Ⅱ
ティヴァーテ剣王国は、
他国に比べ南方に位置する為、
春が過ぎれば、一気に澄み切った青空が広がり、
その日差しも長く、白くて眩しい。
地平には夏雲の姿も見え、
そのスカイブルーと雲の綿菓子のコントラストが、
鮮やかである。
土地も肥沃であり、
その気候は温暖である。
時は、大陸歴4096年の初夏。
王城『ドーラベルン』を中心に栄える、
百万都市、
剣王国・王都『モーリアン』。
(王城を含め、単にドーラベルンと呼ばれる事も多い。)
その周囲には、
華やかなる王都を、涼しく取り囲むように、
豊かな森と水源が存在しており、
まさに、水の都と呼ぶに相応しい様相である。
王都には荷車も行き交うが、
都中に整備された水路により、
船による交易も盛んだ。
水路は、運河によって
海にも開けているので、
洋上には大型船の姿も、
チラホラと見ることができる。
王城防衛の為、
都の中心へと向かうように水路は細くなり、
大型船が停泊出来る港へは、
幾つもの水門を超えていく必要がある。
夏の期間は長いが、
水気を十分に含んだ南風と、
木々の恵みのおかげで、
極端に暑くなるような日は少なく、
その暮らしは快適である。
剣王国は、広大な領土と資源を保有する為、
その国力は他の国を圧倒している。
故に人口も多く、民の生活も豊かだが、
それだけに『大国意識』も根深い。
剣王国民に圧倒的に支持を受けている
『ウィルハルト王子』を、
幾ら相手が皇帝とはいえ、
何故差し出さねばならないのか!
という声が、
この王都の中では、
いや剣王国中に渦巻いていた。
戦争回避の為のバルマード王の英断に、
彼らは、一応の納得はしていたが、
王子を取られる事が、
ひいては剣王国の未来を奪われるような思いがした。
その時期が近づくにつれ、
国民の不満の声は募り、
ついには一戦交えて、
我が剣王国の強大さを見せ付け、
「皇帝にすら侭ならぬ事があるのだと
思い知らせてやればよい。」
などといった、
強行的な意見を口にする者たちも、
現れるようになる。
バルマード王は、
そんな彼らを納得させるのに
余計な労力を費やされていた。
「皆の言うことの分からぬではないが、
一番辛いのは、
最愛の我が子を差し出さなければならない、
私なのだよ。」、と。
それは、強力な軍団を幾つも所有する、
剣王国ならばこその悩みといえた。
ティヴァーテ剣王国は強い。
大陸最強の名は、
まさにこの国の為にあるといっていい。
第一線級の精鋭戦士の数が千人を超え、
十万もの兵を
幾年にも渡って、運用出来るだけの国力がある。
バルマードとしても、
皆の言葉が愛国心から来るものだけに、
なるだけ慎重に言葉を選び、
また他国を刺激しないようにも努めた。
そして、微妙に疲れた顔をしたバルマードが、
癒しを求めて訪れたのは、
最愛の我が子の待つ、
家庭菜園(強引に城の一角に造園した)だった。
「あ、パパッ!!」
照りつける白い日差しが、
菜園の果実をみずみずしい緑や赤に照らす中、
あきれるほどに美しい王子様、
ウィルハルトは、菜園の中、
父王である、バルマードのその姿を見つける。
麦わら帽子に、
白のドレス姿のウィルハルト。
肩から背へと流れる、
そのしなやかで美しい長い髪を、
陽射しの下、赤や、ピンクへと艶めかせ、
ドレス仕立ての作業着の裾を揺らしながら、
冷えた麦茶の入ったボトルを手に、
ヒゲパパの元へと駆け寄っていった。
ヒゲパパの趣味で着せられているワンピースは、
確かにとてもよく似合っているが、
そのヒゲパパの意図には、
当の本人はまったく気付いてはいない。
ウィルハルトは、疑うことを知らず、
あまり社会常識がある方ではない
『箱入り息子』な為、
農業の格好など知らないし、
農作業用の袴である『もんぺ』の存在すら知らない。
知っていれば、
好んで、もんぺとゴムの長靴を履いて、
土と戯れたウィルハルトであったろうが、
バルマードの趣味に、
知らず知らずの内に押し切られている。
麦茶がステンレスボトルなのも、
ヒゲパパのせいだ。
これで奥義『回し飲み』という名の、
間接キスが出来るのだ!!
何処からどう見ても、
完成された美少女である
その可憐な立ち姿に、
エストなどは、
バルマードに「グッジョブ!!」
と親指を立てただろう。
彼女、もとい彼、ウィルハルトならば、
シックなもんぺ姿だろうが、
何だろうが、きっと似合ってしまうに違いなかった。
健気な姿で、ウィルハルトは、
ボトルのフタの部分に麦茶を注ぐと、
切り株の上に腰を下ろす、
灰色の髪のヒゲパパにそれを手渡した。
バルマードは頑健な大男である為、
座ったその姿でも、
視線の高さがウィルハルトと、
あまり変わらないようにも感じられる。
実際は、切り株の高さを微妙に調整して、
ベストショットが拝めるようにと、
このバカ親が仕組んでいたのだが。
「ありがとう、ウィルハルト。
そういえば、エストちゃんはいないのかい?」
バルマードはそう言いながら、
遠い目をして、そのほどよく冷えた麦茶を、
ゴクリと飲み干す。
お昼過ぎの直射日光は、
そのヒゲパパの至福の表情を眩しく照らし出した。
バルマードは、プハーッ!と一息ついて、
可憐な我が子を見てこう思う。
(別に、あの娘さんがいなくてもいいや。
むしろ、たまには居ない方がいいや。)、と。
そんなヒゲパパのバルマードに、
ウィルハルトは、にっこりとこう言った。
「エストは、ヤマモトのオジサマと
ちょっと買出しに出かけたよ。
いつ、戻るのかはわからないけど、
ちゃんとパパの分も
おやつ買ってきてねって言ってあるから。」
その天使のような微笑みに、
バルマードは心癒されるが、
今日は、アホ娘の他に、
あのグラサン師匠もこの菜園に来ているのかと思うと、
内心、ちょっとガッカリした。
・・・勿論、口には出せないが。
ウィルハルトが、
その空になったコップ代わりのフタを受け取ろうとすると、
その麦わら帽子がバルマードの髪の辺りに、
コツン!
と当たって小さな日陰を作る。
「あ、ごめんなさいっ!?」
と、そう頬を赤らめて謝るその姿は、
まるで遠い日の初恋のあの娘(妄想)のようだ。
間近にすると、これはもうどう見ても、
まさに、天上から舞い降りた天使のようにしか見えない。
咲き誇る薔薇よりも艶やかな赤をした、
そのシルクのように光流れる髪に、
きめ細かな白い肌の上には、
桜色に潤った唇と、わずかに朱に染まる頬。
上目遣いで彼を見つめるその黒の瞳は、
吸い込まれるほど魅惑的で、
同じ黒とはいえ、バルマードの瞳とは、
その階調が違うのがハッキリとわかる。
バルマードは、フッと想う。
この最愛なる我が子と、
しばらく離れ離れにはなるが、
こうしてその別れを惜しむ時間を、
十分に与えてくれた女教皇には感謝している。
ノウエル帝ならば、一昨年の会議の後、
即座に使節を送ってきただろうし、
まず、一年近くも大事な決め事を、
放置しておくハズもない。
そしてバルマードは、
灰色の髪の頭を掻きながら、
同時にこうも思った。
(若い頃には、
私も随分と可愛がられた(からかわれた)ものだが、
あのいやらしい性格をした
アセリエスのお姉さんは、
きっと、私の国の民たちにも考える時間を与え、
皇帝陛下と、剣王国との仲が、
こうやって時と共に、ギクシャクするのも、
織り込み済みで、
こうも焦らしてくるのだろうねぇ。)、と。
そんなことを考えて、
少し苦笑うバルマードを見て、
ウィルハルトは、
吐息のかかるそんな距離で、
心配そうな顔をして言った。
「難しい顔をして、どうかしたの?」
可愛い我が子のその問いかけに、
バルマードは、理性など投げ捨てて、
はぐはぐしてあげたいなどとも思ったが、
それだけ別れが辛くなると思い留まり、
フハハハッっと笑って、
麦わら帽子の上から、
ウィルハルトの頭を撫でた。
「なーに、これから植える果物や野菜を、
一緒に食べれんのが残念だと思ってなぁ。」
バルマードがスッと立ち上がって、
切り株の横にある鍬を手に取る。
すると、その影にウィルハルトが
すっぽりと隠れてしまう程、
二人の体格が違うのがわかる。
バルマードは言った。
「さて、まだ時間はあることだし、
一緒に土いじりでもしようか。
ところで、今日のオススメは何かな?」
バルマードのその問いに答えるように、
ウィルハルトは、
菜園の隅の方にみずみずしく育った
キュウリを指差し、こう言った。
「スイカはまだ早いし、キュウリの方がいいかな。
形は不ぞろいだけど、
いま食べたらきっと美味しいよ。
もろみ味噌も、ちゃんとあるよ。」
「では、皆の分も合わせて取るとしようか。
家臣たちにも、
お前の作る果物や野菜は評判がいい。
というより、
ひとり占めは妬まれるだろうし、なぁ。
私は、キュウリの浅漬けも大好きだぞ。」
ウィルハルトは、
手さげサイズの竹製のかごを
奥の方から持ってくると、
バルマードにこう言った。
「そうだね、
みんなの分もかごに取っておいて、
ボクたちはここで頂こうよ。
やっぱり、野菜も果実も、
もぎ立ては格別だからね。
あと、浅漬けも作るから、
いっぱい食べてね。」
こうして、
二人が畑仕事に取り掛かろうとすると、
案の定、お邪魔虫の二人が
買い物袋をぶら下げて帰って来た。
バルマードは、
我が子を執拗に付け狙うグラサンの師匠と、
その腹黒さを、
笑顔の下に隠し持った小娘に向かって、
(我が子の旅立ちの日も
間近に迫ってるんだから、
親子水入らずなこの雰囲気を、
もっと楽しませてネ。)
と、言ってやりたくなった。
が、その最愛の我が子は、
屈託の無い笑みを浮かべて、
元気良く二人に向かって手を振る。
バルマードとしては、
やはり愛しき我が子の笑顔がなの一番だから、
こういうベタな展開も仕方ないといった感じで、
二人に向かって、
ニヤッと愛想笑ってやった。
もちろん、その二人からも、
バルマードに対し、
ニヤーッとした笑みが返ってくる。
抜け駆けなんか許さない、
遅れるヤツは置いて行け! の精神で。
そんな平和な日々が、
今日も当たり前のように流れている、
ティヴァーテ剣王国、
王城、ドーラベルンであった。
ティヴァーテ剣王国は、
他国に比べ南方に位置する為、
春が過ぎれば、一気に澄み切った青空が広がり、
その日差しも長く、白くて眩しい。
地平には夏雲の姿も見え、
そのスカイブルーと雲の綿菓子のコントラストが、
鮮やかである。
土地も肥沃であり、
その気候は温暖である。
時は、大陸歴4096年の初夏。
王城『ドーラベルン』を中心に栄える、
百万都市、
剣王国・王都『モーリアン』。
(王城を含め、単にドーラベルンと呼ばれる事も多い。)
その周囲には、
華やかなる王都を、涼しく取り囲むように、
豊かな森と水源が存在しており、
まさに、水の都と呼ぶに相応しい様相である。
王都には荷車も行き交うが、
都中に整備された水路により、
船による交易も盛んだ。
水路は、運河によって
海にも開けているので、
洋上には大型船の姿も、
チラホラと見ることができる。
王城防衛の為、
都の中心へと向かうように水路は細くなり、
大型船が停泊出来る港へは、
幾つもの水門を超えていく必要がある。
夏の期間は長いが、
水気を十分に含んだ南風と、
木々の恵みのおかげで、
極端に暑くなるような日は少なく、
その暮らしは快適である。
剣王国は、広大な領土と資源を保有する為、
その国力は他の国を圧倒している。
故に人口も多く、民の生活も豊かだが、
それだけに『大国意識』も根深い。
剣王国民に圧倒的に支持を受けている
『ウィルハルト王子』を、
幾ら相手が皇帝とはいえ、
何故差し出さねばならないのか!
という声が、
この王都の中では、
いや剣王国中に渦巻いていた。
戦争回避の為のバルマード王の英断に、
彼らは、一応の納得はしていたが、
王子を取られる事が、
ひいては剣王国の未来を奪われるような思いがした。
その時期が近づくにつれ、
国民の不満の声は募り、
ついには一戦交えて、
我が剣王国の強大さを見せ付け、
「皇帝にすら侭ならぬ事があるのだと
思い知らせてやればよい。」
などといった、
強行的な意見を口にする者たちも、
現れるようになる。
バルマード王は、
そんな彼らを納得させるのに
余計な労力を費やされていた。
「皆の言うことの分からぬではないが、
一番辛いのは、
最愛の我が子を差し出さなければならない、
私なのだよ。」、と。
それは、強力な軍団を幾つも所有する、
剣王国ならばこその悩みといえた。
ティヴァーテ剣王国は強い。
大陸最強の名は、
まさにこの国の為にあるといっていい。
第一線級の精鋭戦士の数が千人を超え、
十万もの兵を
幾年にも渡って、運用出来るだけの国力がある。
バルマードとしても、
皆の言葉が愛国心から来るものだけに、
なるだけ慎重に言葉を選び、
また他国を刺激しないようにも努めた。
そして、微妙に疲れた顔をしたバルマードが、
癒しを求めて訪れたのは、
最愛の我が子の待つ、
家庭菜園(強引に城の一角に造園した)だった。
「あ、パパッ!!」
照りつける白い日差しが、
菜園の果実をみずみずしい緑や赤に照らす中、
あきれるほどに美しい王子様、
ウィルハルトは、菜園の中、
父王である、バルマードのその姿を見つける。
麦わら帽子に、
白のドレス姿のウィルハルト。
肩から背へと流れる、
そのしなやかで美しい長い髪を、
陽射しの下、赤や、ピンクへと艶めかせ、
ドレス仕立ての作業着の裾を揺らしながら、
冷えた麦茶の入ったボトルを手に、
ヒゲパパの元へと駆け寄っていった。
ヒゲパパの趣味で着せられているワンピースは、
確かにとてもよく似合っているが、
そのヒゲパパの意図には、
当の本人はまったく気付いてはいない。
ウィルハルトは、疑うことを知らず、
あまり社会常識がある方ではない
『箱入り息子』な為、
農業の格好など知らないし、
農作業用の袴である『もんぺ』の存在すら知らない。
知っていれば、
好んで、もんぺとゴムの長靴を履いて、
土と戯れたウィルハルトであったろうが、
バルマードの趣味に、
知らず知らずの内に押し切られている。
麦茶がステンレスボトルなのも、
ヒゲパパのせいだ。
これで奥義『回し飲み』という名の、
間接キスが出来るのだ!!
何処からどう見ても、
完成された美少女である
その可憐な立ち姿に、
エストなどは、
バルマードに「グッジョブ!!」
と親指を立てただろう。
彼女、もとい彼、ウィルハルトならば、
シックなもんぺ姿だろうが、
何だろうが、きっと似合ってしまうに違いなかった。
健気な姿で、ウィルハルトは、
ボトルのフタの部分に麦茶を注ぐと、
切り株の上に腰を下ろす、
灰色の髪のヒゲパパにそれを手渡した。
バルマードは頑健な大男である為、
座ったその姿でも、
視線の高さがウィルハルトと、
あまり変わらないようにも感じられる。
実際は、切り株の高さを微妙に調整して、
ベストショットが拝めるようにと、
このバカ親が仕組んでいたのだが。
「ありがとう、ウィルハルト。
そういえば、エストちゃんはいないのかい?」
バルマードはそう言いながら、
遠い目をして、そのほどよく冷えた麦茶を、
ゴクリと飲み干す。
お昼過ぎの直射日光は、
そのヒゲパパの至福の表情を眩しく照らし出した。
バルマードは、プハーッ!と一息ついて、
可憐な我が子を見てこう思う。
(別に、あの娘さんがいなくてもいいや。
むしろ、たまには居ない方がいいや。)、と。
そんなヒゲパパのバルマードに、
ウィルハルトは、にっこりとこう言った。
「エストは、ヤマモトのオジサマと
ちょっと買出しに出かけたよ。
いつ、戻るのかはわからないけど、
ちゃんとパパの分も
おやつ買ってきてねって言ってあるから。」
その天使のような微笑みに、
バルマードは心癒されるが、
今日は、アホ娘の他に、
あのグラサン師匠もこの菜園に来ているのかと思うと、
内心、ちょっとガッカリした。
・・・勿論、口には出せないが。
ウィルハルトが、
その空になったコップ代わりのフタを受け取ろうとすると、
その麦わら帽子がバルマードの髪の辺りに、
コツン!
と当たって小さな日陰を作る。
「あ、ごめんなさいっ!?」
と、そう頬を赤らめて謝るその姿は、
まるで遠い日の初恋のあの娘(妄想)のようだ。
間近にすると、これはもうどう見ても、
まさに、天上から舞い降りた天使のようにしか見えない。
咲き誇る薔薇よりも艶やかな赤をした、
そのシルクのように光流れる髪に、
きめ細かな白い肌の上には、
桜色に潤った唇と、わずかに朱に染まる頬。
上目遣いで彼を見つめるその黒の瞳は、
吸い込まれるほど魅惑的で、
同じ黒とはいえ、バルマードの瞳とは、
その階調が違うのがハッキリとわかる。
バルマードは、フッと想う。
この最愛なる我が子と、
しばらく離れ離れにはなるが、
こうしてその別れを惜しむ時間を、
十分に与えてくれた女教皇には感謝している。
ノウエル帝ならば、一昨年の会議の後、
即座に使節を送ってきただろうし、
まず、一年近くも大事な決め事を、
放置しておくハズもない。
そしてバルマードは、
灰色の髪の頭を掻きながら、
同時にこうも思った。
(若い頃には、
私も随分と可愛がられた(からかわれた)ものだが、
あのいやらしい性格をした
アセリエスのお姉さんは、
きっと、私の国の民たちにも考える時間を与え、
皇帝陛下と、剣王国との仲が、
こうやって時と共に、ギクシャクするのも、
織り込み済みで、
こうも焦らしてくるのだろうねぇ。)、と。
そんなことを考えて、
少し苦笑うバルマードを見て、
ウィルハルトは、
吐息のかかるそんな距離で、
心配そうな顔をして言った。
「難しい顔をして、どうかしたの?」
可愛い我が子のその問いかけに、
バルマードは、理性など投げ捨てて、
はぐはぐしてあげたいなどとも思ったが、
それだけ別れが辛くなると思い留まり、
フハハハッっと笑って、
麦わら帽子の上から、
ウィルハルトの頭を撫でた。
「なーに、これから植える果物や野菜を、
一緒に食べれんのが残念だと思ってなぁ。」
バルマードがスッと立ち上がって、
切り株の横にある鍬を手に取る。
すると、その影にウィルハルトが
すっぽりと隠れてしまう程、
二人の体格が違うのがわかる。
バルマードは言った。
「さて、まだ時間はあることだし、
一緒に土いじりでもしようか。
ところで、今日のオススメは何かな?」
バルマードのその問いに答えるように、
ウィルハルトは、
菜園の隅の方にみずみずしく育った
キュウリを指差し、こう言った。
「スイカはまだ早いし、キュウリの方がいいかな。
形は不ぞろいだけど、
いま食べたらきっと美味しいよ。
もろみ味噌も、ちゃんとあるよ。」
「では、皆の分も合わせて取るとしようか。
家臣たちにも、
お前の作る果物や野菜は評判がいい。
というより、
ひとり占めは妬まれるだろうし、なぁ。
私は、キュウリの浅漬けも大好きだぞ。」
ウィルハルトは、
手さげサイズの竹製のかごを
奥の方から持ってくると、
バルマードにこう言った。
「そうだね、
みんなの分もかごに取っておいて、
ボクたちはここで頂こうよ。
やっぱり、野菜も果実も、
もぎ立ては格別だからね。
あと、浅漬けも作るから、
いっぱい食べてね。」
こうして、
二人が畑仕事に取り掛かろうとすると、
案の定、お邪魔虫の二人が
買い物袋をぶら下げて帰って来た。
バルマードは、
我が子を執拗に付け狙うグラサンの師匠と、
その腹黒さを、
笑顔の下に隠し持った小娘に向かって、
(我が子の旅立ちの日も
間近に迫ってるんだから、
親子水入らずなこの雰囲気を、
もっと楽しませてネ。)
と、言ってやりたくなった。
が、その最愛の我が子は、
屈託の無い笑みを浮かべて、
元気良く二人に向かって手を振る。
バルマードとしては、
やはり愛しき我が子の笑顔がなの一番だから、
こういうベタな展開も仕方ないといった感じで、
二人に向かって、
ニヤッと愛想笑ってやった。
もちろん、その二人からも、
バルマードに対し、
ニヤーッとした笑みが返ってくる。
抜け駆けなんか許さない、
遅れるヤツは置いて行け! の精神で。
そんな平和な日々が、
今日も当たり前のように流れている、
ティヴァーテ剣王国、
王城、ドーラベルンであった。
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