水戸で普通に見ることができる徳川斉昭の像を探してみました。
御園(みその)繁(「烈公と幕末の水戸藩」掲載写真 山本秋広・著)
明治22年に、青山勇の依頼で、御園繁が、斉昭の正室・徳川吉子と子の慶喜に意見を聞いて描いた像だそうです。宮内省、吉子、常磐神社にそれぞれ納められたそうです。
萩谷遷喬(はぎのやせんきょう 水戸市立博物館 大町3-3-20)
画人・立原杏所(きょうしょ)が江戸詰になってから、水戸で絵の方面での第一人者となり、藩主・斉昭の肖像などを描いたようです。写真は斉昭が初めて水戸に来た時期の、天保5年(1834)に完成した、烏帽子直垂(えぼしひたたれ)姿の、斉昭34歳の肖像のようです。
萩谷遷喬(弘道館 三の丸1-6-29)
衣冠束帯(いかんそくたい)姿の斉昭像です。これも、天保5年の作だそうです。上と同様、若々しい像のようです。
萩谷遷喬(弘道館 三の丸1-6-29)
甲冑(かっちゅう)姿の斉昭像で、萩谷遷喬の作だそうですが、斉昭は上の肖像より年をとった顔をしています。後年の作なのでしょうか。萩谷遷喬は、立原杏所、林十江とともに、水戸の三画人といわれたそうです。本来の名前の「せん(遷)」には、しんにゅう(辶)がないそうです。
郡司寛敬写(水戸市立博物館 大町3-3-20)
明治時代に彰考館員を務めた郡司寛敬が写した、晩年に近い斉昭の像だそうです。同様の構図の肖像が外にもあるそうで、どれかが原画でそれが描き写されていくつかあるのでしょう。
小森邦夫(大手門前広場)
大手門前の広場にある、小森邦夫作の斉昭像です。千波湖西岸の黄門広場にある光圀像も、小森邦夫の作だそうです。
後藤末吉(南町)
南町にある平成13年と刻された、後藤末吉作の斉昭像です。
能島征二(偕楽園公園)
千波湖西にある黄門広場の近くにある、斉昭と慶喜の父子像である、能島征二作・「徳川斉昭公・七郎麻呂(慶喜公)像」です。平成11年に大河ドラマ徳川慶喜展示館の収益を活用してつくられたそうです。
横山大観(水戸市立博物館 大町3-3-20)
明治32年に出版された少年読本「水戸烈公」の中にある、横山大観が斉昭を描いた挿し絵です。郡司寛敬の絵が参考になっているような感じです。
田淵吉信(常磐神社 常磐町1-3-1)
常磐神社鎮座150周年の令和6年に、水戸葵ライオンズクラブが結成60周年を記念して常磐神社に建てた斉昭像のようです。田淵吉信作のようです。御園繁の絵が参考になっているように見えます。
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