（Mr.Ken Ogata 1937-2008）
年末に録画していた倉本聰脚本のテレビドラマ「風のガーデン」の最終回を、数日前ようやく見ることができた。
いまだに現実として受け止めたくない気持ちが強いのだが、名優・緒形拳さんの遺作である。
亡くなられた直後に放映が始まってからの３か月、このドラマを見ている間は、画面の緒形さんがもはやこの世の人でないとの実感は皆無だった。なぜなら、私が目にしていたのはあくまでも「緒形拳が演じる（役名の）白鳥貞三」であって、「白鳥貞三に扮した（を演じた）緒形拳」ではなかったからだ。
物心ついて、初めて「緒形拳」の存在を知ったのは、出世作の大河ドラマ「太閤記」だったと思う。緒形さんは翌年の「源義経」にも武蔵坊弁慶役で連続出演しているが、これは長い大河の歴史でも異例のことだ。
大河では、1978年の「黄金の日日」でも同じ豊臣秀吉を演じた（このとき、「太閤記」と同じく高橋幸治氏も再び信長役を演じている）が、このときの秀吉は最初とは違って“ヒール”的な存在で、歴史的にさまざまな評価を受けている秀吉の光と影の両方を見事に演じ分けている。
緒形さんがテレビ、映画、ドラマで演じた役柄は数え切れないほどだが（主演・主要キャストとして演じた役柄はギネス級ではないだろうか）、少なくとも私が見てきたいずれの作品も、「緒形拳が演じる役柄」であって、「役柄に扮した緒形拳」ではなかった。つまり、緒形拳というひとりの人間の「存在感」に頼ることなく、あくまでも迫真・究極の演技でそれぞれの役柄になり切っていたのだ。
外国ではロバート・デ・ニーロが同じような俳優として名前が浮かんでくる。確かに『レイジング・ブル』などは衝撃的であり、ハリウッドの俳優としてはピカイチだと思っているが、それでもすでに日本では緒形さんの存在があったので、少なくとも私は、ややリアルタイムで受けたインパクトは少なかったと思う（それでもすごかったけどね！）。できれば、緒形さんとデ・ニーロ、二人の共演を見てみたかったが……。
ほかに同じような役者をあげるならば、意外に思われるかもしれないが、私は渥美清さんを連想する。48作にわたって主演した『男はつらいよ』で、渥美さんもあくまで、「寅さんに扮した渥美清」ではなく、「渥美清が演じる車寅次郎」であり続けた。役者としての後半生はほぼ寅さん一色になってしまったが、それ以前の『拝啓天皇陛下様』や『ああ声なき友』などを見ると、それははっきりとわかる。
それとは対照的に、最近のテレビや映画などでは、「○○に扮した（を演じる）役者」がやたらに多くとは思わないか？たとえば、自分のものまねをするお笑い芸人にケチをつけたあのヒトはその代表格だろうし、キムタクこと木村拓哉もその傾向が強い（ただし彼の場合はこれから変わっていく可能性も十分にあると思う。それでも来年の大河で龍馬役にならないと聞いた時はホッとしたが＝別に福山雅治でよかったと思っているわけじゃないが、少なくとも現段階のキムタクでは、「龍馬に扮するキムタク」になるのが明白だからだ）。
キツい物言いに聞こえるかもしれないが、「青島刑事に扮した織田裕二」は、演技者のレベルに達していない。「演技」よりも「扮装」のレベルに近いと思う。その点で彼は、“キターッ！”のものまね芸人にクレームをつける資格などないのである。
緒形さんがもはやこの世の人ではないとの現実に目覚めたのは、いつもエンディングで平原綾香が歌う「ノクターン」が流れるときだった。あの若さで、聴く人間の感情や歓声をあれだけ揺さぶる歌唱力は大変なものだと思う。緒形さんは全撮影終了後彼岸に旅立たれ、完成映像を見ることはできなかったわけだが、はたして撮影中、彼女のこの曲を耳にする機会はあったのだろうか。
倉本さんもこの作品を最後に、連続ドラマはもう手掛けないと宣言している。いい脚本にいい役者──映画でもテレビでも舞台でも、素晴らしい、面白い作品を作るにあたって絶対欠くことができないはずのこの二つの要素が、日本の映画界やテレビ界から櫛の歯が抜けるように次々と消えていくのは嘆かわしいことだ。
緒形拳さんを失ったことは、すなわち私たちがその珠玉の演技に接する機会を永遠に失ったことにほかならない。同じ時代を生きたことは光栄の極みだが、どうせなら、できるだけ長く、私たちと同じ列車の乗客でいてほしかった。
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