知恩院のすぐ近く、歩いて3分。
ウルトラマンだって変身したまんまで
知恩院から青蓮院まで来れちゃうくらいの近い距離。
ただし、着いたとたんに、シュワッチって言って
宇宙へ飛んで帰らなきゃならないけど。(変身してから4分目に突入だからね。)
目につくのは、太い太い楠。
神々しい。
ほら。通り沿いのどでかい楠が青蓮院の入口の目印。
「青蓮院門跡」と書かれた薬医門をくぐって境内に入ります。
絶対、この楠には神さまがいるって。
それくらい、立派な木なんです。
青蓮院で有名なのは、「青不動」。
日本三不動画…青蓮院の青不動・高野山の赤不動・三井寺の黄不動
(曼殊院には国宝「模写黄不動」)
でも、青不動は、ここから遥か彼方(大げさ)の
山の上の青龍殿にお移りになったとかで
青蓮院には引っ越した後のお堂があるばかり。
残念。
1000年ぶりの御開帳が5年前、その後の5年後に再び御開帳。
しかし、その両方の御開帳とも、なんとなく行く気になれず見送った俺。
次の御開帳は未定とのこと。
惜しいことをしました。
でも、仏像やら、お部屋やら、お庭やらで、見ごたえあります。
仏像とお部屋は写真が禁止なんで、写真は庭の写真のみ。
一文字手水鉢。
豊臣秀吉が奉納したと伝えられています。
梅なんだろうか。
桜なんだろうか。
わかりませんが、歩き疲れて、疲れもピーク。
庭って、やっぱり、よくわからん。
美しいとは思うんですけど。。
けど、癒されますねぇ…。
好文亭は、後桜町上皇が御学問所としてお使いになった由緒正しき建築物。
明日の3/21から5/5まで、特別公開だったらしいです。
長屋門。
明正天皇の御代に、中和門御殿の門をここに移してきたそうです。
【明正天皇】(ウィキペディアから抜粋)
寛永6年(1629年)の紫衣事件や将軍・徳川家光の乳母春日局が無官のまま参内した事件に関して、江戸幕府への憤りを覚えた父・後水尾天皇から突然の内親王宣下と譲位を受け、興子内親王として7歳で践祚した。これにより称徳天皇以来859年ぶりに女帝(女性天皇)が誕生した。治世中は後水尾上皇による院政が敷かれ、明正天皇が朝廷における実権を持つことは何一つなかった。寛永20年(1643年)21歳で異母弟・紹仁親王(後光明天皇)に譲位して太上天皇となった。のちに出家して、太上法皇となる。元禄9年(1696年)に崩御した。享年74。
さあ、陽も影ってきました。
宿に向かおう。
次回は、青不動のお建前を拝見に、青蓮院の飛び地へ行ってみたいと思います。
そこには、総ガラス張りの茶室とかがあるらしいです。