数日前に地域運動会の回覧が来まして何でも再来週の日曜日らしいけど我が家の場合は妻が仕事なので私が子守をする事になり実質参加は無理。そんな訳でウチには関係ないから何も考えずに次の家に回覧を回しておいた。
それから数日後、公民館役員の方が我が家を訪れた。私に用件があるらしく何でも運動会に出て欲しいとの事なのだ。以下やり取りです。()内は私の内心ですので(笑)。
役員:”突然お邪魔してすみません。あのー自治会運動会の事ですが御主人さん手先が器用そうなのでおみくじリレーに出て頂きたいと思いお願いに来たのですが”
私:”あいにくその日は妻が出勤なんですよ。ウチには幼児がいるし子守を私がしなくてはならないので無理ですよ”
役員”子供さん実家に預けて貰うとかできませんか”→(はぁ?。実家なんて県外だぞ。しかも半分認知症入った年寄りなんぞに預けられるかよ!)
私:”○□県に住んでいるので無理ですね”
役員:”日曜日では託児所とかやってませんからねぇ。失礼しました。また宜しくお願いします”
と言う訳で帰って頂きました。
それにしても最後の一言が気になりました。”託児所とかやっていませんものね”ってどう言う意味でしょうか?。いやらしい言い方すれば”子供なんぞどこかに預けて自治会行事を優先させろ!”と言ってる事と同じ意味に取れます。
しかしこの運動会何の為にやってるんだろうか疑問です。私が思うにこの手の行事は地域コミニティと言いながらこのような強制参加を促して雛壇に座って政治家気取りの自治会長3役らや来賓とされる地元議員らの見世物の材料として住民が呼び出されているに過ぎないと思えてしまうのです。
そして彼らは議会などでこう報告するんでしょうね。
”今年の運動会も住民の皆さんの団結力によって・・・(以下略”
昨今核家族化して都会も田舎もレジャーに対する考え方は多様化しています。しかしこの自治会運動会をレクレーションとして住民に押し付ける形になっているならばもはやレクレーションではないでしょう。私の周囲を見たり話を訊く限りでは誰も納得して参加していません。むしろ参加させられていると言う感覚です。つまり強制労働に値すると思います。
これはいつもこのスレで述べている様に
日本人の皆同じ事を良しとする気質を利用し本来任意参加が原則である行事を強制参加しなくてはならない雰囲気にさせる間接的な圧力としての自治会組織力が働く事を利用している行政側の思惑ではないか?
と感じてしまいます。
こうなると自治会の存在は当事者から見れば悪の組織として映ってしまい例えば選手を勧誘する当番で役員になっちゃった人などは”こんな大役早く終わらないかなぁ”とやるせなくテキトーに勧誘してる筈であるし、ウチの様に参加できない家庭では迷惑と思いつつも自分に役員が回って来た時に誰も参加してくれなかったら困るなぁ~後ろめたいなぁ~と言う不安にかられ断るのである。すなわち一般住民同士の付き合いに大変よろしくない事を継続させられているのと同じである。
な~んだ、それならあなたが役員になった時に”誰も集まりませんでした~。チャンチャン♪”と上告すればいいじゃないか(はあと)って意見もあるかと思いますが、そんな事したら”あの家が役員の時に○×会が無くなった”とかあらぬ噂を立てられたり場合によっては村八分的な扱いを受けるのである。これこそが村社会であり地方行政の思惑なんだろうか。
少し話が逸れたけどウチで断った役員の方は直ぐお隣に行ったみたいだけどお隣はお隣で夫婦共にお店の店員さんだから日曜日なんぞ出勤MAXだと思うよ。他にも自動車関連で土日仕事の家とかね。この様にタダでさえ生活スタイルが多様化している昨今に震災の影響も相まってる人も多い筈。それなのに自治会を取り仕切ってる連中の脳内は昭和時代のままですから現代の生活と一致する訳がないのだ。
また自治会入会の際にできるだけ若い世代の集まる班からの動員要請をしないから安心して入会して欲しい。子育てが落ち着いて暇が出来たらできるだけ参加して欲しい。そんな話で入会したのだが蓋を開けてみたら”若い世代が多い班から動員させろ!”見たいな雰囲気になっているらしい。こういう場合だと独身子無し世帯などは強制参加になるだろなと思いつつ、やはり自治会役員の言うセリフはリップサービス以外の何物でもないと痛感した。
相変わらずの駄文ですが最後まで読んで頂いてありがとうございます。この様に私の住んでいる田舎では村社会が続いています。この境遇に耐えられる方と言うか馴染める方は田舎移住の参考にどうぞ。そして馴染めないとか速攻無理!と思われる方は絶対に住まないで下さい。それがあなたの人生にプラスになりますよ。←(大袈裟)www