蜘蛛網飛行日誌

夢中説夢。夢の中で夢を説く。夢が空で空が現実ならばただ現実の中で現実を語っているだけ。

芳香

2005年09月20日 05時54分07秒 | 本屋古本屋
神保町の小宮山書店が週末になると店の裏の車庫を開放してガレージセールを行っている。並んでいる品物自体にめぼしいものがないので、わたしはめったに覗くことはないのだけれども、それでも一ヶ月に一度くらい気が向くときもあってそんな折にはガレージの中に入ってみる。しかしそこにはものの五分と留まったためしがない。
前に「古書肆」の回で猫の汚物の香り立ち込める古本屋の話を書いた。嗅覚が少々敏感なわたしにはとても耐えられない環境だった。実は小宮山書店のガレージも異臭がするのである。犬猫のそれというのでもない、いささか形容し難い香りが漂っている。あれは古本の匂いではなくてどうもセメントの匂いと他のなにかが混合したもののようだ。これと同じ匂いがじつは東京古書会館地下のホールにも漂っている。新装なった東京古書会館での初めての古書展が開催されたとき、わたしは勇んで出かけたのだが、先ずホールへ降りる階段辺りでこの匂いに気付いた。それは一段一段と下って行く毎に強くなってゆき、ホール入り口前の広間で最高潮に達した。そのときから随分と時間が経っているのだが未だにこの匂いは消えていない。古書展を開催する側はもう少し匂いにたいして気を使ってほしいものなのだが、そんな様子は一向に感じられない。まさか古本屋は匂いに鈍感になってしまっているというわけでもないだろうに。
小宮山書店のガレージや東京古書会館のホールの匂いは論外としても、古本屋に独特の香りが漂っているということは、大方が認めているところだと思う。古書にまつわるエッセーには必ずといってよいほど取り上げられるネタだから。古書店一軒毎に香りは異なるのだけれども、それら色々な香りに共通する何かがある。しかしではそれは何なのだと尋ねられると、返答に困ってしまう。
書痴にとってこの香りは、「猫にマタタビ」と同じくらいの効果があるのだが、これに敢えて逆らっている店もある。同じく神保町の東陽堂などはその一つで、いついっても店内に香が焚かれている。まあ仏教書を専門に扱う店だから、ということもあるのだろうけれど、ここに来るとわたしなどはほっとしてしまう。古書の香りで半分酔っ払い状態になっているところに異質の香りと出会うと、なんだか正気に戻されたような気分になる。しかし香りなら何でもよいというわけではもちろんない。古書店で花の香りや、もつ焼き屋の匂いを嗅ぎたいとは、少なくともわたしは思わない。國書刊行会會の黒っぽい本の並んだ書架を前にしているときにもし金木犀の香りがしたら、と想像しただけで気分が悪くなってくる。
東陽堂で思い出した。むかしむかしこの店に國書刊行会會の甲子夜話(三冊)が棚に並んでいた。三千円くらいなら買ってもいいかな、と裏見返しに貼ってある値札を見ると三千円ではなくて三万円だった。まだ平凡社の東洋文庫からは出ていなかった頃なので、活字本としては國刊のこのシリーズしかなかったためなのだろう。
この前、久方ぶりに西神田の日本書房を覗いたら甲子夜話(三冊)を千円で売っていた。もちろん、購入した。

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