【2006年の記事】
本校の伝統として、平成16年度の卒業生が残した「トイレボランティア清掃活動」
この伝統は、多くの生徒達が、学校のトイレをキレイにするための活動、そして町内、管内の学校にトイレ清掃をするという活動までに広がっています。
そうした中で、今日は、生涯をかけてトイレ清掃だけでなく清掃活動にとりくんでいらっしゃった
鍵山秀三郎さんをお迎えしての講演会を、学校保健委員会として行いました。
10月下旬に行われた授業参観では、全校一斉道徳としてこの方の活動をとりあげました。
そして、生徒たちが進んで参加するトイレボランティア活動。
こうした活動に取り組みながらの、講演会となりました。
この清掃活動を学校に取り入れるきっかけをつくってくださったのは、平成16年度の3年生の学年主任だったY子先生です。
たんなる思い付きではなく、当初からの熱い思い入れに、多くの職員と生徒が動かされ、今に至ります。
こうしたいきさつから、学校保健委員会として鍵山さんの講演会を実施することになり、本当に感謝しています。
いつもなら、養護教諭・保健主事として、ひとりでばたばたしているのが、Y子先生や環境委員会のK先生のおかげで、生徒の指導も当日までのスケジュールも本当にスムーズに行うことができました。
進行を担当してくれた生徒達も、ほんとうによくがんばってくれたと感謝しています。
さて。肝心の講演。
生徒達が身を乗り出して、聞いているのが印象的でした。
私も、一人の人間として、清掃という部分だけでなく「生涯をかけて取り組むこと」のすばらしさと力強さに心を打たれました。
・・・・・・・・・・・・・・以下、講演メモ・・・・・・・・・・・
あなたたち中学生は、私にないものを持っている。
それは、たくさんの時間です。私は、あなたたちに比べれば、お金もモノもあるかもしれない。
でも、年をとった私には、残された時間は少ない。
私は、お金もモノもいらないから、時間が欲しいと思っています。
人間というのは、たくさんあるものを無駄にすることがあります。
粗末にすることがあります。お金が少なければ、たった10円の電話もどうしようかと悩むことがあります。
でも、たくさんあれば、無駄に使ったりします。
時間も、同じです。たくさんあるからと、無駄な時間をすごしてしまうことがあります。
たくさんあると思うと、人間は、自分勝手にムダに使ってしまうのです。
私の中学時代は、自分の時間は、学校への往復の10キロという行き帰りの時間しかなかった。
その時間を有効に使った。そうすると、わずか10分だから何もできないという考えがいかに、ムダであるかを感じます。
この学校は、とても清掃が行き届いていて美しい。
朝、ボランティアの生徒さんたちが、落ち葉をはいていると聞きました。
自分の時間を使って、奉仕をしている人たちは、残った時間も有効につかっていけるのです。
素晴らしいですね。
頭のイイ人とは、どんな人のことでしょうか?
それは、勉強ができるということではありません頭がいい人というのは、いつもいいことを考えている人のことです
ルールを守っていること。
ルールを守るということは、心を強くすることです。
守るたびに心は強くなります。ルールを破れば、破るたびに心は弱くなります。
心の弱い人は、我慢ができないのです。
校風というものがあります。一人一人の人のあり方が、校風をつくる影響を持ちます。
そして、校風自体も、一人一人に影響します。
あなたたちが、一年生で入ってきたときより、卒業する時に、今よりよくなっているか?悪くなっているか?それだけ、あなたたたちの責任は大きいのです。
以前、娘が「かたたたきけん 500回 かぎやまゆうこ」というものをつくってくれたことがあります。
人を喜ばすということは、自分も嬉しいことです。
人を喜ばすという行為は、大きな力を持っています。
私の両親は、よく掃除をしていました。
どうしてそんなにと思っていましたが、そのことは、後になってとてもよかったと思いました。
20歳で上京し、知識も何もなかった自分ができることは、掃除をすることでした。
毎朝、徹底的に会社の掃除をしました。はじめは、周りの人も冷ややかでしたが、だんだん理解してくれるようになりました。
私は、世間には、「鬼はいないが、鬼のような人はいる」「仏はいないが、仏のような人はいる」と思っています。私は、仏にはなれませんが、仏のような人になろうと、今でも目指しています。
夢や目標は、みなさんから逃げることはありません。でも、自分から夢や目標から逃げてしまう人はいます。あなたたちが、逃げさえしなければ、夢は逃げることはしません。壁があるなら、ほんの一角でも、破ってみましょう。一角破りです。
(会社の社員の清掃活動をビデオで見せながら)
常にすぐに清掃ができるように、並べてあります。
使った人は,かならず元にもどします。会社で、地域の清掃もしています。
ごみ出し場のごみをすべて中から出して、分別します。
このことで、清掃車のひとにも「助かります」といってもらっています。
使った清掃道具も、汚れたままにはしておきません。
必ず、キレイニしておきます。はじめは、たった一人でやってきたことが、今は、こうやって多くの人が一緒にやってくださるようになり、そして、世界中にも広がってきています。
汚れたからキレイニするのではないのです。
キレイな状態を保つ、もっとキレイにすることが掃除なのです。
心を込めていいことをやり続ければ、きっとたくさんの人の心を動かすことができます。
やろうと思ってもなかなか継続できないこともあります。
それを続けるためには、工夫が必要です。続けるためにどんな工夫が必要かを考えます。
今日出来ない事を、明日まとめてやろうとすると結局出来ないのです。
毎日、少しでも、できるだけ、続ける。続けることは、力です。
やめてしまうと昨日までのことがムダになってしまうのです。
捨てるには惜しい努力をすることは、大きな力となります。
<鍵山先生より詩の紹介>
だまされて うそをつかれて 約束をやぶられても 自分だけは
だまさない うそをつかない 約束を破らない人間になろう
いじめられて つよくなることはあっても
いじけてしまってはいけない
いじめは、卑怯な人間のやること 卑しい人間に負けない
踏まれて倒れても、倒れたままではなく 心はいつも燃えていよう。
あきらめてしまってはダメ。自分で消してしまってはダメ。
良くないことをすると、目がにごる。澄んだ瞳でいよう。にごってしまってはダメ。
<鍵山先生よりビートたけしのことばの紹介>
「困った時に、自分のことのように助けてくれる友達が欲しい」と言った人に
ビートたけしは、
「友達が欲しかったら、人を助けてやれ。見返りを求めずに。」
<講演後の質疑応答>
Q.トイレの水を流すだけできれいになるという便利なものをどう考えますか?
A.便利なものを使えば使うほど、人は怠け者になる。人への配慮もできなくなる。自分の手を使うことを省くほど、人間は不器用になる。手を使うことで、頭の働きをよくする。
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この講演で、多くの生徒が目を輝かせて聞いていたのは、なぜか。
けっして面白い話でもなく、笑があったわけではない。
それは、ただただ、
「生涯をかけて、信念を持って、本当に実践してきた人がここにいる」
という現実ではなかったかと思う。
ギャグもない、笑いもない、高齢ゆえにけっして聞き取りやすい声でもなかった。
それでも、講演を聞くことが決して得意ではない本校の生徒達が、あれほどまでに真剣に聞いたのは、
やはり、その人の生きる新年のようなものを見たからではなかったかと思う。
最後に、生徒代表でお礼のことばを述べた生徒は、「本当に感激しました。」と、語った。
この生徒には、「講演を聞いて自分のことばで、話しなさい」(最初から用意されたカタチだけのものほど失礼なものはないと思っていたの)「自分が自分の想い伝えるのだよ」とだけ伝えてあった。
たったひとことでしが、あの生徒のことばは心から出たものであったと思います。
そのことばに、鍵山さん自身も感動してくださったと、後から耳にした。
どんな饒舌なことばより、美辞麗句より、心から出たことばは、人の心を打つ。
素晴らしい人のお話をきくことができたことに、深く深く感謝をしたい。
<生徒の感想は、後日UPします>