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Cogito

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2006-01-27 12:24:55 | 

玉姫酢というのを頂いた。さっそくなめてみると、つんと来る酸っぱさはなく、まことにまろやかで美味しい。むしろ甘いくらいだ。表示を読むと京都の小さなメーカーで、酢は2、3年置いたほうが美味しいと書いてあった。なら、少し多めにとって、みんなにも分けてあげようと、電話をしてみた。なかなかつながらなかったが、やっとつながったと思ったら、新規申し込みは受け付けていないと断られてしまった。理由は主が病気で、生産が出来ないので、少しずつある分を申し込みのあった人達に送っているとのことだった。まっ、仕方がない。どうしてもなければならないものでもないので、「お大事に」と言って電話を切った。WEBで探すと、なるほど限定ものと書いてある。こういう事情だったのだ。

同じく京都の千鳥酢がブログに載っていて、ロビンソンで売っていたので買ってきてみた。まろやかさは玉姫酢の方が上。

よくデパートで酢を勧められる。いつも断って口にすることはない。健康のために酢を飲むように加工されているらしい。そういうものは私は絶対に買わない。へそ曲がりもいいところだ。美味しいものはほしい。とはいえ、行列に並んで買ったり、食べたりするようなこともしない。なんか子どものころの配給のトラウマが未だに残っているようだ。

酢の物は好きである。消費者運動をしていたから、物の品質は知っている。日頃、質の悪い酢は使ってはいないが、それでも美味しい酢との出会いはいい。玉姫酢は無理としても他にも美味しい酢はあるだろう。美味しい酒がこれだけあるのだから。道楽をしてみるか。

大根をことこと煮て、たっぷりのダシをしませ、ふろふきにした。味噌は赤味噌を練った。美味しいね。冬の食べものだね。これにはお酒が合うなぁ。


気持ちですね

2005-11-29 20:27:31 | 
外出から帰ってくると、宅配の不在連絡表が郵便受けに入っていた。小玉醸造さまからとある。小玉醸造は私のお気に入りの日本酒「天功」の醸造元である。秋田県、今度合併して潟上市となったが飯田川にあり、男鹿に行ったついでに、訪ねて行ったことがる。お届け品は味噌となっている。小玉醸造は日本酒と平行して「ヤマキュウ」という商標で味噌やしょうゆも醸造している。味噌もここのを使っている。でもお味噌は先月買ったし、注文していないんだけど、と半信半疑で再配達されるもを待っていた。届いたのはお味噌。しかしそれは蔵元からのお歳暮だったのだ。これにはびっくり。さらに同封されていた手紙を見て、う~ん、と感心してしまった。小玉醸造との付き合いはまだ1年半くらいにしかないが、お酒は贔屓にし購入している。

このお味噌は今年度の秋田県味噌品評会出品用醸した味噌で、品評会用に原料を吟味、仕込みにこだわり、小さな桶で職人が手作りしたもの。少量なので販売することができず、お送りさせていただいた、と次第書きが入っていた。

物がほしいわけではないが、お得意さんを大事にするこういう心遣いは感じ入る。うん、これからも愛用させてもらいますよ。


気持ちと言えば、ずいぶん前になるが、紀州を旅したことがある。そのとき鳥羽で鳥羽国際観光ホテルに泊まった。フリの客だった。それからずっと、鳥羽国際観光ホテルのご案内が年に2度ほど届くようになった。何年続いているのだろうか。それ以来、鳥羽に行く機会がなく、行きそびれているが、案内を手にするたびに、鳥羽、いや鳥羽のみならず近くに行ったら、絶対ここに泊まろうと思っている。


農から見た日本

2005-08-26 23:08:42 | 
「農から見た日本」 山下惣一著 清流出版

山下さんは私と一歳違いだ。だからバックにある社会情勢はよくわかる。
消費者運動をしてきたので、戦後の農業政策を私もかなり知っているし、山下さんの農政批判もうなずける。ただ一言言いたいのは、山下さんの努力は知ってるけど、消費者からみれば、そういう農政を支持し助長させてきたのは、農民の力が大きかったということだ。踏みつけられながらも、そういう農政をしようとする政権を支えてきたのはどういうことなんだい、と。

しかし語り口が軽妙なので、実はほんとに厳しいことなのだが、すらすらと笑いながら読んでしまえるのは怖いところだ。
私は以前から、人間は食べなければ生きていけないのだから、農業をダメにするわけにはいかない。採算が合わなくても農業は残すべきだと思っている。それは未来に生きる日本人のためにも。

山下さんは20代で開墾してみかんを育て、50代で国策で切り払ったそうだ。人生を切り払ったようだったという。そうだろう。みかんを日本人が食べなくなったのは、家族の団欒がなくなったからだと山下さんは分析する。これにはうなってしまった。

日本の農業がダメになっても、国民が飢えてもかまわない。とはいえ自分は農業はやめない。ただ家族の食い扶持だけを生産するからいいのだ、と、山下さんは言う。逆説的だが、そうだよなぁ、そういいたくもなるだろうよ。
普通の消費者にとって生産者は遠い存在だ。最近スーパーなどで「私たちが生産しています」なんて書いた紙がぶら下がっている商品を見ることはある。でも生産者は消費者にとってまだまだ近い存在ではない。

どんなにワリが合わなくても自国の農業はつぶしてはいけないんだよ。国民の認識がそこにたどり着かなくては、農業を残すことはできない。要するに戦後のような食物不足、飢えをいつかは体験しなければならなくなるということだ。

山下さんは提案する。これからの日本の農業のあり方は「地産地消」だと。地域が地域農業を支えるのだと。うん、うん、私たちもやっているよ。生産者とじかに結びついている運動を。

文中にネグロスのことが書いてあった。山下さんは世界のいろんなところの農業視察をしている。その中で一番ショックを受けたのがこのネグロスだった。「21世紀の闇だ」と彼は言う。ネグロスはサトウキビの島。地主は島の外にいて、砂糖が暴落すれば砂糖の生産をやめ、海老養殖に切り替える。労働者は土地を持っていない。その都度飢えに苦しむことになる。土地なし住民が自作できる土地を買える手助けになるように、NGOを通して私たちも、バナナの購入をしていた。ネグロスのマスコバド糖は今も使っている。反政府ゲリラがいるといって、関係ない農民が政府軍に殺されていた。そこで当時のコラソン・アキノ大統領に私自身が手紙を送ったこともある。解放運動はまだまだ続いていて政府の解放証明書も発行されているようだが、29歳の農民の青年が私兵に銃殺されたそうだ。

もちろん電気も台所もない。同じく電気もないカンボジアでは自作農が多い。二つを比べたら、電気のないことなど屁でもない、と山下さんはいう。

山下さんの言いたいことをまとめると、
①特定の地域で農業生産が増大しても、世界の飢餓の解消にはならない。農産物の貿易は余っている国から不足している国にへではなく、安い国から高く売れる国にしか動かない。

②國際競争に勝って生き残れる農業など世界中に存在しない。

③したがって、先進国では、自国の農業を守るという国民合意がない限り、農業は守れない。

日本の食物自給率は下がる一方。穀物自給率も下がる一方。先進国では最低だ。
もう一度国民みんなで考えよう。このままでいいいのか。これで安心なのか。







スイカ

2005-08-19 23:58:16 | 
スイカ、やはり西瓜と書いた方がしっくりする。子どものころは西瓜が大好物だった。なのに、同じウリ科のメロンは嫌いで、みんなから「変なの」と言われている。いまでも西瓜は嫌いではないが、食べることはあまりない。食べたいと思うこともあるにはあるが、冷蔵庫に入らないのであきらめている。子どもたちがいたときは大きな西瓜を買ったものだが、いつしか西瓜といえば小玉西瓜となり、それもまれにしか口にしなくなってしまった。だから外国でデザートに西瓜があると喜んでいる。

久しぶりに大きな西瓜を買ってきた。当然、冷蔵庫には入らない。バスタブに水を張り、浮かしておいたが早く食べたいので半分にして冷蔵庫に入れた。その大きな西瓜を一人で食べている。一切れが大きいので、それを食べると他のものが食べられない。ご飯代わりといってもいい。夏の疲れが出てきてたらしく夏バテ気味で食欲が落ちているので、西瓜は食べやすく、水分や糖分の補給になってくれている。
以前のアヒルは西瓜を喜んで食べたのに、いまのがあちゃんは食べない。ウサギも喜ばない。なんか最近の子どもたちみたいだ。

西瓜の歴史をたどってみよう。
スイカはアフリカのカラハリ砂漠原産で、古くから栽培されていた。4000年前の古代エジプトの壁画にものこされている。エジプトでは種子を食用としていた。

その後、地中海沿岸、中央アジア、中近東へつたわったが、ヨーロッパには17世紀になってつたえられた。中央アジア、中近東、ロシア南部では水の代わりとして飲料にされ、飼料にももちいた。果物としての利用は地中海沿岸地域ではじめられた。

11世紀ごろ中央アジアをへて中国にはいり、西からきた瓜(うり)ということで西瓜とよばれた。日本へは16世紀に渡来したと思われる。現在栽培されている品種は明治中期になって、導入された中国や欧米の優良品種を改良したものである。

北海道の当麻町特産だと言うが、釧路でも売っていた、デンスケ西瓜という皮が黒い西瓜がある。とっても値段が高いが美味しい。でも、どういう由来だかは知らない。

西瓜と言えば思い出すのはスリランカ。スリランカの西瓜はそれほど美味しいとは思わなかったが、ヌワラエリヤの道端で売っていた楕円形の大きな西瓜を抱えてホテルに帰った。そんな客はいないのだろう、フロントもベルボーイもにこにこして眺めていた。その西瓜はこれから訪問するオタクへの土産に買ってきたものだった。






試してみたら

2005-07-19 23:24:02 | 

以前から山形の生産者からサクランボを産直している。知人が生産者と結婚したので、支援もかねてとっている。

テレビでサクランボ生産者のところを訪問していた。そのとき、生のサクランボの保存法として、紙袋にいれ、更にポリ袋にいれ、冷蔵保存すれば半月はもつ、と言っていた。いいことをきいた、とばかり、さっそくやってみた。

生のサクランボ500gをポリケースから出し、そのまま紙袋にいれ、それをポリ袋にいれ、さらにもう一枚ポリ袋でおおい、冷蔵保存した。半月あまり保存した。18日、パーティだったので開けてみた。大丈夫、熟れすぎもせず、果実はかたく、みずみずしい。しかも、むしろ甘くなって、美味しくいただけた。これはいい。これは覚えておこう。で、ここに書きとめておく次第。

毎年、我が家のサクランボも5月の連休の時に熟す。これは収穫してワインで煮て保存しているが、あれも生のまま保存してみよう。来年こっちもやってみよう。