Cogito

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今日も雨

2019-04-30 10:00:54 | 日記

というと連続雨みたいだが、昨日、一昨日はお天気。で、精を出して敷布やまくらカバーなど大きなものを洗った。台所のカーペット類も洗った。そのせいか、風邪がまたぶり返したみたいだ。

とにかく持続性がなくなった。早起きのせいもあって、たいていのことは9時前までに終わってしまう。いつもなら、ケーキの二つぐらい簡単に仕上げたが、この調子では嫌になるだろうと2日かけて、オレンジのババロアケーキと抹茶のケーキを仕上げた。シフォンも味みにドルチェと特宝笠の2ケ分をつくった。これはスズメ用にもなるから。鳥のエサをやってもシフォンの味を覚えてしまったらしくスズメどもが頂戴頂戴とうるさい。イソヒヨドリも来始めた。いつものように当然の顔をして、投げるのをキャッチしているが、あれはこどもかな、来るには来るが、投げると逃げてしまう。

桐の花が濡れている。八重桜は散ってしまった。

昨夜ガーナが小さなネズミを捕ってきて、台所で逃がしてしまった。ネズミは冷蔵庫の後ろに逃げた。やだなァ、ガーナ、責任持てよ!夜中に廊下でドタバタする音が聞こえた。もしかするとネズミが出てきて捕まってしまったのかも。おそるおそる、廊下や台所を見たがネズミの遺体は見えなかった。まだ生きているのかも。時々こたつの中で腐っている。で、こたつも覗いてみたがわからなかった。頭を下げるのがつらい。肩も張っている。見えなかっただけで、廊下の隅で、子ネズミは死んでいた。

 

写真は桐の花。高いところに咲いているので、アングルはいまいち。

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雨だ~

2019-04-26 09:19:44 | 日記

しかも寒い。昨日暖かだったので灯油を入れそこなったので、給油しようとしたらポンプが言うことをきかない。電池切れらしい。そこで電池の交換をしようとしたら、単3のストックがない。電池を切らすなんてなかったこと!前まで行って手動のポンプを借りてきてもいいのだが、雨だし寒いから行かずにいる。

 

新しい薄力粉「特宝笠}(トクタカラガサ)でシフォンを焼てみた。ほほう、すごく軽い。ドルチェでも感激したけど、この味もビックリ。薄力粉は一番グルテンが少ないのはスーパーヴァイオレット、その次はこの特宝笠のようだ。

昨日スズメが何度も私の姿を見てはやってくるので、そのうち焼いてやるよ、う~ん、新しい粉を試しても見たいし、と重い腰を上げて、焼いてみた。分量を測るときから、粉の軽さには気が付いた。

ほかはすべていつもの材料。夜和美さんとスズメにとられちゃうから味見をしようと、切ってみた。なるほどすこぶる軽い。味も美味しい。スポンジ系統はこれを使おう。

 

庭にやたらと、写真のような草がいたるところに生えてきた。とげはいっぱい。白い花が咲いている。花の形は野イチゴみたいだけど、なんだろう。

クサイチゴだった。調べると、これは灌木になるらしい。実も食べられるようだが、とげとげは危ない。で、片っ端から植木ばさみで切った。どうも根茎が横に這って、そこから生えているみたいだ。これは厄介。どうしたもんだろう。

夕方、明日からは混むからと買い出しに連れて行ってくれた。寒かった。毛糸の帽子をかぶって、冬に逆戻りしたみたいだ。生クリームを買い込んできた。

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寒いような、暑いような。

2019-04-25 06:37:12 | 日記

昨日は水曜日だったので、ガラガラにケーキを乗せて、町民センターへ行きながら役場にも行ってきた。工芸室にガラガラを置いて、まずは役場2階へ。やっぱ階段はきつい。先日申請に来た時タクシー券がなかったので、電話で問い合わせると、届けてくれたみたいだけど留守だったということだったので、たぶん、papasanは在宅していたと思うが寝ていたのだろう、申し訳ないので受け取りに行ったのである。2階へ上がるのなんか珍しいから、」大声でおしゃべりしたら、もう一つ用事があったはずだけど、と入り口で立ち止まったが思い出せなくて、そのまま工芸室に行って、荷物を持って帰ってきた。雨粒は時々ぽつりぽつりと落ちてはきたが傘をさすほどではなかった。歩いたので汗をかいた。

家に着くと、もう一つの用事を思い出した。で、役場に電話をした。もう一つはpapasanを社協の集いに参加させたいがどうすればいいか、と聞くことだったのだ。先日は「行く」と言っていたが、果たして行くかどうかはわからないが申請方法は聞いておこうと思っていたのである。担当が、連休が終わったら、介護保険証を持ってきてくれと言ったが、介護保険証はない、私のは去年更新してきたが、papasanの歯必要ないからもらってこなかった。貰ってきておけばよかった。詳しく教えてくれた。来月、そのうちに行ってこよう。その旨、papasanに言うと、行かなきゃいけないの、と言い出した。うふふ、出すまで大変だな。

ちょっとした違和感。電話で担当が私のことを「お母さん」と呼ぶ。「お母さん」なんて呼ばれたことがないので、妙な気がする。親しみを込めているんだろうが、対等感がない。名前で読んでくれた方がいい。

お昼はパスタ。食事をするとうつらうつら。

 

テレビで「フォッサマグナ」をやっていた。途中からだったので、高校生の地理かなと思っていたが、そうではなかったみたいだ。どうして中部山岳地帯が出来たのか。また平野が出来たのか、1500万年前から、300万年前あたりの地形の生成を図を使って説明していた。アナウンスの声が気に入らなかったけど、聞いていた。おもしろかった。そのあと、これも途中からだったが、人類学の番組なのか、縄文と弥生を取り上げていた。これもおもしろかった。

 

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大石芳野さん

2019-04-24 07:39:40 | 日記

日曜美術館は大石芳野さんだったのだが、気が付かずにいた。8時半、テレビ欄を見て「しまった」と慌ててチャンネルを回したのだが、見たのは最後の15分程度。先日和美さんが恵比寿の写真美術館で開かれている大石さんの写真展へ行ってきたばかりだから、様子は聞いているが、これが主題だったのだろう。最後の話題は芳野さんが老婦人を訪ねて、話をしたり写真を撮ったりしていた、その女性がカギのかかった戸棚から出したものは、丁寧に風呂敷につつんだ自画像写真。芳野さんがとってくれた写真を、遺影として作ったものだという。写真の女性は穏やかな言い表情をしていた。芳野さんは遺影写真と一緒に彼女の写真を撮っていた。番組ではこの女性の半生を紹介していたが、途中からなので、どういう人だかはよく呑み込めなかった。やがて芳野さんが、原爆で生き残った人々のその後を追い続けていたことがわかった。老婦人は、その一人だったのだ。芳野さんの表現を借りると、「凛として生きている」人たち。カメラの入ったバッグを肩に、帰る芳野さんに、手を振り続ける女性。とことこと駅までも。心が通い合っている、心温まる、絵になる景色だった。

大石さんは好きな女性写真家の一人である。写真(作品)もよく見ている。

番組の終わりで芳野さんが言った言葉。「自分は写真を通して、ずっと世界の現状を訴え続けてきた。写真で知らせることによって少しでも世界が変わることを願って。だけど世界はちっとも変わらない。訴え方が悪いのではないか。同じ時代に、同じ時間に、苦しんでいる人々がいる。同じ人間として優しい気持ちになれたら、世の中も少しは変わると願っているんだけど」と。

芳野さんのこの言葉が一番胸に響いた。芳野さんの写真を見る人たちには、芳野さんの思いは十分に伝わっている。しかし、芳野さんの作品を見たことのない人の方が多い。

文学を読まない若者も多い。先日、ゲーテを知らない大学生に驚いた。ゲーテをカフェの名前かと言っていた。腹立たしいより悲しかった。大学は単なるパスポート。本を読むよりバイトに明け暮れる。バイトで得た金で遊びまわる。親世代もそう育ち方をして、同じように子どもたちを育てているのだろう。まして、市民権を得てきたとはいえ、まだメジャーとはいいがたい報道写真。休日に行く和美さんは、写真展に若い人が来ていると喜んでいたが、実情はどうなんだろう。

芳野さんには及ばないが、少しでも世の中をよくしたいと努力してきたつもりだが、振りかえれば、同じ思いが胸をよぎる。

でも芳野さんはいう。「死ぬまで、この生き方を続ける。続けるしかない」と。がんばって!

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やだねぇ

2019-04-23 23:55:10 | 日記

スリランカの爆破事件。まず驚いた。なんで~なんで~、スリランカなの?内戦が終わってやっと10年弱。ようやく落ち着き観光客も増え、人々の暮らしもきっとよくなっただろうと喜んでいた。そこへこの爆破事件。教会が狙われた、なんていうと宗教戦争のようにおもわれるが、あの国で、かつて宗教戦争なんて聞いたことがない。スリランカは仏教国、次いでヒンズー、ムスリムもキリスト教も少数派だ。

だんだん全貌が明らかになってきた。イスラム国の関与のようだ。観光のために警備が甘かったのかも、そこを狙われたようだ。ということはどの国でも起こりうる。困ったことだ。

 

宗教戦争と言えば、北アイルランドの問題はまさに宗教対立。イギリスのせいだが。これがアイルランドを合併し、侵略統治したイギリスの負の遺産だ。アイルランドはカトリック。引き換え、イギリスは国教会。クロムウェルのアイルランドへの侵攻虐殺、アイルランドの独立の際、北アイルランドをプロテスタントのためにイギリスの1州にして残した。EU からの脱退だって、北アイルランド問題がネックになっている。

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