© ITmedia ビジネスオンライン 提供 総務省統計局が発表している「日本の総人口の推移」
いきなりだが、下の折れ線グラフを見ていただきたい。会社の業績が右肩下がり……ではない。将来の給料を予測している……でもない。総務省統計局が発表している「日本の総人口の推移」だ。
国立社会保障・人口問題研究所によると、2026年に日本の人口は1億2000万人を下回り、その後も減少を続けるという。2048年には1億人を割って9913万人、2060年には8674万人になると推計されている。こうした数字を受け、「少子化が日本経済の足を引っ張っている。成長が難しい」といった声が強くなっているが、どうすればいいのだろうか。
未婚の男女が増えて出生率が下がっている中で、少子化対策だけで激減を止めることは難しい。海外から移民を受け入れるべきだという意見もあるが、まだまだ抵抗感を覚える人も多い。また、外国人からすると、日本語という言葉の壁があるので、暮らしやすい国かどうかという問題もある。
まさに八方ふさがりといった感じだが、人口を増やす方法はあるのだろうか。「人口減少を補うほど多くの外国人観光客を受け入れる、つまり日本が『観光立国』の道を歩むしかない」と語るのは、国宝などの文化財を修繕する「小西美術工藝社」のデービッド・アトキンソン社長だ。
「外国人旅行者1300万人突破」「訪日客の消費額は2兆円超」などと報じられているので、“日本は「観光立国」だ”と胸を張る人もいるだろう。しかし、アトキンソンさんは「日本ほどの国で外国人観光客が1300万人しか来ないというのは、驚くほど少ない。日本は『観光後進国』だ」と指摘している。
そのことは数字にもしっかり表れていて、外国人観光客数ランキングをみると、日本は26位(世界銀行の2013年データより)。ただ、裏を返せば、日本を訪れる外国人はまだまだ増える可能性があるということ。そこでアトキンソンさんに、日本が「観光立国」になるために、何が足りなくて、何をすべきかを聞いてきた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。
●日本の「おもてなし」戦略はズレている
土肥: 2014年の訪日外国人旅行者数が1300万人を突破しました。めでたし、めでたし。政府が掲げる目標「2020年に2000万人突破」も間違いなし。と思われている日本人も多いと思うのですが、数字をよーく見ると、なんだかなあと感じる点があるんですよね。
例えば、シンガポールは東京23区とほど同じ面積なのに年間2000万人の外国人観光客が訪れているんですよ。人口は500万人ほどなので、街中を歩けば観光客だらけといった感じ。
アトキンソン: 外国人観光客数が1300万人突破したといっても浮かれてはいけません。例えば、ベトナムからの訪日客は対前年比で47.1%も伸びているんですよ。そんな数字を聞くと、「やっぱり日本はスゴいなあ」と思われるかもしれませんが、ベトナム人の13%は観光ではなく商談と研修で来日をしています。ただ、まだまだ伸びしろがあります。私の計算では「本当の観光客」は3分の1ほど。残りは「商用客」と「その他客」。アベノミクスなどの影響で「円安」が続いていることや、「免税」対応の店が増えたことなどがあって、日本に仕事で来ている人が増えてきました。
ベトナムと同じような国はたくさんあります。見た目は観光であっても、実態は観光ではなく、仕事があるので日本にやって来た人も増えていることを見逃してはいけません。
土肥: 政府は、海外からの訪日客を2000万人に増やすために「おもてなし」戦略を打ち出しました。この「おもてなし」戦略はうまくいくと思われますか?
アトキンソン: 観光立国を語る際に、必ずといっていいほど「おもてなし」という言葉が出てきますよね。接客とかマナーとかお辞儀などを体験するために、日本にやって来る人もいるかもしれませんが、見たいもの、楽しみたいもの、泊まりたいホテルなどがなければいけません。「おもてなし」だけでは観光客はそんなに来ないと思います。
日本にやって来るには、大変な出費になります。また時間もかかるので、会社を休まなければいけません。ここで想像してください。無償のおもてなしを提供してくれる国に、数十万のお金を払って、会社を休んで行きますか?
土肥: 日本に比べて、海外には危険なところが多い。それでもそうした国や地域にわざわざ足を運んでいるということは、おもてなしは必ずしもウリにならないかも。
●マンホールや自販機は“観光資源”になる?
アトキンソン: 世界の人口は72億人。日本の「おもてなし」が観光動機になっているのであれば、すでに1300万人以上の外国人が訪れていますよ。日本から発信されている「おもてなし」はネット上でたくさん見ることができますが、海外メディアで「おもてなし」を紹介している情報はほとんどありません。なぜか? 日本人が思っているほど「おもてなし」は、残念ながら世界から注目されていないからです。
このようなことを言うと、不快に感じられる人もいるでしょう。私自信も十数年、日本で茶道をたしなんできたので、「おもてなし」を否定するつもりは全くありません。しかし、日本人が「良い」と思っていることが、外国人の「観光動機」にならないことも認識しなければいけません。
土肥: 外国人観光客にアピールできる強みは「おもてなし」だと思っていたのに……ということはズレているということですか。
アトキンソン: ズレているのは「おもてなし」だけではありません。例えば、マンホールも“観光資源”になると思っている人がいますよね。日本を訪れたフランス人観光客が、日本のマンホールをネット上で公開して、ちょっと話題になりました。さまざまな絵が描かれているので、マンホールもクールジャパンの仲間入りといった感じで。
小さなことをコツコツとアピールする姿勢を否定するつもりはありません。外国人からすれば、ユニークなマンホールばかりなので、ついついカメラを向けたくなるのでしょう。でも、それでビジネスが成立するでしょうか。若い人たちはマンホールを見るために日本にやって来るかもしれませんが、富裕層はやって来るでしょうか。マンホール観光が悪いわけではないですが、ただ「面白い」というだけの話。
日本人も海外旅行をして、ちょっと珍しいモノがあればカメラのレンズを向けますよね。それと同じこと。写真を撮るだけでは、経済効果はあまり期待できません。日本人のズレはマンホールだけでなく、自販機でも同じようなことをしていますよね。海外には日本のようにたくさんの自販機が並んでいないので、物珍しさもあって話題になる。見るだけだったら無料。もちろんちょっと買ってみようという人も多いと思うのですが、ジュースを手にしておしまい。数百円ほどしかお金を落としてくれません。
ちょっと考えれば、マンホールや自販機は旅行の動機にならないはずなのに、少し話題になっただけでそれを強くアピールする。一部のマニアに喜んでいただくことも大切ですが、多くの外国人観光客を引きつける観光戦略を考えなければいけません。
●「観光立国」になるために必要なこと
土肥: 日本が「観光立国」になるためには、何が必要だと思いますか?
アトキンソン: 「おもてなし」「マンホール」「自販機」を忘れて、お客さまである外国人の声に耳を傾ける必要があるのではないでしょうか。相手が何を考えているのか、何を求めているのかを聞いて、そのニーズに合ったモノ・サービスを打ち出す。こんな話をすると、「観光業は難しいなあ」という声があるのですが、そんなことはありません。既にある観光資源の魅力を引き出し、お客さまが求めていることをやる――ただそれだけのこと。
土肥: うーん、難しい(笑)。
アトキンソン: では、もう少し具体的に説明しますね。1日24時間あって、3分の1は寝ています。次に残りの時間をどのように過ごしてもらうかを考えなければいけません。食事の時間は、朝・昼・晩で3〜5時間ほど。日本の食事はおいしいので、この時間は満足する人が多いでしょう。
残りの11時間をどのよう過ごしていただくか。11時間ずーっと文化財を見て回れますか。できませんよね。11時間ずーっとショッピングをしますか。できませんよね。少し整理すると、食事をした後の時間をどうすればいいのかを考えればいいのです。朝ご飯を食べて昼ご飯までの時間をどうすればいいのか。昼ご飯を食べてから晩ご飯までの時間をどうすればいいのか。
ここで大切なのは「も」という考え方。1つの強みを打ち出せば観光客はたくさんやって来るという発想ではなく、あれ「も」、これ「も」、それ「も」といった感じで、総合力で勝負しなければいけません。その中に、マンホールがあってもいいですし、自販機があってもいいでしょう。
次に、晩ご飯を食べたあとの問題があります。食事を終えて寝るまでの時間をどのように過ごしてもらえればいいのか。東京や大阪といった都市部であれば、ショッピングやバーなどに行けることができますが、地方はどうでしょうか。文化財を見に行くことはできませんし、ほとんどのお店は閉まっています。なので、そうした観光地では「晩ご飯を食べてから寝るまでの時間は○○ができますよ」といった感じで、さまざまなサービスを用意しなければいけません。
●外国人が楽しめるようにする
土肥: 朝ご飯を食べてから観光地を巡って、昼ご飯を食べてから買い物をする。でも晩ご飯を食べてから、何もすることがないので、ホテルや旅館でゴロゴロ……という人が多そうですね。
アトキンソン: 例えば、ハワイに行ったことがある人に話を聞いてみるといいですよ。ハワイのどこがよかったですか? と。こんな答えが返ってくるのではなでしょうか。「自然がきれい」「食べるところがたくさんある」「飲むところもたくさんある」「サンセットを見るところがあって、座るところがある」「ビーチと道路の間にホテルがあって便利」など。
一方、日本はどうか。「自然がきれい」という答えはあるはずですが、特に地方では「食べるところがない。あってもカツカレーか焼きそばだけ」「バーがない」「サンセットを見るところがない。あってもアルコール禁止」「ビーチとホテルの間に大きな道路があって、不便」といった声が出てくるでしょう。
こうしたところで働く人に話を聞くと、「観光客が減っていて、大変です」といった答えが返ってきますが、そんなの当たり前ですよ。景気が悪いからといった次元の話ではなく、お客さんにどのようにしたらお金を落としてもらえるのか、その工夫が不足しているからではないでしょうか。
土肥: 基本はひとつ。外国人が楽しめるようにする、ということですね。
アトキンソン: はい。観光客が何を求めて日本にやって来るのか、本音を探ることで整備しなければいけないことが浮かんでくるはず。そのひとつ「ホテル」は、観光客にとって大事な拠点になるのですが、多様性が欠けています。
土肥: ん? でも高級ホテル、ビジネスホテル、カプセルホテルなどがありますよ。
●ホテルに多様性がない
アトキンソン: 人気ホテルランキングなどをみると、同じようなホテルが並んでいます。繁華街の近くにあるホテルが上位にランクインしていますが、観光としては「幅」が狭すぎます。例えば「価格」。サラリーマンが出張で使うようなビジネスホテル、少しランクが上のシティホテルばかり。びっくりするような高級ホテルや老舗ホテル、リゾートホテルがありません。
飛行機に乗って遠路はるばる日本にやって来たのに、宿泊先はビジネスホテルしかないという状況に、多くの訪日客が不満を感じているのではないでしょうか。逆の立場になって考えてください。パリやニューヨークなどに行って、現地のサラリーマンが泊るようなホテルしかなければ、ちょっとがっかりしませんか。
もちろん、日本にも高級ホテルがあって、そうしたところは1泊10万円ほどで泊ることができます。でも、海外の富裕層からすれば、10万円はチップレベルなんですよ。
土肥: えっ、本当ですか。10万円って、月の小遣い数カ月分では……。
アトキンソン: 海外には1泊400万〜900万円の高級ホテルがあるんですよ。そんなところに泊る富裕層が日本にやって来ると聞いたら、どこのホテルをオススメしますか?
土肥: ちょ、ちょっと待ってください。高級ホテルと言われている「帝国ホテル 東京」のスイートの価格は……(ネットで検索して)1人で11万8800円〜、3人で18万4140円〜(7月の平日料金)。
●「日本は新鮮な観光地」と感じてくれるかも
アトキンソン: 数年前に外資系の有名なホテルが進出してきたので、そうしたところを紹介できるかもしれませんが、それも都市部だけ。地方に行けば、ビジネスホテルクラスしかないですよね。
土肥: 考えてみれば、日本には富裕層を相手にするビジネスが少ないような。ホテルだけに限らず。
アトキンソン: なぜ超高級ホテルがないかというと、これまで1億3000万人弱の日本人を相手にしてきたから。日本人に経済力がないということではなく、1年365日、毎日1泊900万円の部屋を埋めようと考えれば、1億3000万人は少なすぎるという話です。しかし、海の外に目を向けるとどうでしょうか。世界には72億人もいるので、その中には多くの富裕層がいます。旅行先で湯水のようにお金を使う人々を相手にするホテルが、日本にもあっていいはず。
土肥: 1泊1万円のビジネスホテルに500人呼ぶことも大切ですが、1泊900万円の超高級ホテルに泊るセレブを呼ぶことができれば、そちらのほうが売り上げが高い。
アトキンソン: 超高級ホテルがないということは、これまで富裕層を取りこぼしていたということになります。ただ、「来ていない」ということは、彼らにとって日本は新鮮な観光地として受け止めてくれるかもしれません。これから富裕層がやって来てお金を落としてくれる場所を整備すれば、大きなビジネスチャンスにつながるはず。
実際にそのような動きが見えてきました。東京だけなく、京都にも富裕層が泊りたいと感じてもらえるような高級ホテルが増えてきているので、今後は期待できるかもしれません。ただ、ホテルを整備をすれば終わり、という話ではありません。前述したように「観光立国」を目指すためには、あれ「も」、これ「も」、それ「も」といった感じで、総合力で勝負しなければいけません。
●“場数”を踏んでいない
土肥: 話を聞いていると、日本は観光業に対してズレている部分が多いなあと思ったのですが、なぜズレているかというと“場数”を踏んでいないからだと思うんですよ。ここで言う「場数」とは、外国人観光客と接する機会が少なかったということ。なので、彼らとどう接すればいいのか分からなかった。
そんな環境の中でずーっと過ごしていたところに、滝川クリステルさんがオリンピック開催地を決めるIOC総会の場で「お・も・て・な・し」をアピールされて、結果的に東京開催が決まった。「ということは、海外の人に日本の『おもてなし』がウケるのでは」「おっ、それいいねえ。それでいこう」と誰かが考えて、あれよあれよという間に国家的な戦略になった、といった感じですよね。
それにしても、なぜ日本はこれまで観光業にチカラを入れてこなかったのでしょうか。チカラを入れていれば、ここまでズレていなかったかもしれません。
アトキンソン: それはですね……。