老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

960 襤褸雑巾

2019-02-18 04:40:40 | 空蝉
襤褸雑巾 

いまや100円ショップの商品のなかに
雑巾が売られている
始業式や終業式になると
母親たちが雑巾を買い求めて来る
雑巾の縫い目は頼りなく
一度掃除に使われると用済みとなり
襤褸雑巾の如く塵バケツのなかに捨てられ使命を終える

昔母が夜なべをして縫ってくれた雑巾は
布は重ね合わせ厚く糸もしっかり縫われ
簡単に綻びるようなことなく丈夫であった
雑巾は
汚れたところをきれいにしてくれる魔法の布
白色だった雑巾は
何度も拭かれ洗い流されるたび
くすんだ色となり縫い目は綻び破れ草臥れていく
最後はボロボロとなり惨めな姿にはなるけれど
襤褸雑巾は「これでいいのだ」と納得し
笑顔で役目を終える

お前は「人間失格」だ、と罵倒され唾を吐かれた
人生に躓き
惨めな姿は屈曲した影となり
生き恥を晒してきた
それでも
生命ある限り
空蝉のように
残された短い時間を
生きていく

※今年の1月早々に
 コメントを頂き 返信が「今頃になり」すいませんでした
 いつもありがとうございます
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2 コメント

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おはようございます。 (takezii)
2019-02-18 09:52:05
そして お久し振りです。
「襤褸雑巾」・・すっかり脳裏から消えてしまっていた言葉、懐かしい響きです。
ほんの数十年前の日本の庶民の暮らし、掃除機も無い時代、バケツと雑巾はセット、毎日無くてはならない道具でしたね。
洗っては乾し、ボロボロになるまで大事に使っていたものですが 今では 100円ショップ、使い捨てですか?
わが家では 使い古したタオルを再利用、それこそボロボロになり黒ずむまで使っていますが。
学校でも家でも 雑巾掛けさせられたこと 思い出しています。
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こんばんは (星光輝)
2019-02-18 21:39:06
本当にお久し振りです
「雑巾」と「バケツ」
冬の北海道の中学校では
私が通っていた母校だけかもしれませんが
教室のなかに雪を沢山投げ込み
教室のなかで滑ったりした遊びながら
教室の床を磨きました
勿論上履きではなく長靴です
最後は雑巾できれいに拭き
床磨きは終わり

過疎から中学生が激減し
母校は廃校となり
瞼のなかの思い出となりました
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