goo blog サービス終了のお知らせ 

はれっとの旅路具

(はれっとのたびろぐ)田舎暮らしと旅日記
金沢・能登発 きまぐれ便

バターが無い

2008-05-26 23:22:37 | つぶやきあれこれ
そういえば、バターが店頭に並ばなくなっていますネ…

「製造が間に合わないため」と表示しているスーパーもありますが

出張続きでろくにニュース・新聞も見ていないので
何が起きているのかさっぱりです。


今月はこれまでの週末に全て冠婚葬祭系の行事が入り
出張の連続もあいまってバタバタしました。

今週残りは…
幾つかの会議と
一つの出張と宴会をこなして
平日に一人で誕生日を迎え
週末は爆睡するだけです。(^^;ゞ

そうそう
健康診断の速報はまぁまぁ(いつも引っかかるところは同じ)でしたが
いい加減アルコールも抜かないと…(^^;;;ゞ

こころのコリ

2008-04-25 00:46:42 | つぶやきあれこれ
いつもこのブログにコメント頂いている
お一人の「さらさ」さん

この24日の記事「風車のように」で
> どうしても晴れなかった心の澱みを
> やっと、風が吹き流してくれました。
と書かれていたので、
最近、聞いたお話をご紹介したいと思います。
聞いたお話に、僕なりに解釈を加えさせていただくことをお許しください。

それは
何故、心を「こころ」というのか…
というお話

心を「こころ」と呼ぶのには二つの意味があるそうです。


一つは、「心はココル」から

体がコルように、心もコルのだそうです。
心が疲れているとき
そんなとき、いつの間にか視野が狭くなっています
それを「心はコッている状態」というそうです。

体のコリを解すには温泉に行ったり、マッサージをしたりしますが
心のコリを解すには「話をする」のが一番なのだそうです。
ただし、「ちゃんと聞いてくれる人」と

最近は、人の話を聞くフリをして
実は「自分の価値観:善悪・良否に照らして裁く(評論する)人」が増えているそうです。
これをやられるとますます心はコッてしまう

人は心がカチカチに固まってしまうと死んでしまう
生き物なのだそうです。

だから、活き活きと生きるためには
心が柔らかい状態でいること…だとか

そういえば、僕自身も相手の相談に乗っているつもりが
いつの間にか自分の価値基準を披露したり
押し付けていることに気づかされました。
その結果として相手の心に及ぼす影響の大きさにドキッとさせられました。
振り返ると、つくづく恐ろしいことをしてきたものです。

娘が将来のことを相談してきたときもそうでした。
以来、娘が僕にろくに話をしてくれなくなったのも頷けます…
気づいて直ぐに、僕なりに娘にはきちんと謝りましたが、
心の傷は癒えないのかも知れません

本当に相手の身になる、
相手が理解して欲しいと願っていることを受け止められる
そんな人間であれば、心のコリを解すお手伝いができるのでしょう

まだまだ僕は修業が足りそうにありません。


心のコリを解すには、もう一つ方法があるそうですが、
聞きそびれてしまいました(^^;ゞ

自分の経験では、「好きなことに夢中になる時間を持つ」かな~

・ゆったりと風呂・温泉に浸かる
・旅行に出かける
・爆睡する
なども心のコリ解消に役立ちそうですが、
なんだか対処療法に過ぎないような気がします。

周りの誰のためでも無く、純粋に自分が好きなこと
それだけのために徹底して集中できる時間を準備する
とそれだけで随分と違うようです。
(念のために申しますが、
 「決して他人に迷惑をかけない範囲で」が大前提ですから…)

一見、どちらも対処療法のようですが、強いて言えば
・前者は心のコリを散らす(気分転換)
・後者は心の願いを叶えてあげる
違いがあると感じます。

勿論、入浴・旅行・寝るが大好きな方は、
それで十分なので、これはあくまで僕の場合…なのですが


さて、もう一つのお話は「心はコロコロ変わる」

悟りとは、いつも穏やかな心の状態になることでは無いようです。
勿論、そのように成れればそれに越したことはないのですが、
「完全に外部の何にも反応しなくなるのは死んでいるのと同じ」とも聞きました。

心とは何かにつけコロコロと反応し、
コロコロと移ろってゆくものである
と達観する
そのことが大切なようです。

ですから、逐一起こってくる想念を握り締めず・囚われず
サラサラと流してゆくことができると
かなり心が楽な状態でいられるのかも知れません。

自分の心が不平不満を叫んでいて
周りに誰も聞いてくれる人が居ないとき、
「そうだよね。わかるよ。よしよしもう大丈夫だよ」と
まるで幼子のダダを聞いてあげるかのように
自分の心の不平不満を丁寧に聞いてあげていると
いつのまにか心は満足して不平不満の声が小さくなる
という「技」を別な方から教えてもらったこともあります。

ただし、あくまで幼子のダダを聞くようにするのであって
そのダダに飲み込まれてはなりません。

この方法を実践するためには、言い換えれば
自分自身を客観視できることが大前提であって
自分の心を客観視できないと、逆に
不平不満の声に飲み込まれて乗っ取られ
暴走を助長してしまいそうです。


心という何か良く判らない存在
肉体のように鏡という外部に映し出し難い存在
しかし、確実に自分の内部に存在する心…
人によっては魂とか、精神とか内面と表現されるもの

「これ」とどのように向き合い、付き合ってゆくか
宗教・哲学・心理学などの動向を眺めつつ
恐らく人類の根源的なテーマなんでしょうね
と、世間の超片隅のブログで「呟いて」しまいました…(^^;ゞ
m(_._)m


追伸
心を外部に映し出す方法はあるようです。
最も簡単なものは、日記(行為の記録ではなく、感情・思いの記録)を
書くことだそうです。

そういう意味ではブログも自分の心を
客観的に映し出すことをしている
ことになっているようですネ

素晴らしき哉、人生!

2008-04-01 18:44:22 | つぶやきあれこれ
先週末から昨日まで慣れない力仕事をしていました。

ほとほと疲れたので、単身赴任先で
急に何か娯楽っぽいものが観たくなり、
隣のショッピングセンター内の
もうすぐ閉店するというレコード店に

500円DVDのシリーズがなんと
3本1000円で特売中!

疲れた頭で選んだ中の一本が
表題の『素晴らしき哉、人生!(1946) - goo 映画

パッケージには、クリスマス映画とあります。


主人公のジョージ・ベイリイは、有能な青年。
世界旅行を夢見、大活躍をする自分の将来を確信していましたが…


ブログで交流させていただいている
「ての」さんがフェミニズムに関する書物のレビュー記事(2008.03.23)を書いておられますが、その最後。

> 善意を背骨に社会的弱者の視点を宿した謙虚な思想。そんな思想が強く求められていると感じます。

と指摘されているのを先日拝見していました。


父の突然の死によって已む無く
ジョージ・ベイリイは父の会社の跡を継ぐのですが、
その事業内容は貧困者向けの住宅金融。

そうです。
今騒がれているサブプライムローンそのもの

理想と現実の狭間で幾多の困難を乗り越えたジョージ
しかし家族に囲まれて幸せのはずのクリスマス・イヴに
最悪の事態に陥った彼が目にしたものは…


ジョージと父。
彼の妻。
彼らを支える人々…

そこに描かれている姿には
てのさんが指摘されている
「善意を背骨に社会的弱者の視点を宿した謙虚な思想」に満ちている
気がしてなりません。

今を暮らす私たち一人一人の中にこそ
「善意を背骨に社会的弱者の視点を宿した謙虚な思想」を満たすべき
それしか道は無いような気がしています。

気が遠くなるとはいえ、
グラス・ルーツ:草の根から始めなければ
今日のあまりにも貧しい政治をどれほど批判しても
何も変わり始めません。


ところで、ジョージに対抗する人物が
H.ポッターという名前なのも、
今日からはどこか(^^;ゞ…ですね

1946年のゴールデン・グローブ賞監督賞受賞作品です。

ブログスパム

2008-03-27 16:24:06 | つぶやきあれこれ
Googleニュースにちょっと気になる記事がありました。
ニフティ調査:国内ブログの4割は「スパム」Google news一覧
ブログの内容を調査するシステムを開発して調べたところ、
なんと国内のブログの4割が読み手にとって無意味なモノなのだそうです。

大抵はアフリエイトで稼ぐためや、
怪しげなサイトに引き込むために
プログラムで自動生成しているものだとか…

便利なものには副作用があるものです

ニフティは「スパムブログ」を7つに分類しているそうですが、
・引用スパム(他ブログ・ニュース記事・検索されやすいワードの検索結果等の引用を自動取得し記事を生成)
・ワードサラダ(フレーズ単位で文章を機械的に組合わせ生成)
にカテゴライズされないように(^^;ゞ
しっかり自分の記事も書かなきゃ…

ちなみにサラダの英語スペルsaladは、salとadに分けられます。
salad(goo英和辞書)
salは「塩」adは「加える」(いずれも同辞書サイト)
だそうですから、サラダはさしずめ「塩を加えて」食べていたのかも…

ん~
これも殆ど引用だなぁ~
…(^^;ゞ

復帰?それとも…

2008-03-22 22:18:05 | つぶやきあれこれ
明日は、集落を挙げての春の道普請(住民による道路自主補修作業)
昨年の「その日」は、能登半島地震がありました。

それ以降、今日まで本当に人生の転機ではないかと思えるほど
色々なことが次から次へと起こりました。

聞くところによると、数えの49歳は厄年とか…(^^;ゞ
(男の厄は42歳で終わったんじゃないのぉ~!)

今年、年男の僕は本厄じゃぁないですか!
どうりで色々あるわけだ…(^^;ゞ

明日の道普請は何も無いことを祈りたいものです。


で、話は変わりますが
昨夜ほんとうに久々にネットをサーフィンしました。
(これって古い言い回しですよね~)

以前から、手持ちのデジカメで夜桜など
「キワモノ」の写真が撮りづらいことから
本格的な一眼レフを買いたいなぁと思っていたところ

ペンタックスのK100D Superのレンズキット(メーカサイトへのリンク)がなんと52,800円(税、送料込)
ついつい衝動買い…(^^;ゞ

写真を趣味とし始めたのは中学生の頃
当時、ニコン・キャノン・ペンタックスは高嶺の花でした。

思えばこのブログで擬似一眼のデジカメを衝動買いしてしまった記事はこちら(2006.06.07)
このLumixもかなり良い機材でしたがバルブ(シャッター開放)が無くて、夜景などの撮影にちょいと手間取っていました。

あれから僅か2年もたたないうちに新しいデジタル一眼を手にしてしまった自分。
娘からも飽きられる始末ですが…


このブログが正直「書けなくなって」半年。
ブログを書く(ある意味、普通の暮らしに復帰する)ため
敢えてモノから入ろうという
「他力」というか、
○○依存症というか
そういう自分にも… … … ですが(^^;ゞ

まぁ、リハビリということで
ぼちぼちいきましょう(^^)/~