ガイド日誌 - 北海道美瑛町「ガイドの山小屋」

北海道美瑛町美馬牛から、美瑛の四季、自転車、北国の生活
私自身の長距離自転車旅
冬は山岳ガイドの現場をお伝えします。

レンタサイクル屋、土佐の高知のはりまや橋で。

2019年05月30日 | その他未分類
1、レンタサイクル屋は副業する

今朝のレンタサイクル屋は、ジャケットを着る。

本来は作業着なのだが、
きょうは例外。

レンタサイクル屋。
まあ、普通に考えたら
「食っていけない仕事」だ。
まして北海道の美瑛だから
実際に稼げる期間は一年のうち3〜4ヶ月しかない。
当たり前だが、
これでは家族を養うなど、到底無理なのだ。

ボク以外の美瑛の他のレンタサイクル屋さんには「本業」がある。
貸自転車は、ほんの副業。
ブレーキが効かないなど、ひどい評判が散見されるが、そういう背景がある。整備しようにも機械いじりとは無縁なのだから無理もない。

一方で、僕の「ガイドの山小屋」は、ほぼ専業だ。本業は「山岳ガイド」だったが、いまは違う。
山岳ガイドもレンタサイクルも、それだけでは食えない仕事だ。
だから、ガムシャラにいろんなことをして足りない分は稼がなくてはならない。
食っていく、ということは、
大変なことなのだ。

だから、
北海道に「移住」を考えている人は、
その辺のこと、よくよく考えなければならないだろう。

食えなくては、移住はどうにもならない。

さて。
レンタサイクル屋はいま、四国高知にいる。
レンタサイクル以外の仕事で来ている。副業といっていい。

今朝は大切な契約があるのに、
服がなくて、レンタサイクル屋は戸惑っている。

適当に持ってきた服は、
ラガーシャツ、
ラガーシャツみたいなポロシャツ、
ラガーシャツみたいな入れ墨シャツ、

どれもこれも!
ジャケットに合わない!
ちんちくりんじゃないか!

駄目駄目やん!

ワイシャツを忘れたのだ。

朝っぱらから涙目でいたら、
意外にも、
高知は暑いかもと思い、念のため持ってきた速乾素材のポロシャツがしっくりきた。
ジャケットを着たら胸のデザインは隠れるから、これでいいだろうということにした。

やれやれ。
慌てたじゃないか。


2、土佐でうがいする

仕事は午前中に終わり、
午後からは暇になった。

まずは、うがい。

土佐ではこれを「うがい」という。
外から帰ったらまず、うがいなのだ。

郷に居れば郷に従え

うむ。
従わなければならない。

土地のものを食う。

やっぱり土佐はコレぜよ!

お腹も落ち着いたので、散歩する。
美瑛にいるときは、「旭川って都会〜」ってなるけど、さすがに高知市は県庁所在地だけあって
旭川とは比較にならない都市だ。

土佐の高知の、はりまや橋。
昔は小さな橋だったらしいが、
今は複線の路面電車+6車線道路になっている。

観光用の復元橋もある。

しかし、趣はイマイチ。
橋なのに、川はない。

川?ではなく、遊水池遊歩道になっている。
しかし、パッとしない。
ものの3分も歩かないうちに終わる。

はっきりとしたことは言えないけれど、
僕が幼い頃、ここはドブ川だった。

まもなく埋め立てられて、ただの路地になり、長らく、はりまや橋の下も通路だったように思う。
高知に住んでいたわけではないから、何ともはっきりしないが、パッとしない場所だった。

あらためて今、この場所を見たら、
ここはお城の「お堀」の一部じゃないだろうか?
という気がしてきた。

地形と立地が、ここが「堀」であることを指している。
高知城の、外堀の役目を担うものではないだろうか。

「うがい」の効果も手伝って、
僕は、歩いてみることにした。


3、城下町の痕跡

はりまや橋からの遊水池遊歩道が途絶えた先は、公園になっていた。

そのまま公園内を歩いていく。

また、別の遊水がある。

ときどき後ろを振り向いて、はりまや橋からの方向、角度を確認しながらすすむ。

それらしい地形はその先で90度曲がり、さらに続く。

まだ見えないが、左側には高知城がある。
お堀の痕跡を示すものはどこにも見当たらない。

うーむ、車道と車道の間、
この、中央分離帯にしては不自然な広さの緑地、
まさにこの区切りが「堀」ではないのか?

城下町に因む案内板があるが、ここが堀だとはどこにも書いていない。

勘違いか?

そのうち、行き止まりになった。

しかし、何かある。行ってみる。

川??

お世辞にも綺麗とは言えないが、川に接続していた。

やはり!

しかし、証拠はないぞ。

少し戻って、

お城の方向を目指す。

武家屋敷だったこのあたりは空襲で焼け野原になったので、名残はない。
しかし、

この、間口の狭さが、かつて武家屋敷だったことを物語る。
与力というから、さほど高い身分ではないから、家老屋敷のようなわけにはいかない。
町屋によくある区割りがそのまま世襲されている。

途中から「追手筋」を歩く。

このまま進めば追手門。お城の正面玄関に当たる。
途中にあった高校は立派な建物だった。
きっと伝統校だろう。

だいたい県庁所在地のこの立地にある高校は偏差値が高い。
調べてみたら65だった。まずまずだ。

お城が見えてきた。

本丸は標高44mの大高坂山に築かれている。
天守は、静岡の掛川城に瓜二つだ。

それもそのはず。
高知城も掛川城も山内一豊によって築城されたのだ。
山内一豊はよほど掛川に思いを残しての「転勤」だったに違いない。
だから、新しい赴任地の高知に新たな「掛川城」を築いたのではないだろうか。(憶測)

あ!この案内看板は!

古地図!
かつての城下町の地図!
僕が歩いた経路は堀になっていて、その堀が武家屋敷と町人町の境界線になっている。

白の矢印がボクが歩いた経路。
ここはやはり間違いなく「堀」だったのだ。
「掛川町」なんてのもあったんだなあ。

うれしいなあ。


4、兵隊さんと高知城

やっぱりここは、堀のままのほうがいいんじゃないかと妄想する。
堀端には桜が咲いて、
屋形船が往来して、
お酒もすすんで、はりまや橋。

そりゃあ、
土佐の酒呑みには、たまらんぜよ!

終戦後の逸話。

僕の母(高知出身)は
終戦時、小学生だった。
歳のせいか、最近は小中学生だった頃の話をよくする。

B29の音の話。絶対に忘れない不気味な音なのだという。

それから、
祖父の仲良しで、東京から疎開してきたシュモンさんという大好きな叔父さんのこと、通っていた女子校と同級生のこと、
それから、
母が高知のお城のことを話すとき何度も何度もこの話をするので僕はタコ耳なのだが。

以下。

土佐は明治維新のとき官軍側だったおかげでお城の破却を免れ、昭和に至ってなお健在だった。
太平洋戦争では高知の町は空襲にあい、焼け野原だったが、
大高坂山の山頂付近、高知城の本丸は空襲の被害を免れた。

高知城は落ちなかった。

だから高知城本丸は天守を含めてほぼ完全な形のまま維新前の姿を今に残している。

戦地から帰ってきた兵隊さんたちは、高知が空襲でやられたことは知っていた。

復員列車から降り立ったとき、
まず、
予想通りの焼け野原。

見慣れた高知の町は、もうそこにはなかった。

しかし、その先、
大高坂山に凛と立つ、
高知城を見たという。


兵隊さんたちはみな、
泣いたという。

それが、
高知城なのだ。










レンタサイクル屋は道草を食う。

2019年05月29日 | 北海道の暮らし・生活
連休明け頃。
お客さんはぷっつり途絶えてしまった。
急にヒマになり、
レンタサイクル屋の僕は何をすればいいのかわからなくなって右往左往していたのだ。

仕方ないから、
野良仕事をしまくる。

草刈りはもちろん、
集落外れの原野の下草まで刈ったり、
ドブさらいをしたりして、鬱憤を晴らしていた。

僕は、
仕事をしていないとバラバラに分解されて土に還ってしまう奇病なのだ。(駄)

その頃に下草刈りをした原野をブラブラするのは楽しい。
邪悪に繁った熊笹を刈り取った跡の森はまるで公園の一角のようになった。
明るくて、空気すら以前よりも澄んだように感じる。

あれから3週間が経ち、
さっそく緑が芽吹いている。

修羅と化した僕にがっつり刈り取られて、これは子孫繁栄の危機到来かと慌てた熊笹が、花を一斉に咲かせている。
iphoneのレンズを向けたがピントが合わなくて、写真はないが、珍しい光景だ。

笹は滅多に咲かないのだ。

太陽の光が差すようになった地面には、
それまでなかったものが多く芽吹いていた。

オオアマドコロ。

若い芽は甘くて美味しい。
天ぷらにしたら絶品だし、
おひたしも美味い。
酢味噌和えなど、たまらない一品になる。

花は、

蘭に似る。


ツリガネ型の白い花はスズランにも似るが、
全草に猛毒を有するスズランと違って毒はない。

ランの仲間は有毒というのが常識だが、
アマドコロは例外といったところ。

おお。これは、
有名どころ。こちらも食える草だ。

あっちこちにニョキニョキ顔を出している。

コレなどは、

しっかり太くて美味そうだ。

そんなコイツはお馴染みの「ウド」。

人気のある山菜だが、北海道では大して珍しくもなく道端にいくらでも生えていて巨大になるので雑草扱いだ。

うまい道草だ。

これくらいあれば、

我が家の夕食には充分だ。
取り過ぎても誰も得しないから、これくらいでいい。

さっそく、料理なのだ。
山菜はすぐにエグ味が出るから、さっさと食うに限る。

冷蔵庫でコンニャクが半分凍ってしまった状態で転がっていた。
そんなコンニャクは食感が台無しなので凍った部分は刻む。さきほどのウドはタテ切りにする。太めのキンピラを作るイメージで炒めながら絡めて
胡麻ピリ辛炒め。

こいつは、
劇的にご飯がすすむよ。

冷蔵庫の中の厄介者と道草が素朴なひと品になった。

身近な自然を、特に構えることもなく、
日常的に食す。

北海道の生活の、そんなところが大好きだ。








レンタサイクル屋の安全対策

2019年05月28日 | その他未分類
ガイドの山小屋を利用するお客さんは、
自由に、この「荷物室」を利用することが出来る。

ちょっと広めの物置といったところ。もちろん無料。
広いから、でっかいスーツケースもどかどか入る。
コインロッカーもある。

無料で利用できることをいいことに、
お客さんの中に紛れて、
勝手に入ってくる無関係な人もいるから、

ちょっと貼り紙が派手。

棚で、頭を打つ人がいるから、

これを取り付けた。

「安全第一」のアレ。

内側にも取り付けた。

荷物をガサゴソして、頭を上げたときに
ゴツン!!
する人が多かったから。

ついでに、照明を増設した。

大きいのを取り付けたから、明るくなる。

お客さん少ない季節だから、
作業がいろいろ捗る。

さいきん、パソコンあるある。
突然、飛び出してくる。

もっともらしいメッセージだ。

そして、怖い怖い。

ちなみに、放っておいて、
タイマーがゼロになっても何も起こらない。笑

よく見たら、

「そうしてください」って、日本語が微妙に変。笑

困るのは、インターネット・エクスプローラがフリーズしてしまうことくらい。
エッジとか、他のことは出来るが、まずは落ち着いてwifiを切断してインターネットと物理的に切り離した。

再起動で対処。
電源操作も普通にできる。
動かなくされるのはインターネット・エクスプローラだけのようだ。

いかがわしいウェブサイト閲覧中ならば、いかにもありそうだが、
MSNニュースを読んでいるときに起こった。

ぽん、と画面が遮られた。✖️をポチッても消えない。いやらしいポップアップだ。

MSNだよ?

先月は新聞読んでたら、これが来た。
真面目な人なら騙されちゃいそうだ。

安全対策は万全に。

荷物室も、インターネットも、
気をつけるに越したことはないのだ。



レンタサイクル屋の仕事 月末編

2019年05月25日 | 北海道の暮らし・生活
令和元年、最初の帳簿付け。
月末になったので、せっせと経理をしているのだ。

何しろヒマなので、サクサクはかどる。
5月の平日などはお客さんゼロだったりするので、帳簿というほど仕事は溜まってはいないのだ。

きょうなど、週末土曜日だというのに、
「子供の運動会だから」ということで
パートナーは休んでいる。
北海道の運動会は秋の「体育の日」前後ではなく、
今の季節に行われる。
北海道の「体育の日」前後はどんより肌寒く、おまけに農繁期で、お爺ちゃんお婆ちゃんに至るまで忙しい。
しかし5月6月は太陽がいっぱいで
一年で最も快適な季節だ。
5月6月ならば、おじいちゃんも、おばあちゃんも、みんなごきげん。

これでいいのだ。

いや本当は、
週末に休まれては困るのだけど、
何しろヒマだから、
まあまあ。良しとしよう。

こうして一人で留守番していても
お客さんの出入りはほとんどない。

したがって、

「しゃーない、経理でもするか。」
となる。

これでも大学で会計学を専攻していたから
損益計算書、貸借対照表、財務諸表、ひととおり出来る俺なのだ。

在学中、教授には大学院に進んで会計士になることを勧められたが辞退して四年で卒業した。
会計士よりも貸自転車屋のほうが俺には向いているのだ。絶対。

大学の試験よりも
我が店の経理の方が何倍もシンプルで簡単。
FOBもCIFもないし、
何しろ売り上げが少ない。笑

領収書を整理していたら、

平成気分が抜けてないモノを発見。

ほっこりするなあ。

まあこうやって、
新元号に慣れていくんだろうな。

美瑛の週末は晴天。
気温はぐんぐん上がってきた。
からりとした、気持ちのいい季節だ。

運動会はもちろん、サイクリングもきっと、
気持ちいいだろな。











家庭菜園、全滅。。。

2019年05月20日 | 北海道の暮らし・生活
GWのあと、美瑛はしばらく寒い日が続いたのだ。
最低気温が0度前後になり、久しぶりにストーブが活躍した。
道東では雪が降り、峠は積雪になった。

5月7日に植え付けた野菜の苗は連日の冷え込みに
無防備だった。
一週間と持たず、家庭菜園は全滅したのだ。

山菜と違って、野菜は弱い。

そこらへんに勝手に生えているギョウジャニンニクなどは平気で青々としているのに、トマトもキュウリも溶けるように縮んでしまった。

しかし、一週間もすると嘘のように「初夏」がきた。
急いで苗を植え直したのだ。

気になるビニール袋は、小型ビニルハウスのようなものだ。

風が強いので、ビニルが飛びそうなので外した。

もうすっかり暖かくなったので、マルチ(黒いゴミ袋みたいなやつ)だけでいいだろう。

全滅した苗の墓場。

しかしだ。よく、見たら、

逞しいやつがいた。

やるなおぬし。

トマト2、キュウリ1、生き残ったようだ。

こちらも。

緊急ビニルハウス(植木鉢ごとゴミ袋で包んだやつ)

効果抜群だった。

もともとは、

寒空の下で最初にコンビニのレジ袋を被せたアイコ(ミニトマトの種類)なのだ。

勝手に生えてる野良苺は何もしなくても元気だ。

苺は強い。

美瑛は、すっかり初夏の陽気だ。
新緑は燃えて、あちこちの原っぱには、

エンレイソウが咲き乱れている。

オオバタケシマランもツボミをつけていた。

来週にはツリガネ型の可憐な花をつけるだろう。

ギョウジャニンニクも、

ネギ坊主発動。

みんな観光お花畑ばかり注目して、
なぜ可憐な自然の花々に興味を示さないのだろう。

美瑛はじめ北海道は、しばらく暖かい日が続きそうだ。
明日は恵みの雨もあるという。

まだしばらくはレンタサイクル屋は閑古鳥なので、
我が家の野菜たちや、原生の自然の草木に愛を注ごうと思うのだ。