牧野 愛博:
朝日新聞外交専門記者。1965年生まれ。57歳。
大阪商船三井船舶(現商船三井)を経て91年、朝日新聞入社。瀬戸通信局長、政治部員、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長、編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)などを経て、21年4月から現職。
著書に『絶望の韓国』(文春新書)、『金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日』(講談社+α新書)、『ルポ金正恩とトランプ』(朝日新聞出版)、『ルポ「断絶」の日韓』(朝日新書)など。
「今日は、スンツーのアート・オブ・ウォーを講義する」。
今から20年ほど前、知人の元自衛隊幹部が、米東海岸のロードアイランド州・ニューポートにある米海軍大学で受けた講義のことだ。
「スンツーって誰だ」と思いながら、受講していると、講師が「戦う前に敵をよく知ること、自分を相対化して見なければならない」と言ったところで、気がついた。
「敵を知り己を知れば百戦してあやうからず。スンツーのアート・オブ・ウォーって孫子の兵法(注1)のことか」
(注1)孫子の名言 10選「兵は詭道なり」
https://sonshi-heihou.com/%E5%AD%AB%E5%AD%90%E3%81%AE%E5%90%8D%E8%A8%80/
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米海軍でおなじみと言えば、「海上権力史論」で有名なマハン
や、「戦争論」のクラウゼヴィッツ
などが挙げられるが、逆に誰でも知っていて食傷気味だ。
米海軍大学は中国人民解放軍の学生は受け入れていないが、その理論には注目していたらしい。
元自衛隊幹部は「戦う前に敵の見積もりをきちんとするというやり方は戦後、米軍から入ってきた」と語る。確かに旧軍は、米軍の保有する艦船の数などには敏感だったが、巨大な工業生産力への視点がついついおろそかになった。
太平洋戦争では、米軍が中部太平洋の戦略的拠点を落としながら、日本本土に迫るという「飛び石作戦」を予見できなかった。米軍が無視した島々に上陸した日本軍将兵が多数、飢餓や疫病で苦しみ、多数の戦没者を出す結果を招いた。

どうして、知人がこんな話を紹介してくれたのかと言えば、菅義偉首相の「卒業旅行」が話題になったからだ。
菅首相は退任直前の9月24日、ワシントンで日米豪印の安全保障対話「QUAD」の初めての対面による首脳会談に臨む。

これに対して、野党やメディアの一部で「卒業旅行だ」「花道だ」という批判が飛び交った。だが、日本外務省や米国務省の関係者に言わせれば、「バイデン(米大統領)の都合によるものだ」という。
バイデン政権は今、中国との対峙に全力を挙げている。
強い非難を浴びながら、8月末にアフガニスタンからの米軍撤収を完了したのもそのためだ。QUADの4カ国首脳は3月のオンライン会議の際、
「今年末までに、対面での首脳会議を行う」と約束したことを公表している。実現できなければ、中国に対して「弱腰」という誤ったメッセージを与えかねない。
関係者の1人は「モディ(インド首相)もモリソン(豪首相)も9月中旬にニューヨークで行われる国連総会に出席する。
この機会を逃すと、いつ4首脳が集まれるかわからないから、強行した。
日本の首相の都合は関係ない」と解説する。そのうえで「花道論とか卒業旅行という発想は、日本中心の発想でしかない。批判するなら呼びつけた米国に向かって言うべきだろう」とあきれた。
同じことは、最近、北朝鮮が発射した長距離巡航ミサイルにも当てはまる。北朝鮮が、日本のほぼ全域が入る「1500キロを飛行した」と発表したことから、日本メディアのなかで「日本が危ない」という声が渦巻いた。
だが、別の元自衛隊幹部は「あれは、どうみても韓国の施設を狙った兵器でしょう」と語る。
だが、別の元自衛隊幹部は「あれは、どうみても韓国の施設を狙った兵器でしょう」と語る。
巡航ミサイルは事前に飛行経路の地形を入力したうえで、GPAを使って位置を補正しながら飛行する。
スカッドミサイルなどの半数必中界(CEP)が近年、劇的に向上したことから、北朝鮮は、米国か中国のGPSサービスを利用しているとみられている。
ただ、北朝鮮のレーダーは地上設備くらいしかなく、水平線のかなたにある日本の目標を捉えることはできない。
自前の衛星もないので、電波が届かない日本近辺でミサイルを操縦することもできない。
北朝鮮が、都市建設が活発な日本の地理情報をリアルタイムで把握しているとは考えにくい。
艦船のような動く標的はもちろん狙えないし、都市の間を縫うように飛行するのも難しい。そもそも、旅客機程度の速度だから、空対空ミサイルなどで撃墜できる。
元幹部は「1500キロの意味は、敵の攻撃を受けにくい中朝国境地域から発射して、地理情報に明るい韓国の標的を狙うという意味でしょう」と語る。

どこの国も当たり前だが、自分の国が主人公だという錯覚に陥りやすい。
欧米諸国が大西洋を、日中韓などが太平洋を中心にした世界地図

を、それぞれ使っているのが良い例だ。
先の知人は「お陰で、欧米の人間は地図の端っこになる南太平洋諸国の位置をうまくイメージできないみたいだ」と語る。
韓国も近年の国際会議で、インド太平洋の問題

を議論する各国を尻目に、北朝鮮問題ばかり取り上げて失笑を買っている。
日本もエズラ・ボーゲルが著した『Japan as Number One』が大いに引用された1990年代まではともかく、今の時代に至っても、日本中心主義では世界から取り残されることになりはしないか。
日本もエズラ・ボーゲルが著した『Japan as Number One』が大いに引用された1990年代まではともかく、今の時代に至っても、日本中心主義では世界から取り残されることになりはしないか。
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