今日、午前中、次女の診療内科の受診に付き合ってきました。
待合室ロビーで待っている間、目についた書籍コーナーに置いてあったこの本。
ここの心療内科は、置いてある書籍を貸し出しているのだそうです。
次回、受診に来た時に返却すればよいらしく、思わず次女に、これ借りて~と頼んで
借りてきてしまいました。
ということで、今日の午後は読書タイム
ひととおり子育ては卒業した私ですが、これからは自分の子供たちが子育てをする番。
その際の、なにかの助言になればと思って借りてみた本でした。
読んでみると、内容的には、子育てをしているお母さんへのアドバイスというよりも、
子育てに奮闘するお母さんを認め、みんなで守り、サポートをするために周囲の人がしてあげられることを
分かりやすく書いてあった本でした。
なので、私が借りて読んでみて大正解の本でした。
そして、今の自分にとってもとても参考になる言葉が詰め込まれていました。
その中の一つを、皆様にも伝えたくて、そのまま抜粋して記してみようと思います。
「自分自身からのサポート」
最終的には、周囲の人が理解しようとしまいと、私は私でいいんだ、この子はこの子でいいんだ、と
思えることが必要になります。
さて、ここまではお母さんを、周囲の人たちが、どのようにサポートしたらよいか、書いてきましたが、実は、もう一つ
大切なことがあります。
それは、お母さんが、自分自身を、肯定する、認める、ということです。
周囲の理解はもちろん大切です。しかし、周囲にはいろんな人がいます。認めてくれる人もいれば、そうでない人もいます。
もし、周囲の理解が得られて初めて安心できる、ということだとしたら、周囲の理解がなくなるや否や、お母さんは、
とても動揺してしまいます。これは、まだ不安な状態です。
最終的には、周囲の人が理解しようとしまいと、私は私でいいんだ、この子はこの子でいいんだ、と思えること。
それが、最後には必要になります。そのために、必要なことは、何でしょうか。
それは、一言で言うと、相手と自分との間に、境界線を引く、ということです。
これは、最近、「バウンダリー」といって、カウンセリングでもよく聞かれる言葉です。私は、これを、きちんと引けるようになることが、
本当の自立だと思っています。
女性の自立でいうと、経済的な自立、社会的な自立、などいろいろといわれますが、本当の自立とは、精神的な自立であり、
具体的に言うと、自分と他人との境界線が引けることだと思っています。たとえ、専業主婦であっても、境界線がきちんと引けている人は
自立した人ですし、経済的に自立した人であっても、境界線が引けていない人は、本当の意味での自立とはいえません。
ですから、これは何も女性には限りません。
境界線とは、何でしょうか。これは、他人と自分を区別するラインです。
自分は、自分であって、他の人のものではありません。他人が、許可なく、自分の領域に入ることは許されませんし、
自分が、他人の領域に無断で入ることも許されません。この境界線を越えて相手の領域に入ることを「侵入」といいます。
これは、何も、家や、土地への侵入だけではありません。人間関係でも、侵入はあります。相手が、自分の心の中に、ずかずか土足で入りこんで、
「あなたは、こうだ」とか、「あなたはこうするべきだ」と言う場合。あるいは、自分が、他人に対して、「あなたのためを思って、やっているのよ」
「あなたには裏切られたわ」という場合。
もちろん、他の人の意見は、それなりに尊重すべきではありますが、他人が自分のことをすべて知っているわけではないし、
正しいとは限りません。ましてや、その人の言うとおりに従わねばならない理由はありません。最終的には、
自分で判断し、自分で行動を決めればよいのです。
また、責任についてもそうです。自分の責任と、他の人の責任の境界線をきちんと引く。そして、
自分が責任を持つべきことは、自分が持ち、他の人が、責任を持つべきことは、その人が持つ。
他の人が果たすべき責任を、自分がかぶる必要はありませんし、
自分が責任を持つべきことを、他の人のせいにすることはできません。
相手が自分に期待しているからといって、すべてを背負わねばならないわけではありませんし、自分が相手に好意を持っているからといって、
自分の思いどおりになると期待するのは間違っています。
境界線を引いて、それを守る、ということは、自分を大切にすることであり、同時に、
相手の人格を尊重することでもあるのです。
しかし、そうはいっても、なかなか自分に自信がありませんし、ついつい他の人の意見に振り回されてしまいます。そうならないためには
いろいろな立場の意見を聞き、できるだけ正しい情報を得るようにすること。つまり、それなりの勉強が必要だということです。
※ 一万年堂出版 明橋大二著「この子はこの子でいいんだ。私は私でいいんだ」より
私は自分が子育てをしているとき、人は人、自分は自分。自分の子育ての仕方が正しいかどうかは分からないけれど、
この方針でやっていこうと思いながら子育てをしてきました。
万一間違っていたら、その時は、私の子育ての方法を子供たちが「反面教師」にしてくれればいいや!と、そこまで割り切って。
もしかしたら、それは、結果的に他人との「境界線を引く」ことになっていたのでしょうか。
あんまり人の目を気にしたり、人の意見に振り回されたり、世間体を考えずに子育てできたような気がしています。
それから、これは他人との関係だけでなく、夫婦、親子にも当てはまるのではないかと、はっとさせられました。
親子でも、夫婦でも、きちんと、いい意味での境界線を引く。
それは、壁ではなく、生垣のようなもの。生垣を通して、会話もできるし、風も通っていく。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました
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