1536;心音(こころね)
他愛もないことを書く
夢のなかで「心音」という名の少女に出会った。
心音は、魂だけが生きていて
夢のなかで「心音」は「こころね」は
「しんおん」と読み替えることもできる、と。
100mを全力疾走すると心臓の鼓動は波打つように速い
生きているか死んでいるかわからず微かに振れる心臓の音
”こころ”は心臓に在ると思われているが、本当は脳に在る
心に眼、つまり「心眼」という言葉があり
眼に見えない真実を見抜く力ことを意味する。
「真贋」は「しんがん」と読み同じ言葉の響きであり
本物か偽物かを見極めること。
自分は本当に生きているのか
呼吸(いき)をしているだけなのか
夢のなかで、心音は自分に問いかけてきた。
生きているから「心」は感じる。
「熱くなったり」「優しくなったり」「悩んだり」する”こころ”は
頭にある、と心音は話しかけてきた。
心音は心根でもあり
心根が腐ったり枯れたりすると「生きる屍」の如く「死んだ」人となってしまう。
生きているか死んでいるかは、「心」で決まるのかもしれない
他愛もないことを書く
夢のなかで「心音」という名の少女に出会った。
心音は、魂だけが生きていて
夢のなかで「心音」は「こころね」は
「しんおん」と読み替えることもできる、と。
100mを全力疾走すると心臓の鼓動は波打つように速い
生きているか死んでいるかわからず微かに振れる心臓の音
”こころ”は心臓に在ると思われているが、本当は脳に在る
心に眼、つまり「心眼」という言葉があり
眼に見えない真実を見抜く力ことを意味する。
「真贋」は「しんがん」と読み同じ言葉の響きであり
本物か偽物かを見極めること。
自分は本当に生きているのか
呼吸(いき)をしているだけなのか
夢のなかで、心音は自分に問いかけてきた。
生きているから「心」は感じる。
「熱くなったり」「優しくなったり」「悩んだり」する”こころ”は
頭にある、と心音は話しかけてきた。
心音は心根でもあり
心根が腐ったり枯れたりすると「生きる屍」の如く「死んだ」人となってしまう。
生きているか死んでいるかは、「心」で決まるのかもしれない
銚子岬の近くから見た 朝焼けの海です。
自分は山で育ち、海の風景は見たことがありませんでした。
海は憧れますね。
心の襞 という言葉もあり
心をどう深め、どう表現していくか 難しいですね。
心は恋をしたりしてトキメキもあれば
悲恋の味わいもあります。
いちばんわからない心の持ち主は
自分かもしれないですね。
「心は厄介な代物であり魅惑的」の言葉に共感します。
海を見ることがないだけに、なおさら気持ちが、こころが?広がります。
拝読しながら難しいなあとついつい頭をひねって…(笑)
「心こそ 心惑わす心なれ 心にこころ こころ許すな」
心は厄介な代物であり魅惑的。
その心をどう深めて、味わい、どう表現していくかは人生の醍醐味だと玄侑さん。
…やっぱり厄介な、難しい心でした。