つくばの“ド素人”音楽同好会

クラシック音楽から,邦楽,洋楽とジャンルにとらわれず幅広く語り明かす,音楽の素人さんのための憩いの場です。

今日も明日も歌舞伎町。

2008年06月29日 02時44分41秒 | 速報(携帯発)
今週はいろいろ行事が目白押しで、新宿に2回足を運びました。
さすがに、週2で東京は疲れ果てているところです。
終電逃して、夜明けまで歌舞伎町を歩き回っていたりしてグッタリ(笑)

とにかく、最近は怖い事件が多いので、出掛ける際には周りに気を付けているつもりではあります。が、しかし…。

駅のホームや信号待ちの街中の雑踏等々、「ここで何か起こったら逃げられない」と思う瞬間ばかりなのです。
つくばなら、人と人の間に空間を作れるのですが、歌舞伎町ではほぼ不可能。確かに、私の体型にも起因するのでしょうが(笑)、万一の事態に防ぎようがないのです。

そうすると、被害者になるのと、何事もなく家に帰り着くことのボーダーはどこにあるのかと考えずにはおれません。

もしかすると、ボーダーなんてものはなくて、単に「その場にいなかったから」だけかもしれません。
そう考えると、なんて不安定な世の中で私たちは生きているんだろ、と感じてしまいます…( -。-) =3

エッテンガー讃歌

2008年06月16日 01時58分13秒 | 速報(携帯発)
日曜日、久しぶりに東京フィルハーモニーの演奏会に足を運びました。
6月ですが、これがオーチャード定期の一回目でした。

指揮者は、最近私がイチオシの、ダン・エッテンガーさま。曲目にはワーグナー、リスト、シューベルトと、とても楽しみなラインナップでした。
相変わらず、今シーズンも私のブログのアドバイザーをしていただいているOGT氏と共に観賞。
「おい。オメェ、寝るんじゃねーぞ」と開演前に脅かされたので、ワーグナーでは目はパッチリ(笑)
と、いいますか、私がどーしてエッテンガーを好きかと申しますと、「東京フィルと息がぴったり!」と思うからです。
心なしか、最後列のバイオリンのお姉さんもいつも以上に一生懸命弾いてるようにお見受けするのです。
しかも、エッテンガーの指揮はとてもかっこいいのです。金髪で背が高くて棒振りも完璧。
正に私の理想の指揮者なのです!だから眠るはずがないのです。あははヾ(〃^∇^)ノ

シューベルトのグレイトも素晴らしく、あまりの美しさに第2楽章以下は私の意識が飛ぶ、というアクシデントまで発生しました。
オーチャード定期は、すでにオープニングから今シーズン最高のコンサートを披露したと思いました。

グレイトについては、詳しくは、ボーイングのアップダウンがどーしたとか、ダウンも入ると1週間練習しても弾けないとか、ペースがスローでアップしたとか、いろいろあるみたいです。
残念ながら、わたしにはサッパリ分かりませんでしたのでビールをがぶ飲みしてましたけど…。
あっ。すいません。今のは内輪ネタでした。


そんなこんなで、ちょっぴり遅い今シーズンのスタートです。
今年は月イチ以上のペースでコンサートに行こうと思っています。どうぞ今年度も皆様宜しくお願いいたします。

朝比奈隆とマックス・ウェーバー

2008年06月01日 21時29分19秒 | マエストロ
自分で書いていて、なんとたいそうな題名だろうと思っているところです。

朝比奈隆先生は、言わずと知れた、関西が生んだ最高のカリスマ的マエストロであり、ウェーバーももちろん社会学の大先生なわけであります。
お二人ともあまりに偉大すぎて、言葉に換言できませんけど・・・。

最近、わけあって、マックス・ウェーバーの本を読んでいたらこんな記述がありました。人間の行動について、以下。

―自分で同じ行為を行うことが出来なければ、理解することが出来ないというわけでもない。「シーザーを理解するのには、自分がシーザーである必要はない。」完全な追体験可能性というのは、理解の明確性にとっては大切であっても、それは意味解釈の絶対的条件ではない―

と言っているわけです。なるほど。
しかしその前段で実はウェーバーはこうも言っているのです。

―神秘的な過程、つまり、言語で十分に伝達し得ない過程は、この体験を知らない人たちには完全に理解することはできない―

さて、私はハタと朝比奈先生の話を思い出し、あわてて先生の書を読み返してみました。先生は指揮者とオーケストラの関係についてこう述べています。

~だから私はいつも言っているのですが、指揮者は何かの楽器のプロのプレイヤーでなきゃいけない。そうすればプレーヤーの職人気質というものがわかるでしょう。現役ではないから自分ではそんなにうまく弾けないけれど、お互いに理解しあえるものがある・・・・・・これは指揮者とオーケストラの共同作業ですから、指揮者が若い人であろうが年寄りであろうが非常に大事なことだと思います~

私は朝比奈先生のここを読み返して、「あー、そうなのか」と深く感銘したわけです。
だから、音楽とは、神秘的な過程を追求し、理解していくものなのか・・・。
そして朝比奈先生とウェーバーが、60年の時代を超えて対話をしているかのようにも思えたのです。

音楽はかくも素晴らしく、また学問もかくも素晴らしいものかと、ちょっぴり考えさせられた瞬間でありました