Entrance for Studies in Finance

subprime crisis(2007年7月ー2008年3月)

 2007年7月から2008年3月。アメリカで表面化した金融危機をサイブプライム危機(subprime crisis)、あるいは住宅ローンの中の、サブプライムローン(プライムローン:優良貸付でないものをサブプライム貸付=サブプライムローンとよぶ。証券化という金融技術が、金融業者のローンに売却流動化の道を開くなか、サブプライムローンが融資審査における原則を守らずに過度に拡大して、ローンの焦げ付きが深刻になったと考えられる)が問題であったので、サイブプライム住宅ローン危機(subprime mortgage crisis)と呼ぶ。ここではそれが、ヨーロッパから、アメリカへの資金供給が止まるのを契機に生じ、また拡大した経緯を述べている。また周辺の問題までは書ききれていない。
   なお2008年3月のベアスターンズ救済、9月のリーマン破綻についてはsubprime crisis後編(2008年3月-9月)を参照されたい。

1.7月19日のバーナンキFRB議長の議会証言が口火を切った
   サブプライムローン問題で2007年7月19日に連邦議会で証言したバーナンキ連邦準備制度理事会FRB議長は、金融機関の損失が最大で1000億ドル(12兆2000億円)に達する恐れがあると証言して注目された。この大きさは従来の予想のおよそ2倍の数値だった。アメリカではこの証言のころから住宅ローンや金融の関連株価が下がり始めた。
  7月31日に大手証券ベアスターンズが傘下の2つのヘッジファンドについて破産法適用の申請を行った2つのファンドはサブプライムローンを裏付けにした住宅ローン担保証券(RMBS)や債務担保証書(CDO)などの運用で失敗したもので、投資家が出した資金のほぼ全額にあたる15億ドル(1750億円)が失われた。
  この間の7月27日(金)に米商務省が発表した2007年4-6月期の実質国内総生産は年率換算で前期比3.4%で3%を超えたのは5四半ぶりであった。個人消費が伸びなやんだものの輸出と設備投資が好調だった。しかし2006年1-3月以来の住宅投資の縮小は減少幅は2006年7-9月期をピークに小さくなっているもののとまっておらず、個人消費は微増にとどまり個人の非耐久財消費は減少となった。また8月3日(金)に米労働省が発表した7月の雇用統計によると、失業率は6月に比べて0.1%増の4.6%。失業率はこれで20ケ月連続で5%(インフレ懸念がでるかどうかの境目とされる)を割り込み雇用環境は良好であること(ただしインフレ圧力が強いことを)示した。他方、非農業部門の雇用者の増加は47ケ月間続いているものの5月(修正値18.8万人)に比して、6月(修正値12.6万人)、7月(9.2万人)と連続して縮小し、雇用の先行きに不安を残した。

2.8月7日FRBは景気判断を下方修正したが金利を変更しなかった
  2007年8月7日(火)米連邦準備制度理事会FRBは米連邦公開市場委員会FOMC終了後、FF金利の誘導目標を5.25%(公定歩合を6.25%)に据え置くこととと景気判断を下方修正するFOMC声明を発表した。据え置きは2006年8月以来続いている(2001年から2003年半ばまではFF金利誘導目標を1%まで引き下げ。その後04年半ばから2006年6月まで2年間の利上げのあと)。景気の先行きへの懸念は深まっているが、物価上昇もあり、金利をいずれにも動かせない状況が示された。
 FRBでは変動の大きなエネルギーと食品を除いたコア物価指数を重視してきた。そして確かにコア指数は1-2%上昇の範囲に抑えられているが、エネルギーと食品を含めた総合指数(2007年5月前年同月比)では2.7%、エネルギーは4.7%、食品は3.9%各上昇していること、また失業率がすでにみたようにインフレ懸念につながる5%以下の水準にあること、などを注視している。新興国が労働力や商品を供給することでの物価抑制効果についてもこの2-3年のうち消滅するとしていた。

3.震動は8月9日ヨーロッパから世界に広がった
  この2日後の9日(木)、欧州で不穏な動きが始まった。ドイツ連邦銀行が緊急会議を開くとの報道で、サブプライムローンへの投資で損失を抱えた銀行が行き詰まったと考えられ、最初は州立銀行のウエストLBが噂になったが、結局IKB産業銀行の救済のための会合であることが判明した。日本には十分伝わっていなかったがIKBは傘下のファンドがサブプライム絡みの損失を抱えたことが原因で資金繰りに行き詰まったことが7月末に報道され8月2日には救済の方針が固まっていた。ドイツ復興金融公庫KfWが81億ユーロ(1兆7000億円)の流動性を保証し、ドイツ銀行など民間銀行と自治体の貯蓄銀行が合わせて35億ユーロの支援資金を拠出することが決められたのであった。実はヨーロッパからアメリカの不動産融資に投資として流れたお金は少なくなかった。そのことがこうした形で表面化した。
  8月9日に仏銀最大手のBNPパリバが運用ファンド3本(時価総額で20億ユーロ 3200億円)の解約停止(凍結)を発表した(背景には市場から投資家がいなくなり、証券化商品の価格算定が困難になった問題があった。もともと証券化商品の資産価値の算定は複雑で外部からの監査も困難だとされる。なおその後、投資家がもどってきたとして、8月23日のパリバの発表によると、純資産価格を2-5%下げて、8月28日以降順次凍結は解除されることになった)。
この発表を受けて欧州の銀行への資金貸し付けはストップした。そして短期金利取引はほとんどストップしたまま、ユーロ翌日物金利は欧州中央銀行ECBの誘導目標の4.0%を外れ4.7%まで高騰した。
  欧州中央銀行は米国にやや遅れて2005年末(2%)から政策金利の引き上げを始めた。2007年6月には3月以来3ケ月ぶりに引き上げ0.25%上げて4%とした。景気回復に伴うインフレ圧力を抑えるためとされる。短期金利取引がストップする緊急事態に陥った8月9日、欧州中央銀行は948億ユーロ(15兆4000億円)の緊急融資に踏み切った。翌10日(金)にも610億5000万ユーロを供給した。なおこのあと13日14日にもECBは緊急融資を行った。
  米国では8月9日FF金利がFRBが誘導目標とする5.25%を大幅に上回った。これに対してFRB傘下のNY連銀は240億ドル(2兆8000億円)を市場操作で市場に資金供給した。ゴールドマンサックス傘下のヘッジファンドグローバルアジアと、エクイティオプチュ二ティーズの多額損失が明らかになった。翌直10日にはFF金利を5.25%近くで推移するように必要な資金の供給をするとして、緊急声明をつけて2度にわけて350億ドル(4兆5000億円)を供給した。FRBによる大量資金供給と緊急声明は2001年9月19日の同時多発テロ時に503.5億ドルを供給して以来。
  なおこのときカナダでもカナダ中銀が9日に16億4000万カナダドル(1800億円)、10日(金)に16億8500万カナダドル(1900億円)を供給した。10日(金)には日本も日本銀行が1兆円を、また豪準備銀行が49億5000万ドル(4900億円)を供給した。
  8月13日(月)に新たな事態が表面化する。ゴールドマンサックスが傘下のヘッジファンド「グローバルエクイティオポチュ二ティ-ズ(GEO)」(純資産規模36億ドル)の運用成績がこの間のサブプライムローン問題による株価乱高下の影響で悪化したとして30億ドルの資本注入を行うと発表した。注目されるのは注入金額が巨額であることと、サブプライムローンに直接関与していないファンドに被害が及んできたことである。このファンドは、数量モデルを使いコンピューターによる自動売買によって運用されるquant fundsの一つで、割安株を買って割高株を売る「市場中立型運用」をしていたという。巨額損失は数量モデルによる運用を信頼していた人々に衝撃を与えたに違いない。この日、FRBは午前中の20億ドルだけで資金供給を打ち切った。警戒は続けるものの市場はひとまず落ち着いてきたとの判断であった。このあとFRBは14日は資金供給を休み15日にNY連銀を通じ短期金融市場に70億ドル(8200億円)の資金供給を行った。なおこの資金供給の規模は平時の大きさとされる。
なお前後の各国における国債金利を長期金利の推移として以下に掲げる。これによると8月8-9日に上昇のあと、金利が急落している。これは国債への資金の集中、flight to quality, global risk reductionによる現象といえよう。
date10 year JGB10 year USGB10year GGB
07/08/101.7154.804.36
07/08/201.5854.624.27
07/08/211.5604.594.24
07/08/221.5704.654.27

4.日本の市場はようやく事態の深刻さを認識し株価が暴落した
  8月14日(火)に米ウォルマートが2007年7-9月期決算と08年1月期通期見通しを発表した。その中で米国内では、ガソリン高に加えサブプライムローンの焦げ付き問題を受け低所得層の買い控えが広がり売上が伸び悩んでいるとした。ここに至ってサブプライムローン問題の実態経済への影響の深刻さは、否定できないものになった。今回の消費の縮小は、大衆的な商品のところ、たとえばギャップなど衣料専門店のところで大きかった。他方で高額品需要は堅調で、今回の問題がいかに低取得階層のところに深刻な打撃を与えているかを如実に示している。
  このウォルマートの発表は日本の市場関係者が事態の深刻さを認識するきっかけになった。8月15日(水)-8月17日(金)日本の株式市場の売りは金融関連株から、輸出関連株に広がり日経平均株価は年初来安値を更新し遂に1万6000円台を割った。また急角度の円高への反転(巻き戻し)が生じた。いずれも予想された規模を超えるものであった。日本銀行では資金不足感が強く金利が上昇しやすくなっているとして、16日に4000億円、17日には1兆2000億円を短期金融市場に公開市場操作を通じて供給した

5.8月17日FRBは公定歩合を引き下げを渋り事態を悪化させた
  17日朝、FRBは前日16日夜に開催された臨時のFOMCとFRB理事会での審議を受けて、これまでFF金利より1%高の6.25%としてきた公定歩合を0.5%高の5.5%に変更した。また公定歩合での融資期間が通常翌日返済のところを最大30日間まで借りることができるとした。しかしFF金利は5.25%に据え置かれた。またこの日、短期金融市場に対し60億ドルの資金供給も行った。FRBは混乱回避への決意を改めて示したが、FF金利引き下げには踏み切らなかった。この政策の小出しは重大な判断ミスだった。このFRBの決定を受けてヨーロッパの株式市場では17日午後買い戻しが生じた。アメリカの株式市場でも午前中は買い戻しがあったが、午後になると買いの勢いは衰えた。株安が続くかあるいは反転するかは、週明け後のアジア市場の動向にかかることになった。
 2007年8月17日、ドイツでは州立ザクセン銀行LB(本店ライプチヒ)が傘下の投資会社がサブプライム絡みの投資の焦げ付きを抱えたことから資金繰りが悪化。ドイツの銀行団から2億7000億円規模の資金支援を受けることが明らかになった。なおこの銀行はその後、8月26日の報道ではバーデンビルテンベルク州立銀行LBBW(本店シュッツットガルト)に救済合併されることが決まった。
 週明け8月20日の東京市場は、当局や大手金融機関のシナリオに従い反発で始まった。また日銀が1兆円の資金供給を行ったことで、不安心理の拡大には一応の歯止めがかかった。しかし欧米市場が、本格的に反騰するまで気迷いは消えないと思われ、FF金利引き下げなど一段踏み込んだ措置がなければ調整が長引くことも考えられる。
DateExchage RateNIKKEI 225 closingbottomNYDOWNASDAQ
07/08/10118.99-116.9916764.0916651.7113239.542544.89
07/08/17114.89-112.8915273.6815262.1013079.082505.03
07/08/20115.46-113.4615732.4815477.2613121.352508.59
07/08/21115.74-113.7415901.3415754.5113090.862521.30
07/08/22115.46-113.4615900.6415787.9613236.132552.80

 
6.日本の金融機関は損失の完全な開示をせず損失について懸念が残っている
 8月末までのところサブプライムローン問題での損失について開示した日本の金融機関は限られていた。また開示の仕方もさまざまであるため、市場ではさまざまな憶測が流れていた。
金融機関の名前8月末までに開示した事実
三菱UFJグループ全体で07年7月末残高約2800億円、97%がトリプルAで評価損失は約50億円
みずほ銀行部門で07年6月末残高約700億円、ほとんどトリプルAで7月末までにほぼ売却、売却損は約6億円
三井住友銀行で第1四半期に3500億円程度売却して数十億円の売却損、07年6月末残高1000億円程度、投資対象は高格付けで業績への影響は限定的
野村HDアメリカにおける証券化商品のリストラクチュアリング業務において07年3月末6578億円のエクスポージャーから6月末までに726億円の損失が発生した。6月末残高2660億円。

2008年3月末までに判明した事実:損失は巨額。業績に影響は軽微というのは嘘だった
金融機関の名前08年3月末までにわかったこと
三菱UFJグループ全体で損失は950億円程度に達する
みずほみずほ証券での損失2200億円を始め損失合計は5650億円に拡大
三井住友損失合計は950億円程度
野村HD07年10月に1400億円超の損失計上

 
 三菱UFJはグループ全体の数値を明らかにしたが、ほかの各社が発表した中身は開示範囲がバラバラで各金融グループの一部の数字を挙げただけである。またファンド投資を通じて間接的に受けた損失やエクスポージャー(リスク投資)はどのグループも公表していない(cf.「それでも払拭されない邦銀のサブプライム問題への懸念」『金融財政事情』07/08/27, 6-7)。公表されただけでも、いずれの金融機関も数千億円単位のエクスポージャーがあった。それだけでも巨額といえる。公表されていない点について、様々な憶測が残りそれが日本の金融機関の健全性についての信頼を損ねることが懸念された。
  サブプライムローン問題については、その影響は証券化商品の低い格付け部分=エクイティ部分を保有するヘッジファンドに限られるという話だった。ところが、フタをあけてみると、安全なはずの高格付け部分も一夜にして格付けを下げ、市場では売れなくなった。しかもこうした商品からみんなが逃げようとするから誰も買わず、市場の流動性は霧散してしまった。実はこのような現象は金融市場では昔から繰り返されてきた。しかし金融機関はまたしても同じ罠にはまったのだ。

おわりに 収束には時間が必要
 8月8日をピークにアメリカではCP、ABCPの発行残高が急減した。2週間後に8.2%、10.6%減り、3週間後には11%、15%減った。投資家がリスクに過敏になり、信用収縮の傾向が強まった。サブプライムだけでなく、一般の企業や金融機関の短期資金繰りが収縮を始め、とくに住宅ローン債権を担保とするABCPは買い手がいない状態に陥った。
  9月に入り事態は収まってきたかに見えた。ところが9月14日、サブプライムで損失を抱える、イギリスの中堅銀行ノーザンロック銀行(本店ニューカッスル)が資金繰りにゆき詰まった。イングランド銀行BOEは同日、救済融資を発表するがこの発表はかえって事態を悪化させた不安になった預金者が預金引き出しを求めて銀行に殺到した(bank run)。取り付けは翌15日も収まらず、ほかの銀行にも及ぶ懸念が高まった。週明けの9月17日夕方、財務相はノーザンロック銀行の預金の全額保護を声明した。この声明の効果もあり9月19日にようやく事態は収束した。資金繰りが行き詰まるまでノーザンを放置して実質的破たんに追い込んだ上で、救済を公表して事態を悪化させたBOEに非難が殺到した。この事件は金融史において、柔軟な判断で混乱を回避してきたBOEにしては極めてめずらしい失態である。これは市場原理主義的思考が中央銀行の判断を誤らせた事例として今後語られることになろう。自己責任原則といった理念で政策を行ってはならず、金融システムの混乱を回避することが中央銀行の第一の目標でなければならない。
  9月18日FRBは連邦公開市場委員会FOMCでFF金利の誘導目標を0.5%引き下げ年4.75%とすること(公定歩合も0.5%引き下げ年5.25%とする)を全会一致で決定し、即日実施した。FRBはようやく利下げの判断したが、本来8月に行えたこの判断を遅らせたことは批判されるべきだ。バーナンキFRB議長は、政策を小出しにして小手先の対応を繰り返した。9月20日にアメリカ議会で再び証言に立ったバーナンキFRB議長は、サブプライムの損失が最大1000億ドルを超えることを認めた。なお損失額の想定は9月24日発表のIMFの報告書では最大で1700億ドル乃至2000億ドルに膨れ上がっている。
  9月19日、日本銀行の金融政策決定会合は前日のFRBの決定を受けて、利上げ見送り(政策金利である無担保コール翌日物を2月以来の水準である0.5%前後に据え置く)を決めた。これを受けて日本の株価は反騰したが、日本の市場の反応はあまりに楽観的である。事態はなお収束したとはいえない。(この原稿は2007年9月末段階の情報にもとずきその後の情報を含んでいない)
2007年9月にイギリスの歴史の中で100年ぶりともされる取り付け騒ぎを起こしたノーザン・ロック銀行について、後に2008年2月、イギリス政府は国有化を決定した。1980年代のイギリスでの民営化路線は日本政府が踏襲したものだが、国有化はこのような規制緩和路線の破たんを示している。政府は混乱防止のための預金の全額保護を打ち出したが、そのために生じたイングランド銀行からの250億ポンドを超える救済融資の返済をめぐり、買収に名乗りを上げたヴァージンGとの調整が期限までに付かなかったと見られている。
 2007年夏、サブプライム金融危機の発端になった米大手証券ベアスターンズはその後2008年3月に入り、ファンドや銀行が資金を一斉に回収。ついに2008年3月13日(木)に翌14日の営業が困難になった。これを受けて急遽、モルガンチェースを通じて300億ドルの貸付が行われた。その後明らかになった情報によれば救済の枠組みは、不良資産を分離しJPモルガンチェースが出資して別会社化。同社にニューヨーク連銀が緊急に290億ドルの融資枠を設定。JPモルガンがこの会社に10億ドル出資するとともに、べアスターンズ買収を16日(日)に発表というものだった。連銀が大手銀行でなくて大手証券を実質的に救済するかなり異例の事態といえる。規制緩和路線の誤りが露呈したといわざるを得ない。
  

 Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author. 

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