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WAN HAI 307 vs ALPHA ACTIONの衝突事故 (共同海損事件 VOL.29)

2007-10-07 06:44:05 | 共同海損事件
 前回、VOL28までで、共同海損発生に伴う特異な事例、「事件発生の過程で海没してしまうような事例」、また、「権利放棄貨物の取り扱いに関する事例」を取り上げてきた。
 その他に、共同海損精算手続きを簡素化するための「特別な取り扱い」もありうるため、このVOL.29において、その事例を取り上げることとする。

 国際物流の対象となる貨物は多種多様である。具体的には、次に列挙するような貨物である。

①商用貨物
 まさに、国際貿易の舞台における主役で、国際貿易契約に基づき、輸出国から輸入国へと輸送されていく貨物である。
 今回のコンテナ船"WAN HAI 307"号で輸送された貨物の太宗は、この商用貨物であると考えてよい。
 
②特異な商用貨物
 国際貿易の流れに乗り、商・製品が売買されていく過程で、「規格外商・製品」が売買される可能性もありうる。
 その際に、買い手荷主は「規格外商品である」として、返品することがある。私たちが、店舗で商品を購入する場合に、「自分が購入しようとした商品とは異なる」として、返品を申し入れ、返品するのと同じことが国際貿易の場においても発生する。

③個人の家財(引越荷物)
 日本の企業も世界各国に製造工場を展開したり、販売拠点を展開したり、事務所展開を図り事業拠点を展開したりする。また、外国企業が日本に拠点進出したりする。
 その際に、当然のことながら、人事の配置転換等により、海外に引っ越していく人、また、日本に引っ越してくる人、といった人の流れがあることになる。
 このような人の流れに伴い、個人の家財が、国際物流の対象貨物となることがある。

●共同海損は公平分担が基本

 共同海損制度の基本原理は、「全ての救われた財貨で共同海損として認定された費用を公平に分担すること」である。
 従って、この基本原則論との兼ね合いで、積荷貨物の種類による区別はありえないことになる。少なくとも、仕向地本船荷卸し時点における
「全ての財貨の価値」を算定し、「公平な分担計算」を加えるというのが本来の筋である。

 しかし、共同海損の制度も、ひとつの「経済的な精算制度」であり、そこに「経済合理性の考え方」が働くことはありえ、それをもって「基本原則の筋論が曲げられた」と否定しなくても良い局面はある。

 例えば、「何十億円という共同海損費用を何百億円という分担すべき財貨に割り振っていく際に、たまたま、財貨価値1円の貨物に割り振りするのを漏らした」としても、大勢に影響はない。
 このような場合に、「商品価値が1円のものについて共同海損精算の枠組みの外側に出してしまう」、つまり、「共同海損精算の過程で無視する」という基本的な考え方を立て、精算処理を進めていくという手段をとることがあり得る、ということである。
 
●共同海損精算人が立てた貨物に対する基本精算処理方針

 今回、共同海損生産人として指名されたRichards Hogg Lindley Hong Kongは、貨物に対する共同海損精算の基本処理方針を次のように設定した。

 つまり、次に掲げる貨物を共同海損を精算する際の、共同海損費用の分担精算を求める対象からはずすとした。
○個人の家財(引越荷物)
○Return Cargo(返品に相当する貨物)
○商業送り状(Commercial Invoice)の価額がUS$1,000.00以下の貨物

 次に共同海損精算人がプランし、船主または船会社の了解を得て進めている、上掲の「基本処理方針の合理性・妥当性」について検討を加える。

○個人の家財(引越荷物)を除外する合理性はあるか?

 個人の家財は、それを所有する個人にとってはかけがいのないものである。家族の歴史を示す写真であったり、日常的に生活の中で使用するものであったり、その個人が大切にしているという観点から、特に、使用価値という観点から「価値」が認められる。
 しかし、商業貨物のような「金銭」を媒体手段にする「交換価値」という面から「価値」があるかとなると疑問である。

 もちろん、「中古市場」が形成されているところから、しっかりと費用をかけて調査することにより、「交換価値としての経済価値」の算定は可能と考えられる。
 しかし、その「調査のためのコストをかけて算定する価値があるか」となると疑問が残る。
 そのために、共同海損費用として認定されるであろう調査費用が積み重なることが確実な中、その見返りについては「あるかないか」も含め、見込みが立たない。
 以上のように考えると、「発生する共同海損費用およびコストが確実視される中でそのリスクをとらない」との判断、つまり、「個人の家財(引越荷物)を共同海損精算対象に加えない」との判断は、経済合理性をもち得るということになる。

○Return Cargo(返品に相当する貨物)を除外する合理性は?

 商・製品の返品は、「品質等が規格外」等の理由で、買い手受荷主が売り手出荷主に「輸入した貨物を返還、返品する」というものである。
 従って、これから決済される予定であった金銭の支払は、当然のことながらなされない。また、既に貿易決済が完了している場合、受領した金銭は返金されることになる。

 以上のように、返品とは「交換された商・製品が"交換価値がない"として、元の生産者に返還される」ことを意味する。
 従って、「交換価値」としての経済価値がない、とみなすことが理論的に可能となる。
 「個人の家財(引越荷物)」について、「交換価値を前提にした経済価値の確定が困難」であるのと同じように、この"Return Cargo"についても、「交換価値を前提にした経済価値の確定が困難」である。

 従って、共同海損精算人の立てた基本方針は、この点でも合理性にかけるとはいいがたい、ということになる。

○Commercial Invoiceの価額がUS$1,000.00以下の貨物

 「共同海損は公平分担が基本」の項目の中で、「金額が極めて低い場合、精算対象から除外しても、手間を省くことにつながり、同時に大勢に悪影響が出ない」点について説明した。
 この、"WAN HAI 307"号の衝突事件に伴う、共同海損事件に関する記事のVOL.3で既に説明したように、共同海損費用全体を分担する経済価値は、概算ベースで、320億円程度であることについて説明済みである。

 ちなみに、US$1,000.00が320億円に占める割合は0.000003125%である。US$1,000.00以下の商用貨物が、件数面で量的にどの程度あるかということになる。しかしながら、仮に10000件あるとしても、全体に占める割合は0.03125%であり、大勢に影響しないことが容易に推定されるところである。

 以上のように、共同海損精算人がプランし、船主および船会社の追認を受けている「共同海損精算の基本処理方針」のなかの、どのような財貨を加え、どのような財貨を除外して、精算手続きの簡素化を行うかという点については、合理性、妥当性の範囲内にある指摘できる。

 これで、VOL.29を閉じ、事件の中で発生する特異事例、共同海損精算の簡素化との観点から、特異な取り扱いを受ける事例に関する説明を終わることとする。
 次回、VOL.30以降で共同海損の処理過程でNVOCCが遭遇する課題について、検討を加えていくこととする。
 Written by Tatsuro Satoh on 7th Oct., 2007

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