偶然居合わせた目黒のさんま祭り
去る6日(日)に、久しぶりに目黒にある国立科学博物館附属自然教育園に行って来ました。この日は天気に恵まれたせいか、電車内も目黒駅構内もかなり混雑していました。
さらに駅東口を出ると、バスターミナルには消防車が待機しており、辺りに煙りも立ちこめているので、最初は何事かと思ったのですが、香ばしいサンマを焼く匂いで、目黒名物「さんま祭り」が行われていることを知りました。
「目黒のさんま」と言えば、落語で有名。私は昔、上野の鈴本演芸場で、円菊師匠の噺を聞いたことがあります。軽妙洒脱な語りが印象的でした。おそらく今まで数多く聞いた中でも、お気に入りの1番かも。ご存じかとは思いますが、以下にあらすじを。
目黒に鷹狩りに来られた殿様が、伴の者が弁当を忘れてしまった為、急遽、その場で焼いたサンマを召し上がった。サンマは普段、殿様が召し上がるような魚ではなかったが、その味をいたく気に入られた殿様は、後日、宴の席で「サンマを食べたい」と所望される。サンマなど調理したことのない城の調理番は、焼いたサンマから出る脂も、細かい骨も殿様に障りがあると全て抜いてしまった。残ったのは見るも無惨な、不味いサンマ。それを召し上がった殿様は、その不味さに「サンマは目黒に限るのう…」と言われたとさ。ちゃんちゃん
報道によれば、この日のさんま祭りは史上最高の人手で、16,000人もの人々が路上で焼きたてのサンマをいただいたそうです。私達家族は、自然教育園に向かう途中で、その光景を目にしたのですが、サンマを食べたいという人々の行列は何百メートルも続いていました。私達が散策を終えて駅に戻る時にもまだ行列は続いていましたから、その盛況ぶりが窺えるというもの。
去りゆく夏への名残惜しさと、近づく秋の気配を感じながら…
自然教育園は、かつての武蔵野の森の豊かさを今に伝える自然公園ですが、四季折々の変化を楽しむことができます。
都心にありながら広大な自然が残っているのは、豪族の館に始まり、大名の下屋敷、陸・海軍の火薬庫、御料地と言う歴史を辿って来たからです。民間の所有なら、とっくの昔に分割譲渡されて、今のような形を留めることはなかったでしょう。
戦後間もない昭和24年に、全域が天然記念物及び史跡に指定されたのを受けて初めて一般公開されたことも、自然の保全には功を奏したと言えるでしょうか?現在は国立科学博物館の管理下にあり、入園者は常に300人以内に制限される等して、その自然は引き続き保護されています。
耳に聞こえる蝉時雨や鳥のさえずり、鼻をつく濃厚な草木の匂い、そして足の裏を刺激する土や枯れ葉や大木の根の感触。鬱蒼とした園内を散策していると、自分が都心にいることを忘れるのですが、時折耳をつんざくような走り去る車の轟音によって現実に引き戻されます。実は自然教育園のすぐ脇を、首都高速(2号目黒線)が走っているからなのですが、ここは心の平安の中断を嘆くより、こうした都心に森が残った奇跡を喜ぶべきなのでしょう。
比較的陽射しの強い日でしたが、緑陰はヒンヤリとして気持ちが良かったです♪
古木には独特の霊気があり、まさに森の”主”と言う感じです
去る6日(日)に、久しぶりに目黒にある国立科学博物館附属自然教育園に行って来ました。この日は天気に恵まれたせいか、電車内も目黒駅構内もかなり混雑していました。
さらに駅東口を出ると、バスターミナルには消防車が待機しており、辺りに煙りも立ちこめているので、最初は何事かと思ったのですが、香ばしいサンマを焼く匂いで、目黒名物「さんま祭り」が行われていることを知りました。
「目黒のさんま」と言えば、落語で有名。私は昔、上野の鈴本演芸場で、円菊師匠の噺を聞いたことがあります。軽妙洒脱な語りが印象的でした。おそらく今まで数多く聞いた中でも、お気に入りの1番かも。ご存じかとは思いますが、以下にあらすじを。
目黒に鷹狩りに来られた殿様が、伴の者が弁当を忘れてしまった為、急遽、その場で焼いたサンマを召し上がった。サンマは普段、殿様が召し上がるような魚ではなかったが、その味をいたく気に入られた殿様は、後日、宴の席で「サンマを食べたい」と所望される。サンマなど調理したことのない城の調理番は、焼いたサンマから出る脂も、細かい骨も殿様に障りがあると全て抜いてしまった。残ったのは見るも無惨な、不味いサンマ。それを召し上がった殿様は、その不味さに「サンマは目黒に限るのう…」と言われたとさ。ちゃんちゃん
報道によれば、この日のさんま祭りは史上最高の人手で、16,000人もの人々が路上で焼きたてのサンマをいただいたそうです。私達家族は、自然教育園に向かう途中で、その光景を目にしたのですが、サンマを食べたいという人々の行列は何百メートルも続いていました。私達が散策を終えて駅に戻る時にもまだ行列は続いていましたから、その盛況ぶりが窺えるというもの。
去りゆく夏への名残惜しさと、近づく秋の気配を感じながら…
自然教育園は、かつての武蔵野の森の豊かさを今に伝える自然公園ですが、四季折々の変化を楽しむことができます。
都心にありながら広大な自然が残っているのは、豪族の館に始まり、大名の下屋敷、陸・海軍の火薬庫、御料地と言う歴史を辿って来たからです。民間の所有なら、とっくの昔に分割譲渡されて、今のような形を留めることはなかったでしょう。
戦後間もない昭和24年に、全域が天然記念物及び史跡に指定されたのを受けて初めて一般公開されたことも、自然の保全には功を奏したと言えるでしょうか?現在は国立科学博物館の管理下にあり、入園者は常に300人以内に制限される等して、その自然は引き続き保護されています。
耳に聞こえる蝉時雨や鳥のさえずり、鼻をつく濃厚な草木の匂い、そして足の裏を刺激する土や枯れ葉や大木の根の感触。鬱蒼とした園内を散策していると、自分が都心にいることを忘れるのですが、時折耳をつんざくような走り去る車の轟音によって現実に引き戻されます。実は自然教育園のすぐ脇を、首都高速(2号目黒線)が走っているからなのですが、ここは心の平安の中断を嘆くより、こうした都心に森が残った奇跡を喜ぶべきなのでしょう。
比較的陽射しの強い日でしたが、緑陰はヒンヤリとして気持ちが良かったです♪
古木には独特の霊気があり、まさに森の”主”と言う感じです