現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

小説 『虚無僧おどり』 ⑤虚無僧の死

2013-01-24 20:00:57 | 小説「虚無僧踊り」
「ショートストーリーなごや」に応募した作品では、この第五章
「虚無僧の死」についてはカットしました。

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五、虚無僧の死

 
 その新聞を見て、祖母も母もあきれた。
「本当に困った子だよ。夏美は・・。 いったい誰に似たのかね」と
母が言うと、「父親の血だよ。まったく何をしでかすことか」と
祖母がぼやく。そこへ電話が鳴った。また取材の電話かと、
夏美が出ると。

「モシモシ、こちら西尾警察ですが、山本夏美さんはおられますか」
「エッ、ケイサツ?」。その声に母も祖母も何事かと耳をそばだてる。

「はい、私ですが」
「山本夏美さんですね」と相手は念を押してきた。
「神谷武雄(たけお)さんという人を ご存知ですか?」
「・・・・・・・・・・・」夏美は しばらく無言でいた。
「あの、神谷武志(たけし)なら、私の叔父ですが」
「いや、神谷武雄(たけお)さんです」
「神谷武雄なら、私の父ですが・・・・?」
「そうですか。いや、まことにお気の毒ですが・・・」と 間を置いて
電話の向こうの声は、事務的に「昨夜、轢死体で発見されました」

夏美は何のことかわからなかった。
「歴史体ですか?」
「はい、どうやら轢き逃げされたようです。場所は西尾市の八面山です」
「ちょっと待ってください。父でしたら、もう十五年も前に亡くなって
いますが」

「えっ!?」今度は相手が 戸惑った様子だった。そのやりとりを
聞いていた母が、立ち上がって、夏美から受話器をとりあげた。
「はい、夏美の母ですが、代わってお聞きします。はい・・・・、
はい・・・・・・・・・・・。 はい・・・・・・・・・・・・・」。 祖母も聞き耳をたてて
聞こうとしていたが、そこからは、母の「はい」しか聞こえなかった。

母が受話器を置くと、夏美は「一体何があったの?」と詰め寄った。
母はしばらく黙りこくって電話機を見つめ、それから静かに腰を下ろした。

「ねぇ、どうしたの、何があったの」と、夏美が迫ると、母は
静かに口を開いた。
「お前の父さんが、亡くなったんだって」
「どうゆうことォ?。私のお父さんって、私が三つの時に死んだんじゃ
なかったの」
「まだ、生きていたのさ」
もう、夏美の頭の中は 真っ白になった。祖母が口を開いた。

「お前の父さんはね、神谷家から うちに養子にきたのさ。うちは
呉服屋だったんだけどね。遊び人でさ。尺八にふけって、家業を
まともにやらないもんだから、お店潰してね。母さんと離婚して
出ていったのさ。それで、私は取引のあった貸衣装の田中さんの
店で働かせてもらうことになり、おまえの母さんは、保険の仕事を
始めたのさ。母さんは、お店の借金の返済と、おまえを育てるので
そりゃ大変だった」。

 そうか、そうだったのか。夏美は子供の頃をあれこれ思いだした。
学校から帰っても母も祖母もいなかった。そういえば、自分が
尺八を習うと言った時、祖母も母も猛反対した。武志叔父さんが
「血だね」と言った意味も、今ようやくわかった。自分の体の中に
まぎれもなく父親の放蕩の血が受け継がれている。向こう見ずで、
他人とちょっと変わったことが好き。思いこんだら、何もかも
ほったらかして夢中になる。虚無僧や尺八にも魅かれるDNA。

「私はお父さんの血を受け継いでいるのだ」。夏美は、あの時
首塚で会った虚無僧は父だと確信した。その虚無僧が死んだ?

「ねぇ、それでさっきの電話何だったの?。警察は何て言ってたの?」
「あぁ、西尾の八面山というところで、轢き逃げ事件があったんだって。
どうやら、暴走族にやられたらしい。警察は、今犯人を捜索中だけど、
被害者の持ち物の中に、おまえの名前と住所と電話番号を書いた
メモがあったんだって」。

 しばらく、沈黙が続いた後、祖母がまた口を開いた。
「それで、どうするね」
「どうするって、私は、もう離婚してますからね。関係ありません」
母はきっぱりと言った。
「そうかね。あんたはいいけど、夏美は血のつながる相続人だがね」

「!?」。夏美は、祖母の言葉に、事の重大さを感じた。
そうか、父は、母や祖母にとっては“悪い人”だったかもしれない。
でも、私は父の子だ。「虚無僧踊り」を通して得がたい経験を
積むことができた。

「私、武志叔父さんに連絡して、二人で西尾警察に行ってくる」

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 西尾までは23号線で1時間半。車の中で夏美は武志おじさんから
父のことをいろいろ聞くことができた。父と母は大学で知り合い、
相思相愛の仲になったが、母は山本家の一人娘、父は神谷家の長男。
双方の親に猛反対されたため、二人は駆け落ちして、子供まで
作ってしまった。それが夏美だ。そして双方の親も仕方なく
二人の結婚を認め、父は山本家に養子となり、家業を継いだの
だった。だが、素人に呉服屋の商売はできようもなく、山本の
父から毎日のように叱られ、責められて、父はイヤ気をさして、
店の大金を持って家を飛び出した。それで母とは離婚させられたの
だった。尺八は子供の頃から独学で覚え、学生時代からセミプロ
として活躍していた。その好きな尺八も店を継ぐからにはやめ
させられていた。そして、虚無僧となって放浪の日々だったが、
身寄りは弟の武志だけで、時々訪ねてきていたという。

 西尾警察署で夏美は初めて父と対面した。遺体は複数のバイクに
轢かれたらしく、ズタズタに引き裂かれ、顔もグシャグシャ
だった。所持品は、尺八に天蓋と偈箱、袈裟などの虚無僧用具一式。
それもボロボロに壊されていた。唯一尺八だけが無事だったようだ。

 父親の遺体は、西尾の小さな葬儀屋に頼んで、八事の火葬場まで
運んでもらい、夏美と武志叔父と二人だけで密葬にする手はず
だった。葬儀には母も祖母も来なかった。

 ところが、翌日の新聞に「虚無僧、暴走族を制止しようとして
殺される」と大きく報道され、「虚無僧おどり」の仲間たちが、
夏美の父親と気づいたらしく、メールで連絡しあい、百人を
上回る人数が葬儀場に駆けつけてきた。

 誰が持ってきたか、葬儀場では僧侶の読経の変わりに、あの
「虚無僧おどり」のテーマ曲が流された。夏美の父親は「この世で
最後のオンリーワンの虚無僧」「暴走族を制止しようとした
ヒーロー虚無僧」として、報道関係者も来、烈しいロックの
リズムで送られることとなった。虚無僧として燃え尽きた父には
ふさわしい葬儀だったかもと夏美は思った。

 尺八だけを遺して、遺品はすべて葬儀屋で処分してもらうことに
した。葬儀費用と遺品の処理で 四十万円もかかった。父は戸籍上は
山本家を離縁されても「山本」姓のままだったので、山本家の墓
にも神谷家の墓にも入れない。海に散骨するとしても手続きが
大変とのこと。そこで西尾の○○寺で永代預かりにしてもらう
こととした。その費用が三十万円だった。

 当然 夏見には払えない。武志叔父さんに立て替えてもらった。
夏美は父のただ一人の相続人として、戸籍の抹消から年金の
差し止めなど、いろいろな手続きに翻弄された。
 







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