丘を越えて~高遠響と申します~

ようおこし!まあ、あがんなはれ。仕事、趣味、子供、短編小説、なんでもありまっせ。好きなモン読んどくなはれ。

羽ばたく鳥   ①  ~脳内妄想劇場・第2弾~   

2005年11月09日 | 作り話
 私はその鳥に足環をつける
 小さな細い足にキラキラ光る銀のリング
 そして鳥は大空へ放たれる

 陽の光にリングをきらめかせながら
 鳥は一心不乱に
 飛んでいくだろう
 まだ見ぬ希望の地へ

 いつか目指す地に辿りついた時
 その鳥を見た者は気付くだろうか
 見知らぬ土地で
 見知らぬ誰かがつけたそのリングと
 そこに込められた 密やかな祈り
 
 いつかきっとこの地に還っておいで
 私のこの手の中に・・・

   

 暗い部屋の中でテレビが青白い光を放っていた。牧子はソファーに横たわりながら、その画面をぼんやりと見つめていた。テレビの画面には若い男性の俳優が、賑やかな女性司会者を相手に他愛のないトークを繰り広げている。
 趣味の話、舞台の話、最近話題になっている出演ドラマの裏話。どれも牧子にとっては既に聞いたことのある話題ばかりだった。牧子でなくとも、彼の熱心なファンであれば、たいていは知っているような当たり障りのないネタだ。
 つまらない・・・。
 牧子は溜息をつきながら手にしたリモコンのスイッチを押した。乾いた音がして画像が途切れた。昼間の放送を録画したけれど、あまり観る気にはなれない。少し前までは、彼の出演する番組は全部網羅して食い入る様に観ていたというのに・・・。
 リモコンをテーブルの上に置き、目を閉じた。
 週末の金曜日。今日も一人だ。同居人は最近忙しく、なかなか顔を合わすことがない。
 同居人・・・いつからお互いに同居人に成り下がったのだろうか。ほんの少し前までは恋人とも夫とも言えるくらいの密度で生活していたのに。一体私達はどうしてしまったのか。これからどうなるのか。
 答えの出そうにない質問をおまじないのように繰り返している内に、牧子はそのまま眠りこんでしまった。

 どのくらい眠ったのか、携帯の着信音で目が覚めた。慌てて携帯の入っているハンドバックを探すが暗闇の中ではなかなか見つからない。ようやくソファーの後ろに放り出してあったバックを見つけ出した時には、着信音は止まっていた。
 牧子はのろのろと携帯を取り出し、不在着信のチェックをした。暗闇に慣れた目には携帯画面のにぎやかな光が眩しい。
 雅博
 携帯の画面には同居人の名前が浮かび上がっていた。牧子は少しの間考えた後、通話ボタンを押した。
 呼び出し音がしばらく続き、留守電に切り替わった。感情のこもらない女性の声が語る留守のメッセージを全部聞かずに、牧子は電話を切った。
 またすれ違いだ・・・。思わず、小さい溜息がでた。
 どうせ、「今日は帰れそうにないから、先に寝ていて。」なんて内容の電話だったに違いない。時計を見ると午前1時を過ぎていた。牧子が呼び出しに応じないので、もう寝てしまったと思ったのだろう。
 今日は打ち上げだと言っていた。何ヶ月かの間一緒に仕事をしてきた仲間との最後の飲み会だ。電話したところで周りが騒々しいので、着信音も聞こえはしないだろう。バイブは嫌いだと言っていたし。
 牧子はソファーから降り、部屋の電気をつけた。化粧も落とさず二時間もごろ寝をしてしまったらしい。
 ふらふらと浴室へと向かった。シャワーでも浴びて寝なおそう。ベッドで朝までぐっすり寝よう。起きたら雅博が帰っているかもしれない・・・。 

 二人が出会ったのはもう七年ほど前の事だ。牧子は会社勤めのOLで(今もそうだが)、雅博はとある劇団の役者だった。牧子の古くからの友人である翔子がそこの劇団の脚本を書いていて、公演を見に行った事があった。公演の後、友人と食事に行ったのだがその時一緒について来たのが雅博だった。
 主役ではなかったが、ステージの上での雅博の存在感は主役のそれを上回っていた。牧子がそう感想を述べると、翔子はにやりと笑って
「さすが牧。お目が高い。」
 と言った。彼女が言うには彼・山本雅博は逸材らしい。いずれはこんな小劇団ではなく、大きなステージを踏むに違いない。そしてますます成長するし、そうさせなくてはいけない。彼女は熱く語った。
 舞台から降りると、雅博は気さくで純粋な、少年のような笑顔の若者だった。実際当時は大学生だったそうだから、四歳年上で社会人の牧子から見ればまるっきり子供だった。会社でくたびれた営業の中年のオジサンばかり見ていた牧子には、本当に新鮮な青年だった。
 その日をきっかけに、牧子はたびたび劇団の公演に足を運ぶようになった。翔子から誘われた時もあったし、自分から行く時もあった。何度か翔子と雅博と三人で食事をするうちに、お互いの連絡先を交換するようになり、気がつけばなんとなく付き合うようになっていた。
 雅博は舞台ではキラ星のような存在感だったが、舞台を降りて街中に入り込むとあまりにも存在感のない、どちらかというと控えめ、それもかなり地味なところがあった。身なりもあまり構わない(貧乏で構えないという実情もあったが)、極端な話オタクといっても過言ではなかった。オタクはオタクでも演劇オタクだが・・・。
 牧子にとってはそんな雅博の存在が心の癒しだった。OLという肩書き(?)ではあったが、ブランドや会社の中の噂話や、芸能人の私生活の話題にはまったく興味がなく、そんな話で終始する会社の昼休みは牧子にとっては苦痛だった。一人で昼休みに外食する事もしばしばあった。そんな風だから、「岩崎さんはちょっと変わっている。」というレッテルを貼られていた。気にはならなかったが、周りに他愛のない話の出来る友人がいないというのは寂しかった。そんな時に出会ったのが雅博だった。
 牧子は自慢ではないが、恋愛体質ではない。どちらかというと恋愛は苦手だ。それまでにも彼氏がいなかった訳ではないが、「大好きだ、愛してる。」なんていう印籠をこれでもかと突きつけて迫ってくるような相手は特に苦手だった。恋愛ごっこをしているだけだと、心のどこかがいつも冷めていた。
 雅博は特に熱く迫ってくる訳でもなく、気がつけば傍にいて映画の話や芝居の話をキラキラした目で語り、牧子の好きな音楽の話や、本の話を面白そうに聴いてくれていた。それでいて、雨の中ずぶ濡れになりながらも待ち合わせに遅れてきた牧子を待っているような、子犬のようなひたむきさが感じられた。
「母性本能をくすぐられるって?」
 翔子にはさんざん笑われた。
「あんたみたいなタイプは、ああいう少年に弱いんだね。気をつけなよ、気がつけば『浪花恋しぐれ』みたいになってるよ。」
 その話を雅博にすると「ひどい例えだなぁ。」と苦笑していた。
「僕は『酒や酒や~、酒持って来い!』なんて、絶対牧ちゃんにはいえないよ。怖すぎて。」
 そういって屈託なく笑っていた。そういうおおらかさがまた魅力だった。

 雅博が大学をなんとか卒業して、本格的に芝居に打ち込み始めて一年程たって一緒に暮らし始めた。芝居に専念するあまり、見るからに自分の身の回りに構わなくなっていくのに見かねた牧子が、時々自分の部屋に泊めていたのが、いつの間にか居ついてしまった。
 深く干渉する気は毛頭なかった。逆に干渉されるのも嫌だった。でも、共に生活していれば、最低限の健康管理は手伝う事が出来るだろう。実際劇団の収入ではとても生活できないので、コンビニのバイトやら家庭教師やら副業をしない訳にもいかなかった。深夜まで働いて、芝居をしてという生活は体力的にもかなりきつそうだった。ヒモに成り下がるのは論外だが、少し経済的にも援助になればいい。そうすれば芝居にも専念できる。
 そんな軽い気持ちで始めた同居生活だった。


 ちょっとした変化が起きたのはそれから二年たってからだった。牧子は相変わらず面白くないOL生活を送り、雅博は細々とバイトとしながら生活の大半を芝居に費やす日々を送っていた。
 その日は深夜まで雅博は帰ってこなかった。劇団の公演は最近終わったばかりで、次の舞台の準備にも入っているはずもなかった。いつもなら牧子が仕事から帰ってくる頃には家にいて「おかえり」と、あの屈託ない笑顔で迎えてくれるのだが。
 日付が変わってしばらくしてから、雅博が帰ってきた。
「遅かったね。・・・どうしたの。」
 珍しく深刻な顔をしていた。牧子の問いにも答えず、居間のソファーに座り込む。こんな雅博を見るのは初めてだった。
「解散するんだよ。」
「解散?なにが??」
 あまりに唐突な言葉に牧子は聞きなおした。有名なロックバンドとか、国会とか、色々な名詞が頭に浮かんだ。
「劇団が、さ。」
 牧子は言葉を失った。運営が厳しいという話は翔子からも聴いていたが、それは小さな劇団はどこも同じで、即解散という状況には結びつかなかった。
「経営の問題だけではなくて。簡単に言うと、仲間割れだよ。方針が違うってさ。」
 雅博は多くは語らなかったが、どうやら内部の勢力争いという構図があったようだ。その火種が大きくなり、ついに翔子を始め、中心メンバーの半分が退団するという話になったようだった。
「よくある話だけどね、こんな小さなしがない集団で、なんでこんなつまらない結果になるんだろう。僕には理解できないよ。一生懸命、やってきたのに・・・。皆バカだよ。」
 雅博は悲しそうにそうつぶやいた。
 劇団は以前より少し大きくなっていた。人数も増え、まとまりがなくなってきた。それは翔子や雅博の話から想像がついた。でも、いわば役者バカの雅博にとっては、芝居が出来る空間である事に変わりはなく、彼にとってはかけがえのない場だ。そこが無くなる。
 牧子は隣に座って背中をなでた。男性にしては細い背中が、ますます細く見えた。

 それからしばらく雅博はバイト以外は家にこもっていた。しばしば劇団関係者からの電話があったが、あまりまともに応対していないようだった。朝、牧子を送り出し、ぼちぼちと家事をし(余計に仕事が増えることがあるので、牧子としてはあまり好ましくなかった)、バイトに行き、テレビを見て、寝る。そんな生活を送っていた。
 「ちょっと出かけてくる。帰りは何時になるかわからないから。」
 久しぶりにバイト以外で外出した雅博は言葉通り帰って来なかった。時期が時期だけに、牧子はだいぶ心配した。連絡を入れようかどうしようかと何度も携帯を手にしたが、結局かける事ができなかった。
 ほとんど一睡もせず朝を迎え、仕方がないので出勤の用意をして家を出る頃になって、雅博が帰ってきた。
「連絡くらい入れてよね。」
 安堵しながらつい強い口調でたしなめる。
「ごめん。今後の相談をしてたもので。」
 雅博はいつもの笑顔で言った。牧子は少しほっとしたが、時計を見ながら
「あぁ、もう、時間がないわ。その話、帰ってからじっくりと聞かせてもらうから。絶対よ!」
 じたばたしながらそう言うと出勤した。
 その日は正直なところ、仕事にならなかった。睡眠不足と雅博が心配なのとで注意力は散漫になり、データの入力ミスを連発した。
 昼休みにも一緒に昼食を摂っていた同僚に、「顔色がくすんでるよ。」とチェックを入れられ、帰りの駅の階段を二段ばかり踏み外した。
 あたふたと帰宅すると、雅博が夕食を作って牧子の帰りを待っていた。
「朝の話は?」
「まぁ、そうあせらずとも。ゆっくり行きましょう。」
 さんざん心配させておいて、ゆっくりもクソもない。牧子はむっとした表情で食卓についた。
「他人事みたいに、なによ。どれだけ人が心配したと思ってんのよ。」
 雅博はビールをグラスに注いだ。
「わかってるよ。牧ちゃんが心配してくれてるの、充分にわかってます。感謝してるよ。ああせい、こうせいと横から口を出したいのを我慢して、ここしばらく僕の事見てくれてたもんね。」
 そして、少し改まった口調で切り出した。
「劇団は解散するけど、芝居はやめない。知り合いの紹介でプロダクションに所属する事になった。」
 雅博の口にしたプロダクションは有名なタレントも何人か抱えているような会社だった。そういう話題に疎い牧子にはピンとこなかったが。
「そう。それが良いのか悪いのか、私にはさっぱりわからないけど、舞台の仕事ばかりじゃなくなるのよね?」
「多分ね。選り好みをしてる場合じゃないし・・・。」
「そう、なんだろうね、きっと。」
 自分の世界に置き換えたら、勤めていた会社が倒産して、せっぱ詰まって派遣会社に移籍して、持ち込まれる話を断れないような状況とでも理解すればいいのだろうか。
「・・・それでさ、牧ちゃん。」
「なに?」
「牧ちゃんとしては、このままの状況でもいいのかな。」
「・・・なにが?」
「だからさ・・・。」
 雅博は言い澱み、ばつが悪そうにビールを飲んだ。
「だからさ、このまま今まで通りに、僕がここにいてもいいのかって事。今、正直僕がどうなるのか、僕自身にもさっぱりわからないから・・・。
 先々、もし、結婚とか、子供とか、色々考えているのなら。僕と付き合っていて、機会を逃すんじゃないかとか、考えているのなら。」
「やめようよ、そんな話。」
 牧子は遮った。そして雅博を見つめた。
「あなたに養ってもらおうなんて考えてもいないから。結婚してほしいとも思ってない。私は雅博が芝居をしているのを見ているのが好きなの。舞台に立っている雅博を見るのが好きなの。一緒にいるのはそれが傍で観られるから。・・・それに、実際のところ結婚するメリットってあまりないと思うのよね。ほら、私、こんな性格だし。」
 雅博は複雑な表情を浮かべた。
「それって、僕に甲斐性が無いって事だよね。まぁ・・・実際に無いから反論も出来ないけど。」
「そうじゃないけど。・・・あなたの才能に投資しているとでも思ってよ。ほら、とりあえず次が決まったんだから、良かったじゃない。」
「・・・なんだかなぁ。」
 弱ったような顔のまま雅博はビールを飲んだ。
 その晩、久しぶりに安心した表情で眠る雅博とは反対に、牧子はなかなか寝付けなかった。夕べは寝ていないのに、少しも眠気を感じない。
 雅博の才能に投資する。あんな傲慢な言葉が自分の口から出たことが信じられなかった。本当に自分はそんな事を思っていたのだろうか。
 結婚について考えた事がないなんて、それは嘘だ。実家の母は牧子が雅博と同棲している事を知っていた。それについてとやかく言われたことはないが、時々電話で話す時、「あんたももういい歳なんだから。」という常套句がつく。暗に「早く身を固めろ」というプレッシャーを感じていた。気がつけば、もうすぐ三十歳だった。昔の友人の半分は結婚していて、子供がいるのも少なくはなかった。
 なんで今さらこの人相手にそんな嘘をいうのか・・・。あんな話を自分から切り出したのだ。考えた末の思い切った決断だったに違いない。それを大人が子供をあしらうような態度を取ってしまって、雅博は傷ついたかもしれない。
 私はバカだ・・・。
 牧子は眠る雅博の額にかかる髪をそっと払うと、唇を寄せた。
「ごめんね。」
 本当は違う。本当は離れたくない。だからあんな強がりを口走った。私があなたの足枷にならないために。足枷を嫌って、あなたが逃げていかないように。強い大人の女のふりをしただけ。多分、そうなのよ。
 牧子は少し泣いた。

(②に続く)

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