松尾芭蕉は、なぜ「芭蕉」なのだろう?
調べてみたが、俳号の由来は不明だった。
では「芭蕉」にはどういう意味があるのか?
そもそも「バショウ」は、バナナと同じ「バショウ科」の植物。
大きな葉を持ち、花や果実はバナナとよく似ているが、実(み)は
食用に適さない。中国原産だが、英名を「ジャパニーズ・バナナ」
と言うから、日本の植物として固有のものらしい。琉球諸島では、
葉鞘の繊維で「芭蕉布」を織り、衣服に利用していた。
伊藤若冲の絵も有名だが、日本的情景には馴染まない植物だ。
能の「芭蕉」は世阿弥の娘婿、金春善竹の作。善竹は一休の
もとに参禅し、その影響を強く受けていた。しかし、一休は
禅宗だが、能楽師は浄土宗、時宗である。観阿弥、世阿弥は、
「阿弥陀信仰」の阿弥号なのだ。
能「芭蕉」の内容は、「芭蕉」という植物の精が現れ、人間
同様、植物でも「成仏」したいと願い出るというもの。
「万物悉皆有仏性」。人や動物だけでなく、植物にも石にも
もの皆仏性を有するという「法華経」の思想を説いたものだ。
こうした植物の精が登場する能は他に、梅、藤、桜(西行桜)、
柳(遊行柳)。この四つは、いかにも日本的な風景に合う
植物だが、芭蕉だけは異質だ。
中国では「芭蕉の精が人間に化けて出る」という怪異譚が
あるそうな。(中国の『湖海新聞夷堅続志』)
今川義元は、駿府を発つ際、謡曲「芭蕉」の一節を口ずさみ
出陣し、桶狭間で非業の最期を遂げた。
それから数十年後、駿府は徳川二代将軍秀忠の三男忠長の
所領となった。忠長は兄家光と折り合いが悪く、自死に
追い込まれる。駿府から甲府への改易の知らせが来た時、
忠長は駿府城で「芭蕉」の能を催していたという。
というわけで「芭蕉」は縁起が悪い植物ともされた。
「芭蕉」は、ひときわ大きい葉が人影にも見え、精霊や
妖怪のイメージと結びつけられていた感がある。その
大きな葉の影に隠れるという意味で「隠密」の意味も
含まれていたようだ。
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では「芭蕉」にはどういう意味があるのか?
そもそも「バショウ」は、バナナと同じ「バショウ科」の植物。
大きな葉を持ち、花や果実はバナナとよく似ているが、実(み)は
食用に適さない。中国原産だが、英名を「ジャパニーズ・バナナ」
と言うから、日本の植物として固有のものらしい。琉球諸島では、
葉鞘の繊維で「芭蕉布」を織り、衣服に利用していた。
伊藤若冲の絵も有名だが、日本的情景には馴染まない植物だ。
能の「芭蕉」は世阿弥の娘婿、金春善竹の作。善竹は一休の
もとに参禅し、その影響を強く受けていた。しかし、一休は
禅宗だが、能楽師は浄土宗、時宗である。観阿弥、世阿弥は、
「阿弥陀信仰」の阿弥号なのだ。
能「芭蕉」の内容は、「芭蕉」という植物の精が現れ、人間
同様、植物でも「成仏」したいと願い出るというもの。
「万物悉皆有仏性」。人や動物だけでなく、植物にも石にも
もの皆仏性を有するという「法華経」の思想を説いたものだ。
こうした植物の精が登場する能は他に、梅、藤、桜(西行桜)、
柳(遊行柳)。この四つは、いかにも日本的な風景に合う
植物だが、芭蕉だけは異質だ。
中国では「芭蕉の精が人間に化けて出る」という怪異譚が
あるそうな。(中国の『湖海新聞夷堅続志』)
今川義元は、駿府を発つ際、謡曲「芭蕉」の一節を口ずさみ
出陣し、桶狭間で非業の最期を遂げた。
それから数十年後、駿府は徳川二代将軍秀忠の三男忠長の
所領となった。忠長は兄家光と折り合いが悪く、自死に
追い込まれる。駿府から甲府への改易の知らせが来た時、
忠長は駿府城で「芭蕉」の能を催していたという。
というわけで「芭蕉」は縁起が悪い植物ともされた。
「芭蕉」は、ひときわ大きい葉が人影にも見え、精霊や
妖怪のイメージと結びつけられていた感がある。その
大きな葉の影に隠れるという意味で「隠密」の意味も
含まれていたようだ。
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