されど鹿児島

日々の生活の中で見聞したことをメモと画像で綴るブログ

焼酎

2005年11月28日 | 
   鹿児島の芋焼酎は300種以上あるといわれている。


 鹿児島の焼酎は,単式蒸留で二次発酵のときに芋を原料として使う本格焼酎(焼酎乙類)で,原料の風味豊かな,そして,個性の強い芋焼酎である。それ故に芋くさい匂いがわざわいしてなかなか陽の目を見ることができなかった。それと乙類という呼称の影響もあった。つまり,乙は甲に劣るというイメージがあり,労働者の飲む酒で長い間全国区になれなかった時代が続いた。しかし,業界の努力で乙類は本格焼酎と呼称できるようになった。
 最近の焼酎ブームで地元ではサツマイモの不足が生じ中国産を使って製造していると聞く。又,製造方法の進化かどうかわからないが,乙類特有の原料の芋の匂いと風味が抑えられ,その分,飲みやすく都会向け,万人向けになってきているが,製造元固有の個性と風味がなくなり,私には物足りなく,何処のメーカーのものも同じ味に感じてしまう。(もちろん多少の違いはありますよ)
 個性化差別化の時代に焼酎の味は統一化・均一化されたような気がする。それとも私の味覚センサーが鈍ってきたのか。



   私の飲むのは一升1500円前後のこれらの焼酎です。



   定価3000円前後の上の焼酎も流通過程により首都圏では3万~5万円にもなると聞く

せばる隼人舞

2005年11月24日 | 伝統
     せばる隼人舞(17.11.23撮影)

 今から1300年前に隼人族が大和朝廷に滅ぼされたとき,戦利品のひとつとして 隼人舞は踊り手ごと朝廷に持ち去られ,現在は京田辺市の大住に大住隼人舞として伝承されている。
 ある歴史研究者の研究の結果,鹿児島市坂元町に隼人舞に関連する地名が小字として数多く残っておることが判かり,この地(催馬楽(せばる)と読む)の「おとん山」が隼人舞い発祥の地であるとの確信に至った。
 坂元台校区では,校区の活性化を図るための行事として古代の隼人舞が候補に上がり,この地から伝えられたといわれている大住隼人舞保存会の協力の下に,大住隼人舞を逆輸入した形で後世に伝えようと平成になってから「せばる隼人舞」として復活させたものである。
 伝統芸能と呼んでいいのか疑問だが,地区の老若男女が集い,歴史のロマンを感じさせてくれる行事であることには間違いない。


     猿女舞


     弓の舞


     幼稚園の園児たち

飽食

2005年11月22日 | 
 肥満と生活習慣病(糖尿病,高脂血症,高血圧症)の講演を聞いたことがある。話の中心は肥満をいかにして予防するかについてであった。肥満など戦後の食糧難時代には考えられなかったことであるが,今の飽食の時代美味いものを必要以上に食べるだけ食べ,運動はせず脂肪を燃やしてないので肥満状態の人が多い。私も見た目は肥満ではないと思っているのだが,体脂肪率を測ってみるとやや肥満と表示される。ということは内臓についている脂肪が多いということだ。
 先日1泊旅行をしたのだが,旅行は非日常の生活であるとはいえ,朝食と昼食にこんなのが出てくるとついもったいなさが手伝い,・・・哀しい性である。夕食はもう載せません。アルコールまで付くのだから。



いおワールド?

2005年11月19日 | その他
                    クエ(アラ)
 鹿児島の水族館は「いおワールドかごしま水族館」が正式名称らしい。冠になんだかへんな「いおワールド」が付いている。「いお」とは方言で魚のことである。「いお」の発音,イントネーションは非常に微妙で地方により「イーヨ」,「イヨ」,「イオ」など抑揚が難しい。「ヨ」と「オ」が混合したような発音をする。
 そんな訳で「いおワールド」を字の通り読んでも鹿児島県民でも何のことかわからない。今の鹿児島の若い人は「いお」が魚のことだということさえ知らないようだ。ましてや他県の人がわかるはずがない。
 もうちょっと気の利いた名前がつけられなかったものかと思う。
 だから鹿児島の人は「いおワールド」とはいわず「水族館」と言っている。
     (水族館の中にはこんな生物もいます。↓)


  ザガミ(ワタリガニ)


  クマエビ


  くらげ




英国公使の講演

2005年11月17日 | その他

 昨夜,鹿児島日英協会主催による講演会が市内のホテルであり,駐日英国大使館のマーティン・ハットフル公使の「ヨーロッパ・イギリス・日本について」の講演を聴きに行った。
 公使は,流暢な日本語で,英国は,日本との経済・貿易及び科学技術面で重要視していることを例を挙げながら説明し,また,お互いが良好な友好関係を維持していくためには,政府や大使館だけではなく,市民交流による繋がりのもとでできる共通理解が重要であることを強調していた。





禁煙

2005年11月13日 | その他
人間ドックの肺活量検査項目の一つに一秒率の検査がある。
平成6年だったと記憶しているが,大きな筒状の器具を口にくわえ,一気に息を吐き出すのだがうまくいかず何回も繰り返しさせられた。最後は息を吐くのが苦しくなり,検査結果もよくなかった。
 当時,タバコを一日に50本ほど吸っていたので,これはタバコのせいだと思い,医者からは何も言われなかったが,その日にタバコを止めた。ポケットのタバコをその場で捨て,禁煙宣言をしようと思ったが,これまで何回も禁煙に失敗しており,ふと思い出したのが古い話だが徳川無声氏が唱えていた禁煙方法だった。
 それは,煙草を手元に残し,いつでも吸えるぞという安心感を持って禁煙し,そのことを誰にも言わないことだった。箱に残っているタバコとライターを職場のデスクの中のすぐ見えるところに仕舞い,「俺は,また,いつでもタバコは吸えるのだ」という安心感のために手元に残した。そして禁煙することは誰にも言わないで実行した。吸いたい衝動にかられた悪魔がやってきたら,あえて引出しを開け,「ああここにあるある何時でも吸えるから今は止めておこう」と眺め,心を安心させていた。
 一年近くが経った頃,転勤を命ぜられ,机の整理のときにあの時のタバコ5本とライターに感謝を込めてお別れし,今日に至っている。あれから10年以上経ったので肺は綺麗になっていると思うが,実に高級乗用車一台分を煙にした勘定になっていた。
 その昔,私がヘビースモーカーだったことは今は誰も知らない。

ここから発信!!

2005年11月09日 | その他
 居間兼食堂兼応接兼パソコンまで持ち込み遊びの場所まで兼ねているリビングの片隅の狭いスペースから発信している。そして,私は何時もこの部屋で本を広げ,新聞を広げ,テレビを見たり,他の部屋から必要なものを持ち込み散らす人。だから何時も小言を言われ,またまた言われても懲りもせず又散らす。こんな我侭の繰り返しである。
 いや~悪いと思っているよ! 奥さん。 いつもありがとう。

たかがさつま芋されどさつま芋

2005年11月06日 | 
  写真は新作のさつま芋の料理

 今年は前田利右エ門がサツマイモを沖縄から持ち帰り薩摩藩に伝えてから300年ということで各地で「さつまいも伝来300年記念」行事として各地でいろんな催しものが開催されている。日本各地で300年という長い間には多くの飢饉に見舞われた歴史があるが,薩摩藩ではサツマイモのお陰で大飢饉には至らず民衆が飢えずに済んだといわれている。私も終戦後の食糧難の時代,田舎で子供ながらに畑を耕し,さつま芋のお世話に成りすぎ,若いときは,見ただけで拒否反応のほうが先にたたち敬遠していた。
 県民交流センターで行われたフェスティバルを覗いてみた。なんと何と芋の種類の多い(120種)こと,そして加工品と料理の多さにも驚きである。工夫次第で無限に広がり,やがては宇宙食にまで発展させようと頑張っている。
 さつま芋さつま芋と侮るなかれ,たかがさつま芋されどさつま芋 なのだ。
  

ジャンボさつま芋 左18㎏ 右16㎏



さつま芋の花



鹿児島では30種位栽培されているがその中の代表的なさつま芋



芋焼酎100本の勢揃い





病院嫌い

2005年11月04日 | その他
 五十肩を40代後半に患ったことがある。このときは左肩だったが,今年の春からあの時と同じような症状が右肩に出てきた。あの時は赤外線ランプで肩を温めると云う治療を施し,時間がたたないとよくならないとのことで完治までに一年くらいかかったと記憶している。今度は病院にも行かず自分で自己診断し五十肩と決め付け,まだ冬でもないのに桐灰カイロで温めている。
 さて原因はとなると,職場と自宅でのパソコンの使いすぎと姿勢の悪さにあると思う。これが原因ではと。これも勝手に自己診断している。五十肩は前回と同じく時間が経つのをひたすら待つしかない。あと半年待つのだぞ。とにかく病院に行くのは嫌いである。
 でも定期健康診断と人間ドックだけはマジメに受診している。


青春に万歳

2005年11月02日 | 行事
昨夜創立40周年を迎える鹿女短の文化祭を観に行った。
いまどきの若い子はとよく口にするが,なかなか見捨てたものはない。
大学生の活動であるので自主的に自分たちで創意工夫してやるのは当然であるが,短期間に立派にこなしている。そして幕間もスムースに観客を退屈させずに進め,観客もまるで一流のコンサートに出かけたときのように静かに熱心に観賞し惜しみない拍手をおくっている。
彼女たちの創意工夫と練習の努力そして青春のひと時に打ち込む真剣さに拍手をおくりたい。