんな彼女たちに、今回は珍しく抵抗してみた(笑)
最後まで断固として立たなかった。
見えなくて惜しい役者さんもいなかったし(うわ、やな奴だね~)
実は(個人的に)大きなハプニングがあって、
ただでさえ苦手意識を抱えているうえに、またもや集中力大幅欠如。
途中意識が遠のいたことも度々。
なので、あまりしっかり芝居を観られていないと思う・・。
こういうのは前もって戯曲を読んでおいたほうがよかったかな。
ちょっともったいなかったかも。
この会場には、まだ彼の人の残像が見え声が聴こえるようだった(涙)
しばらくここで別の芝居は観たくない、かも。