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自治会町内会、その他昭和思考の愚考

タイトル通り昭和時代の時代遅れ思考を考え結果として現代社会生活にどの様に悪影響を及ぼしているかを書き留めたいと思います。

停止するのは良いが

2011-05-06 23:09:44 | 日記

停止するならば即座に代替エネルギーを実現化しないと経済が失速する。
記事に有る様に浜岡原発のカバーエリアはトヨタのお膝元がほとんど。

トヨタ逝ったら国が滅びるよ。マジで。
太陽光か風力か火力のパワーアップか知らんけど何らかの方法で電力確保しないととんでも無い事になる。

もしかして今回の浜岡停止の裏腹は”トヨタを衰退させヒュンダイに塩を送る”って事か?
だとするととんでもない売国奴だ。

浜岡停止要請、トヨタなど節電で操業に黄信号(読売新聞) - goo ニュース

(読売新聞) 2011年05月06日 22時31分

 中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の原子炉全基停止で、中部電管内の夏場の電力供給が需要を下回る可能性が出てきた。

 中部電の大口(工場)向け電力量は全体の約4割を占めており、国内最大メーカーのトヨタ自動車をはじめ、製造業の一大集積地である中部地方の企業の操業にも影響が及びそうだ。

 トヨタは、国内にある17車両工場のうち9工場が、愛知県を中心とした東海3県にかたまっている。

 東日本大震災に伴う部品不足が解消される秋以降、増産に乗り出すことで、それまでの生産の遅れを取り戻す考えだが、生産計画の変更が避けられない情勢となってきた。

 東京電力福島第一原発の事故によって、東日本で懸念されている夏場の電力不足には、業界ごとに工場の休業日を決める「輪番休業」を日本自動車工業会が提案しており、トヨタも東電管内の静岡県裾野市の子会社工場などで休業日を設けることを想定してきた。

 浜岡原発停止で、中部電管内でも電力不足は避けられそうになく、同様の対応を迫られそうだ。


○○界本日モ反省ナシ

2011-05-06 12:44:58 | 日記

20数年前、指揮者の故ダン池田さんがタイトルの○○の部分に”芸能”の2文字が入った暴露本を出版し話題になった。当時はインターネットなどの情報網が無い為、暴露本は週刊誌以上のセンセーショナルさであり内容も赤裸々で普段テレビで観ているアイドル歌手やタレントを違う目で見てしまう程だった。
3・11を過ぎても体たらくなお役所の仕事内容の出版活動をするなら「オ役所本日モ反省ナシ」で良いだろう。
こんな体たらくな自治体からのダウンサイジングでは当然自治会も体たらくになる。当たり前の事。

「○○自治会、本日モ改革ナシ」
こう思っている人がどれほどいる事か・・・・

3.11以降も変わらない『お役所仕事』に腹が立つやら情けないやら。/中村 修治(INSIGHT NOW!) - goo ニュース
2011年5月6日(金)10:40

良い組織には、独自の言葉が生まれて流通する。ステキな会社には、楽しい言葉が溢れている。「言葉」とは、組織運営のための血液のようなものだと思う。

下記は、最近、福岡市内の某バス停のベンチに貼られた「警告文」である。

『このベンチは安定が悪く危険なので、設置者は平成23年5月12日までに撤去してください。期日までに撤去しない場合は、本市において、ごみとして撤去しますので、念のため申し添えます』。


私がこの街に引っ越してきた5年あまり、ずっと、このベンチはバス停にあった。高齢者の方々が、このベンチに座ってバスを待つ姿を何度も見た。このベンチには、広告もなにもない。誰かが、我欲のために置いたベンチではないことは、その佇まいを見たらわかる。きっと、善意の誰かが、街のみんなのためにと置いたであろうベンチである。

そのベンチに、行政は、この貼り紙をする。それも、ガムテープで手荒く・・・。この貼り紙の中では、街の善意の誰かは、ごみを置いた犯人=設置者扱いである。「念のため申し添えます」という文章の執拗な締め方には、悪意さえ感じる。

みんなが使うバス停である。朝早く働きに行く者は、この貼り紙を見て出勤するのである。昨日までバスを待つ人達に尽力してくれたベンチが、貼り紙一枚で、犯人扱いである。このデリカシーのなさには、ガッカリどころか、腹が立つ。

確かに、風雪にさらされたベンチは老朽化が激しい。危険なので撤去した方が良いかも知れない。しかし、「善意」とわかっているものを「悪意」にすり替えてしまうお役所の言葉遣いに熟慮はない。これじゃ「街のための善意」の芽は、根こそぎ摘み取られてしまう。

このベンチは、行政にとっては、ごみなのである。ごみとして扱った場合の処理を前例通りに進めると、きっとこうなるのだと思う。しかし、悪意はないと信じても・・・想像力がなさすぎる。「こんなベンチを置いて・・・余計なことしやがって」という潜在意識が、この言葉からは、透けて見えてしまう。

貼り紙が貼られたのは、4月28日である。東日本大震災から、約50日。あの瓦礫の山をごみとして扱うのかどうかに苦慮をする人達の報道に心を痛めている傍らで・・・被災を免れた地域では、こんなデリカシーのない言葉が、善意のベンチに貼りだされる。悲しいお役所仕事である。どうにかならないものなのか・・・。

3.11以降、どの地域の住民も、最後は、国や地方行政の力が重要だということに気づいた。お役所とどう寄り添うべきかを市民側が考える契機となった。「お役所」を見る視点=期待は、大きく変わっているのに・・・。

こんな貼り紙を見て腹立たしい1日を過ごして帰ると、テレビでは、お国のリーダー達が「命がけで」「一生懸命」・・・そんな言葉が嘘くさい言葉を未だに発信し続けている。

「一生懸命」の元々は、「一所懸命」だったのを、行政のリーダー達は、ご存知なのだろうか?鎌倉時代、“武士が賜った一カ所の領地を命がけで守り、それを生活の便りとして生きたこと”に由来している。字のごとく “一つの所”に命を懸けることだったのだ。 これが、貨幣経済の時代に移り変わっていくうちに、領地がそれほど切実なものとは感じられなくなり、「所」ではなく「生」となり、「一生懸命」と表記されだしたという。

命がけでやります。一生懸命やります。そんなことを軽々しく言う人ほど、仕事への期待は薄い。一生懸命やるのを見たことない。それは何故か?そういう人達に限って「一所懸命」が見つかってないからだ。仕事でも良い、家族でも良い、“一つの所”に懸けることが見つかっていない者は、「一生懸命」になれるわけがないのである。

前述のバス停のベンチが「ごみなのか、ごみではないのか」、そんなもの「一所懸命」働いていたら一目瞭然である。「このひとつの街のために働いている」という一所懸命さえあれば、結果的には、同じ処理をするにしろ、もっと心遣いの見える貼り紙となるはずである。

お役所には、前例という「答え」ばかりがある。
その「答え」には、特例も、臨機応変もない。
いつも同じ言葉=「答え」ばかりである。
同じ「答え」を見つける仕事など一所懸命にできるわけがない。

3.11以降、お役所に求められているのは、いつもの「答え」ではない。「問われている」ことへの特例であり、臨機応変である。「ごみではないごみを処理する」こともあるという発見である。その発見から生まれてくる聞いたことないステキな言葉である。

死人が出てから動く行政

2011-05-05 22:41:15 | 日記

いつもこう。
どんな事故でも事件でも何でもかんでも犠牲者が出てから動く。

牛生肉は生食用でないと自分らでガイドライン出したと言いながらも現実社会では業界が流していたと責任逃れ。挙句の果てに生食の場合のトリミング加工方法を示唆するって矛盾してない?。

O-111がどこで付着したかどうかと言うのも重要事項だがそれよりこのリスクハザードの緩さは一体何なんだろう。他業界にも同じ様に「業界の申し合わせ」だけで綱渡りしている事項もあるんじゃないのかな。
役人の給与=対価って一体幾らが妥当なんだろうね。いつも考えさせられるよ。


生肉販売に罰則ある基準創設へ ユッケ食中毒受け厚労省(朝日新聞) - goo ニュース
2011年5月5日(木)20:04

 焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」(本社・金沢市)の集団食中毒を受け、厚生労働省は5日、罰則のある食品衛生法に基づいて、牛肉を生食として販売する際の基準を新たにつくると発表した。基準ができるまでは、生肉を出している飲食店への監視指導を強めるとして、緊急的な立ち入り調査の実施を都道府県に要請した。

 牛肉などの生食については厚労省の衛生基準があるが、強制力がないため飲食店の独自の判断で客に提供しているのが実態だった。


業界の申し合わせというが・・・

2011-05-05 10:10:27 | 日記

業界の申し合わせと言えば良い言い方、乱暴な言い方すれば談合である。今回の焼肉屋事件はお役所ルールでは牛生肉は加熱処理するようにとの指針が有るにも関わらず小売店や流通側で「お客のニーズがあるからお店や卸業者の判断で・・・」と言う業者側に都合の良い判断で運営されており無法地帯と同じなのである。よく一般的に業界の申し合わせ自体は大変保守的でお客の方向を向いていないと思われがちだが今回の事件から解る事は焼肉業界では間違った顧客第一主義に走ってしまったようだ。

最近の事件事故全て共通している事だが過去の高度成長期に未来に希望を託しスローガンや権力などで構築されてきた事柄のつじつまが合わなくなったり寿命を迎えたりして破綻してくる例が余りにも多すぎるのではないだろうか。もはや権力や金で捻じ伏せる時代は終わったのだ。これからは真実に基づいて基本設計しそこから構築する計画的社会を作らないと馴れ合いで皆同じと言う思考を持ち続けている日本国民は同じ事の繰り返しをする事になると思う。

焼き肉店の集団食中毒、4人目の死者(読売新聞) - goo ニュース

2011年5月5日(木)09:18

 焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」の集団食中毒で、富山県によると、同県砺波市の砺波店で食事をして重症となっていた県内の患者が5日死亡した。

 一連の食中毒による死者は、4人目。


子育て世代の年収減

2011-05-03 22:45:48 | 日記

タイトルの通り。若い世代の年収が減っている事。これが全て。
年収とは金銭的な金額だけではない。社会が複雑になり昔に比べ業務内容の質が濃くなって人並みの給与と言う事に成れば年収減と言える。

現状の老害世代はそれ程複雑なプロセスが仕事にも社会にも存在したとは思えない。なのに年金と言う対価が高すぎる。その高すぎる対価を若い連中が担っている。これにより社会の歯車が崩れている。

この様な説明すると今の老人世代ににおしめ変えて貰ったくせにと言う意見もあると思う。しかしそれを老人世代が本当に思っているとしたならば思っている人自身は「俺たちは面倒を見てきた。今度はお前らが面倒を見ろ!」と言っているのと同じである事に気づいてもらいたい。

総人口に占める子供の割合、日本は世界最低水準(読売新聞) - goo ニュース
2011年5月3日(火)10:46

 今月5日の「こどもの日」を前に、総務省が2日発表した推計人口(4月1日現在)によると、日本の子供の数(15歳未満人口)は、前年比9万人減の1693万人で、比較可能な1950年以降、30年連続で最少を更新した。

 全人口(1億2797万人)に占める子供の割合も、前年比0・1ポイント減の13・2%となり、37年連続で低下した。

 男女別では男子が868万人、女子が825万人で、女子100人に対する男子の数は105・2人だった。

 年齢別では中学生(12~14歳)が359万人、小学生(6~11歳)は684万人、3~5歳は324万人、0~2歳は325万人。

 一方、国連人口統計年鑑(2008年版)で人口4000万人以上(推計時点が00年以降)の国と比較すると、総人口に占める子供の割合は、ドイツ13・5%、中国18・5%、米国20・1%などで日本は最低水準だった。