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アップル「解けた魔法」、中国で長時間労働 サプライチェーンの舞台裏

2012年04月12日 07時17分05秒 | 経済
 鮮やかなマジックの舞台裏が見えてきた。米アップルの圧倒的なコスト競争力を支えるサプライチェーン(供給網)。その弱点が露呈したのだ。発端は中国の巨大工場である。



アップル製品を生産するフォックスコンの工場(中国・広東省、2010年5月ごろ)=ロイター

■「委託工場で50件以上の深刻な違反」と報告書

 「少なくとも50件以上の深刻な基準違反または法令違反を発見した」。

 3月末、衝撃的な報告書が公表された。アップルがスマートフォン(高機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」などの生産を委託している台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業の中国子会社、富士康科技集団(フォックスコン)の工場を査察した米公正労働協会(Fair Labor Association=FLA)のリポートだ。

 鴻海グループは先ごろ、シャープの筆頭株主になることが決まった世界最大のEMS(電子機器の受託生産会社)である。

 FLAが調べたフォックスコンの3工場(労働者数計17万8000人)では、労働時間が週60時間(週休2日なら1日12時間)を超過し、1週間ぶっ通しで働く従業員もいた。残業代の未払いもあった。



米アップルのティム・クックCEO(中央)はフォックスコンの工場を訪問、労働条件を改善することで合意した=AP

 労働組合は経営陣に支配されており「従業員は健康と安全の両面で深刻なリスクに直面している」とリポートは警告した。

■クックCEOが訪中、労働条件改善で合意

 アップルの最高経営責任者(CEO)ティム・クックは、この発表と相前後して中国を訪れ、フォックスコンと労働条件の改善に取り組むことで合意した。

 トップが中国に出向かなければならなかったのは、それだけ問題の根が深いからにほかならない。

 2001年に世間をあっといわせた携帯音楽プレーヤーの「iPod(アイポッド)」に始まり、iPhone、iPadと続いたアップルの「iの奇跡」。それを陰で支えた企業がフォックスコンだ。
 工場を持たないアップルの製品の大半はフォックスコンの工場で作られている。「iの奇跡」でアップルが急成長するのに合わせ、「アップルの影」であるフォックスコンも巨大化していった。

■アップルと共に巨大化してきた鴻海グループ

 アップルの11年の売上高は1278億ドル(約10兆5000億円)だが、フォックスコンの親会社、鴻海グループの11年12月期の売上高は9兆7000億円。2つ合わせた「20兆円企業」が、アップルの真の姿とも言える。



アップル製品を作る工場での労働環境改善を求めてデモ行進する労働者たち(香港、2011年7月)=ロイター

 「影」の部分に問題があることはかねて指摘されていた。2006年には、フォックスコンの従業員の4割弱が週60時間超の長時間労働をしていることが指摘されている。10年にはフォックスコンで従業員の自殺が相次ぎ、世間の耳目を集めた。

 中国での人件費上昇が響き、このところフォックスコンの親会社、鴻海は増収減益傾向にある。クックが「労働条件の改善」を約束したことで、フォックスコンの収益力はさらに低下するだろう。「影」の力が落ちれば、アップルの利益率にも影響が出るはずだ。

 だが、真の懸念は人件費の高騰ではない。アップルにとって最大のリスクは、クックが築いた芸術的なサプライチェーンが機能不全に陥ることだ。

■サプライチェーンが競争力の源泉

 「もう3日も寝てない」。いまから十数年前、アップルの日本法人、アップルコンピュータ(現アップルジャパン)の社長だった原田泳幸(現日本マクドナルド会長兼社長)が、赤い目をこすりながら現れた。聞けば、クパチーノ(アップルの本社所在地)から無理難題を押しつけられているという。

 「あいつら、コンデンサーの洋上在庫までリアルタイムで教えろっていうんだ。日本の部品が中国の工場で組み立てられ、アメリカの倉庫に製品が収まるまで、全部、把握しないと気が済まない。クレージーだよ」。

 洋上在庫とは船に積まれて運ばれている最中の部品の数である。トヨタ自動車のカンバン方式を地球規模で実行する。そんなむちゃな指示を海の向こうから原田に出していたのが、1998年にコンパック(現ヒューレット・パッカード)からアップルに移籍したクックである。

 キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)という財務指標がある。在庫と売掛金、買掛金を比べ、製品の製造から現金回収までにかかる日数をはじき出す。この日数が少ないほど、企業が現金を生み出す力が強いとされる。

 現在、日本の電機大手のCCCは40日程度だが、クックが来る前のアップルは70日を超えていた。
 だが原田が「クレージー」と呼んだサプライチェーン改革をクックが続けた結果、今やアップルのCCCはマイナス20日。つまり製品を作る20日前に現金回収を終えている計算だ。



新型iPadは発売から3日間で300万台を出荷した。中国の工場が供給力を支える(カナダ・トロント、3月16日)=ロイター

 かつてのアップルは、ヒットが出れば欠品で世界中の消費者をイライラさせ、はずせば在庫の山を築いていた。無駄の塊だった同社に、クックは超高効率のサプライチェーンを埋め込んだ。その仕掛けの真ん中に位置するのがフォックスコンである。

 アップルが新製品を出すと、世界で同時に信じられないような数が売れる。だが需要のピークが何年も続くわけではなく、ピークに合わせて設備や人員を抱え込んだのでは利益が出ない。

 アップルのビジネスモデルを維持するには、瞬時に最大化でき、次の瞬間には最小化できる、魔法のような生産体制が必要だ。

■中国100万人の労働者が伸縮自在の生産力を支える

 魔法の種は中国にあった。フォックスコンは全土から100万人を超える労働力をかき集め、休日返上、残業に次ぐ残業でアップルの膨大な発注をさばいた。需要がピークを過ぎれば「平時」にペースダウンするだけだ。



フォックスコンの工場には入社志望者が行列を作る(中国・広東省、2012年3月)

 しかし魔法の舞台裏には、FLAのリポートが指摘したような違法状態があった。クックが約束した「労働条件の改善」はアップルから「伸縮自在のサプライチェーン」を奪う恐れがある。

 アップルの米国内の従業員は4万7000人。売上高でアップルとほぼ拮抗する日立製作所(11年度、約9兆3000億円)の連結従業員は約36万人だ。従業員1人当たりの売上高は日立の8倍近くである。

 だが仮に、フォックスコン従業員の待遇が先進国並みに改善されれば、アップルは実質的に105万人の雇用を抱え込むことになる。そこまではいかないにしても、従来のような「いいとこ取り」は難しくなった。種明かしされた魔法は輝きを失う。スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルが抱える最大の不安要素かもしれない。

=敬称略

(編集委員 大西康之)

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