窓の格子(こうし)は、縦横の井桁(いげた)状に角材を組んだ井桁格子や、井桁を斜めにした斜め格子をいうようですが、縦材だけの連子(れんじ)格子も昔からあって、今は単に格子といわれているそうです。下は、水戸で見た、格子がある窓のあれこれです。蔀(しとみ)も窓のように見えますが、戸なのだそうなので、今回ははぶいておきます。
井桁格子(弘道館正庁 三の丸1-6-29)
弘道館正庁にある書院窓にある井桁格子です。書院窓のデザインには、こったものが多いようです。徳川斉昭も見ていた窓なのでしょう。
井桁格子(好文亭 松の間 常盤町1-3-3)
好文亭松の間外側の廊下に建て付けられた格子です。その内側にある障子の格子も細かくてきれいです。格子模様は、日本の建築でそうとうだいじな役割をはたしてきているように思いました。
井桁格子(楊林寺火灯窓 三湯町45)
考えてみると、格子は、本来防犯的意味合いが強いかったのでしょうが、写真のようになると、美感の方がまさっているように感じます。火灯窓は鎌倉時代に入ってきた禅宗がもたらしたそうです。
斜め格子(薬王院 元吉田町682)
格子にも当然ながら斜めがあるようで、こうした格子も職人の腕の見せどころだったのでしょう。
連子格子(れんじこうし 角櫓 三の丸2-5-18)
お城にこうした格子はつきものといっていいのでしょう。漆喰(しっくい)を塗って火に備えた格子は、たいへんきれいです。
連子格子大手門(三の丸2-9)
復元された大手門の、ふだんは閉まっている窓に、連子格子があります。この格子には、漆喰がほどこされていないようです。火に対する防備が万全ではなかったように見える大手門ですが、幕末の争乱でも焼けないで生き残って明治維新を迎えたようです。でも、明治20年ころになって劣化のために取りこわされたようです。写真は復元された大手門が開放されて窓が開けられた日です。
連子格子(好文亭太鼓廊下 常盤町1-3-3)
好文亭の奥殿と好文亭本体を結ぶ太鼓廊下をおおう建物にある格子です。これは、外からは窓とみえないようにしつらえられたという、多分偕楽園内に植えられた矢竹を使ってつくった格子窓なのでしょう。偕楽園をつくった徳川斉昭のアイデアの一つのようです。
連子格子(茨城県立歴史館内茂木家住宅 緑町2-1)
昔は盗難が多かったようですので、こうした富農の家は、防犯のための格子窓がたくさんあったことでしょう。
連子格子(蔵の窓 飯富町)
水戸の農村部にたくさんある蔵の妻側につくられる、明かり取りのためらしい窓には、こうした鉄棒の連子格子がつけられるのが一般的だったようです。水戸では、火災、水害や盗難から資産を守るために、蔵にはそうとう力が入れられたという感じがします。
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