koshiのお部屋2

万年三歳児koshiの駄文のコーナーです。

夏を聴く

2008年08月21日 23時01分48秒 | 音楽

今日は,本州一帯広い地域にわたって雨雲が停滞したのか,朝から強い雨が降り,気温は20℃を切った。
北国の短い夏は瞬く間に過ぎ,秋風の立つ日も遠くないかもしれない。
尤も,厳しい残暑が来月半ばまで続くとは思うが,夏の終わりに久々にアンプに灯を入れる。


この季節,暑苦しい曲は聴きたくない。
以前も述べたが,音楽もサッカーもF1も,基本的にラテンよりゲルマンかアングロサクソン系が好みなのだが,くそ暑い真夏日にベートーヴェンを聴く気には全くならない(というか,滅多に自ら聴くことはないが)。
でもって,夏に聴くにはやはりメンデルスゾーンだ。
極めて安易に「真夏の夜の夢」なる劇伴音楽があるが(冒頭の序曲の主部導入の弦楽による細かなアルペジオは,妖精の羽音のようだ・・・),個人的には第3交響曲「スコットランド」が好みである。


以前も述べたが,何かの文献で読んだところ,最も人気のない作曲家がメンデルスゾーンとシューマンらしい。
そのあたりも,天の邪鬼たる私の琴線に触れたようだ。
マーラーが最高,と言って憚らない友人に,この交響曲を聴かせたら,
「つまんねえ曲」
と,にべも無かった。
19世紀前半のドイツの作曲家故,刺激的なオーケストレーションや振幅の大きさとは無縁であり,一聴して瞠目するような曲では決してない。
メンデルスゾーン自身が,裕福なユダヤ人の銀行家の子として生まれ,恵まれた環境で音楽活動に勤しむことが出来た幸福な人生を送った人であるから(唯一の不幸は,彼の一族の多くがそうだったように短命だったことか),作品は自ずと内面からにじみ出るような典雅な味わいをもつものが多い。
有名なヴァイオリン協奏曲ホ短調にしても,本来暗く荒々しい印象を与えるホ短調であるにも関わらず(チャイコフスキーの第5,ドヴォルザークの「新世界」,シベリウスの第1,ラフマニノフの第2等の交響曲と比較するとより顕著だ),優美極まりない曲想が顕著で,終曲の軽やかなロンドなど幸福感に充ち満ちている。


曲は,題名からも分かるように,第1楽章は若干20歳のメンデルスゾーンが,スコットランドの古都エディンバラにある古城ホリロッドを訪れた際の印象を綴ったものである。ホリロッド宮は,1566~67年,女王メアリー・ステュアートの傍で,秘書と夫が殺害されるという血なまぐさい事件のあった場所である(メアリー自身,後にイングランドへ亡命後,エリザベス1世の退位を巡る陰謀に荷担し,処刑されている)。
ほの暗い曲想で愁いに満ちた序奏と,メンデルスゾーンにしては強弱の振幅が激しい主部の対比が顕著である。
続く第2楽章はうって変わって,軽やかで明るい。
さざ波のような弦楽のトレモロに乗って,当地の民族楽器であるバグパイプを思わせるクラリネットの独奏が興を添える。
どこまでも続く草原を疾駆するような,スピード感と爽やかさに溢れた魅力的な楽章である。
第3楽章は,穏やかな緩抒楽章。
黄昏近く,淡い西日を受けて黄金に染まる草原の抒情,とでも形容しようか。
二度,重々しいコラールが奏され,悲劇の地であることを改めて認識させる。
そして,疾走する短調の前半の後に,コーダが大きく明るく結ばれる大団円の終曲。
ほの暗さと悲劇性,爽やかさと明るさが交錯する魅力的な交響曲の1つだと思う。


以上は,私が勝手に思っただけであるが,曲想からこうした情景が自然に浮かび上がることこそ,後世ワーグナーがメンデルスゾーンに対して向けた「第一級の音の風景画家」という讃辞を裏付けているのではないだろうか・・・。


最後に音源である。
こちらこちらが世評に高いようだが,私が持っているのは,これこれこれである。
こちらこれも良いし,これも欲しい。
発売当時批評連中にぼろくそに叩かれたこれも興味深い。
なのに,LP時代からの愛聴盤だった故ペーター・マーク指揮ロンドン響の演奏は廃盤の憂き目に遭ったのだろうか・・・。
フィルアップは,当然序曲「フィンガルの洞窟」だ・・・。


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