goo blog サービス終了のお知らせ 

Entrance for Studies in Finance

blog for business studies
http://blog.goo.ne.jp/fu12345

消費税引き上げ 交付国債・復興国債 ゆうちょ銀 など

2012-02-29 18:23:37 | Economics
消費税引き上げが年金の充実につながらない
 社会保障制度を維持するために必要だとして現行消費税率5%を10%に引き上げることが当然のように議論されている。これにはこれまで引き上げを先延ばしにしていたのだから、ここで引き上げなければ財政収支改善の遅れにつながるとの意見も。引き上げ案が流れれば国債暴落を招くとの指摘も。2011年末までに2014年4月に8%(8兆円 制度の維持に7.1兆円 社会保障の充実に0.9兆円)。2015年10月に10%(13.5兆円 制度の維持に10.8兆円 社会保障の充実に2.7兆円 2012年2月公表の政府試算による)など。引き上げることが決まったかに報道されているが、これはあくまで民主党党内の話。そして野田政権の方針決定にすぎない。
 今回の引き上げ案(5%引き上げ分の配分)では、地方消費税は1.2%(これまでの1%と合わせ2015年10月には2.2%)。残る3.8%から地方交付税として0.34%を配分、国3.46%、地方1.54%で決着した(当初想定より地方に厚い)。なおこれと併せて所得税の最高税率を40%から45%に引き上げることが固まったと報道される。
 しかしこれとて野田政権の案にすぎない。それが決定事項のように連日報道されるのは腹立たしいことだ。野田政権の案では子育て支援の拡充や低所得者の健康保険料と介護保険料減額、低所得者年金加算など社会保障の「充実」により社会保障費が膨らんでしまう。他方で年金の水準は変わらないとすれば、実に腹立たしいことだ。逆にであるが消費税率を20%にする代わりに、思い切った手厚い社会保障を実現できないものだろうか。
 ところが驚くべきことは今政府が出そうとしているのは、実は給付の抑制(年金の減額)の話(とりあえずは2000年度から3年間 物価下落にもかかわらず下げなかった分を2012年10月より3年かけて減額 また 高所得者の年金減額)。しかし国民が望んでいるのは、むしろ給付の充実、引き上げではないだろうか。
 次第に悪化する給付内容と消費税率の引き上げというのは最悪の組み合わせのように思える。なお前回の消費税引き上げは1994年11月に法案が成立。1997年4月から3%から5%に引き上げられている。今回の引き上げは実現すれば17年ぶり。しかし実現したとしても、いずれ次の引き上げがくるのではないか。
 必要なことは、年金給付の単なる維持ではなくその充実と消費税引き上げとの組み合わせではないだろうか。現在のままでは支給年齢の繰り上げ、各種自己負担の拡大など社会福祉の質の低下が今後続くことが懸念されよう。

すでに予算編成は消費税引き上げを前提
 2012年度予算案では、復興債(目的を復興資金の調達に限定したもの 復興基本法2011年6月成立により導入決まる)の発行と交付国債の発行が行われることになるが、この交付国債は消費税の引き上げを前提にしている点が批判されている。つまり予算上は、消費税引き上げを前提にしている。
 すなわち基礎年金の国庫負担割合を2分に1(2009年度に従来の36.5%から50%に引き上げ)にする財源(2兆6000億円)を交付国債で賄い予算規模を縮小させている。
 交付国債は当面現金の支払いをせず、一般会計に計上の必要がないというもの(政府の支払いを繰り延べるもの 後述)。新規国債発行を当面回避できる。基礎年金の不足財源については、消費税が実現するまでの間は積立金の取り崩しで賄う。年金債の議論は、消費税の時期の明確化で押し切られたかたち。年末までに民主党としては、2014年4月に8%。2015年10月に10%などの案を決定している。
 交付国債のおかげで新規国債発行額を44兆円以下とすることができたともされる。つまり交付国債は、消費税の引き上げを前提にした、将来の支払い約束のようなもの。支払いが実行されるまでの間、積立金の取り崩しでしのげと言っているのと同じだ。

 なお交付国債は昔からある仕組み。明治時代。旧幕藩の負債や旧武士の処遇のために発行された内国公債(新公債1872 家録公債1874 金録公債1876など)は、記名式の交付公債だった。小林和子さんはこれを「本来なら政府が現金を支出すべきところを公債を交付して、現金支払いの時期を公債の元本償還時にまで繰延べたもの」と説明している。1878年起業公債が国内で公募で発行されることになり、初めて無記名の公債が国内で登場する。小林和子『株式会社の世紀』日本経済評論社, 1995年12月, pp.45-46.

復興国債は新規国債ではないという言い訳
 他方、復興国債は単純に別枠で発行することで、新規国債を見掛け上、圧縮するというもの。復興債は通常の国債と別枠で発行される。使途を震災復興に限定。復興に関する経費は復興特別会計(3兆7754億円)で扱う。
 復興債は2011年6月成立の復興基本法に発行方針が定められた。当初は個人は相手にせず。10年以下の期限債で償還を予定する。11-15年度の5年間に発行。などが想定されていた。そして増税期間が22年度までなので借換債含め22年度末の償還を予定。復興資金は今後5年間で13兆円
 復興債の財源には臨時増税をあてるものとされた。
 その後、個人向け復興債が議論され、2011年12月5日 個人向け復興債発売開始。これは従来型といわれるもの。従来型個人向け国債の
名称を「復興国債」としたもの。発行された変動10年物は金利年0.72%(税込)。固定3年は年0.18% 固定5年が年0.33%。販売額の2割を占める大手7銀行での販売額は合計で1000億円でこれは2011年9月の販売額の2倍。販売件数もほぼ2倍の約2万4000件に達した。
 これに対して2012年3月から復興応援国債(変動10年)の発行が始まる予定。これは当初3年は金利0.05%と金利を我慢してもらう分(4年目からは通常型の金利)、1000万円保有に対して金貨1枚100万円保有には銀貨1枚、中途換金しなかった保有者に進呈というもの。この金貨のプレミアム価値によってはお得というのだが。市場金利を得られない部分は寄付だというコンセプト。

別に臨時増税問題が控えていることは隠されている
 なおあとで重くなる復興増税(臨時増税)の仕掛けがすでに仕掛けられている。
 法人税  予定していた減税年7800億円(実効税率5%下げ)を3年先送り 合わせて12年度から3年国税を10%上積み(復興特別法人税)
 所得税  税率引き上げは2013年度から10年間(増税の実質恒久化という批判あり)
 住民税  個人住民税引き上げは2013年6月から5年間
 たばこ税 → 1本2円として年2000億円 10年間で2兆円
      → 2012年10月から国税を10年 地方税を5年

政府保有株売却による資金作りはされず
 政府保有株の売却については手続きが必要でいま直ちに財源としにくいという問題としにくいと議論されている。
 たとえばJT株売却については→JT法の改正必要 手続きに時間必要 だから入れられない 財務省等の主張 自民党は全株売却に反対
 現在は50%を政府保有 3分の1(33%)に下げて約5000億円 残りも売れればさらに約1兆円
 民営化されれば経営の自由度高まることに期待も

確かに郵政問題はこう着状態している
 あるいは日本郵政株の売却については→郵政関連法案の成立が前提 売却できれば6兆円出るがそもそも買い手がいるか
           事業はじり貧 しかし売却のために業容拡大を認める案には反対意見がある その前に
           政府保有株の処分を求める声があり 議論が進まない。
 民主党には市場主義者と反市場主義者の両方がいて党としての方針が決まらないこともある。

郵政民営化は袋小路に入ってしまった
 民営化(07年10月)で持ち株会社の下に郵便局会社 郵便事業会社 ゆうちょ銀行 かんぽ生命保険の5社体制
   ゆうちょ かんぽ で利益でるものの 利益の6割はゆうちょ 2割がかんぽ 残高が減少しているので減収傾向
   郵貯の貯金量は2000年のピーク時には260兆円。しかし2010年3月期には175.7兆円。2011年9月末には175兆円。
   三菱東京UFJの103兆円より多いが減少傾向は明らか
   郵便事業会社 は赤字体質 たがトータルでは 日本郵政グループは黒字 しかしその収益力は低下傾向
   立て直しが必要だが方針が決まらない
   政府保有株(100%)は2017年までに全株売却の予定であった。
 
 2009年12月 日本郵政グループ 株式売却凍結法成立 民営化路線はすでに中断している
 → 他方 民営化委員会(田中直毅委員長) は 政府が株式保有を続ける間は 新商品 新サービスを認めないと硬化
 2010年7月 参院選で与党過半数割れ 新規事業の届け出制への移行 ゆうちょとかんぽ 預入限度額引き上げを
定めた 郵政改革法 の成立困難に。
 2010年10月 郵政民営化委員会ヒアリングで政府の100%保有を批判する意見出る。
 郵政改革法案(持ち株会社と郵便事業会社 郵便局会社の合併) 2010年4月国会提出は審議見通し立たず

 郵便事業そのものの赤字が膨らむ傾向  
  郵政は、新規事業解禁(貯金 簡易保険の限度額引き上げ 住宅ローン がん保険事業への参入など)を期待
  民営化委員会は 事業会社のもとに巨大な金融機関がぶら下がる形は 経営の安定性に懸念があると反対(2011年1月)

 ゆうちょ銀行の運用は国債(運用比率8割?)に偏っていて 金利リスクに弱い
 超長期債を積極的に購入
 2010年3月期 民営化後初めて米ドル債購入(3000億円)
 急速に海外投資を急増させているとの報道もある(これは円高対策とも)。
 しかし ゆうちょ の国債運用が 国債消化を助けている側面も否定できない 
 2010年9月末で総資産は約190兆円 有価証券投資は170兆円あまり 150兆円近くは国債で運用。
 国債での運用比率を下げて外債保有を増やしているとの指摘がある
 (背景:運用資産が減るなかでの収益確保要請⇒リスクを抱えていないか気になるところ
 例:ユーロ圏国債など)
 
 うまくゆかない新規事業
  2008年8月にはJPローソン しかしこの出店は拡大していない(年2億円の売り上げというバーがあるためともされる)
   住宅ローンの仲介(08年5月開始) 損害保険 引っ越しの取次など新規事業も伸び悩む
  2010年3月 亀井郵政担当相に 非正規職員の正規職員化求められる → 2010年11月 12月から8400人超の非正規職員の正規化発表
  2010年7月の日本通運ペリカン便との宅配便事業統合(JPエクスプレス)はマイナス要因で赤字膨らむ
    遅配(損失約100億円)→ ゆうパック 客離れ
  JPエクスプレスを解消して事業は郵便事業会社に (解消に伴う経費約320億円)

 ゆうちょ銀と銀行界はいつのまにか和解
  ゆうちょ銀が支払う預金保険料は無視できない 連携の必要を認めるように次第に変化
 ゆうちょ銀行 全国銀行協会に加盟の方向で調整(預金者保護 有事対応で連携の必要性) 2011年5月末
 ゆうちょ銀行 全国銀行協会に加盟の方向 特例会員制度の創設(全銀協理事会で承認) 2011年9月

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.



  

金融仲介と証券

2012-02-25 00:06:57 | Economics
金融とはお金の足らないところ(赤字単位)にお金の余っているところ(黒字単位)からお金を融通する仕組みだと考えられます。従来、赤字単位としては企業を、また黒字単位として家計を想定してきました。個々の家計、企業には赤字のものも黒字のものもあるけれど、それを集計した、家計部門全体、企業部門全体では家計は黒字で、企業は赤字と想定されてきました。
 金融の仕組みを、専門用語で金融仲介と呼んでいます。実は高等学校の政治経済の教科書でも、金融仲介は紹介されていまして、赤字単位・黒字単位と呼ばれる2つの経済単位の間で、直接お金が融通されるケースを直接金融direct finance。間に金融仲介機関financial intermediariesが入るものを間接金融indirect financeと呼んでいます。直接お金が融通されるのは、黒字単位が赤字単位を信用できることを示します。それは赤字単位が誰でも知っている大企業などのケース。金融仲介機関が間に入るのは、黒字単位が赤字単位を信用できない、しかし金融仲介機関であれば信用できたことを示します。この金融仲介機関と赤字単位の間の信用力の差異は、それぞれが支払う金利の大きさに反映します。そしてこの利ざやが金融仲介機関の収入になるわけです。

 金融仲介論ではこの金融仲介機関の機能を詳しく説明しています。この機能はむつかしい言い方では、信用代替といいます。金融仲介機関は自分より信用力の劣る赤字単位に信用の面で代替しているということです(信用代替)。実際には赤字単位が出す証券(本源的証券)を自らの証券(間接証券)に置き換えています。その結果、黒字単位から赤字単位に金融仲介機関を介して資金が融通されます。もう一つの機能は、資産変換機能です。小口・短期のお金を大口・長期のお金に性質を変化させているということですね。これは逆に見ると、大口・短期で運用しながら小口・短期のお金に変化させることです。
 間接金融は、銀行が金融仲介機関の中心であることから銀行型間接金融bank-based indirect financeと呼ばれることがあります。銀行業務bankingは、relationship bankingとも呼ばれるいわゆる長期的融資業務と、transaction bankingとも呼ばれる、現金管理cash management、貿易金融trade creditなどの取引を中心とする為替決済業務(商取引に関わる業務)とに分けることがあります。相対型か市場型かという区分は、この2つの銀行業務のうちrelationship bankingのあり方を議論していたように思います。この長期的融資業務には、相対型取引の側面があるからです。
 ここで相対型取引といいましたが、商取引の形態には、売り手と買い手が1対1の相対型、売り手も買い手もたくさんいる市場型、どちらかが一人でその反対側は多数いる「せりauction型」の3つがあり、それぞれ特徴があります(表1-1)。

表1-1 取引の区分type of transactions
相対型取引negotiated transaction取引条件は弾力的tailor made 取引への外部者参加に閉鎖的closed 個々の取引は異質heterogeneous
市場型取引market transaction取引条件には多くの決まりごとready made 取引への外部者参加に開放的open 個々の取引は同質的homogeneous


 では直接金融では何が起こっているでしょうか。信用代替、資産変換は起きていない。証券業者や証券取引所がそこで行っているのは、信用補完だといいます。つまり赤字単位が発行する証券(本源的証券)が、そのまま黒字単位の手にわたっていますが、そこでそれを取り扱う証券業者や証券取引所は、その証券の信用を補完しているに過ぎない(信用補完機能)。しかしよく考えると、このような証券を出せる発行者は例外(国 地方自治体 大企業など)なのだと思われます。そしてさらに考えるといろいろなレベルの証券があることが理解されます。
 では中小企業、新興企業は直接金融にアクセスできないのか。近年このアクセスを認めようという考え方が広がっています。このアクセスを認めるということであれば、直接金融と間接金融の関係は、より競争的補完的になると思われます。
 ここでもう一つの考え方は、黒字単位と赤字単位との間に複数の証券が重なってゆくという考え方です。たとえば投資信託を考えてみましょう。これは直接金融でしょうか。間接金融でしょうか。最終的な資金の受けてまでの間が複雑化してゆきますね。こうした現象は金融の重層化と呼ばれます。

 金融のタイプについて池尾和人『銀行はなぜ変われないか』(2003)は、経済がダイナミックに変動するときは、資本市場中心の金融システム(企業買収によって事業会社が再編されている社会をイメージしてください)が有効だとしています(表1-2)。(このような評価は池尾さんに限られたものではありません。2つのタイプの金融システムを比較として、新技術産業の発展に市場中心の経済システムが仲介機関中心の経済システムより成功したとの評価は、たとえば以下に紹介されています。Franklin Allen and Douglas Gale, Comparing Financial Systems, MIT Press, 2000, pp.403-437, esp., 434-435.この2つのシステムの対比を、資本市場中心のシステムと、銀行中心のシステムと表現することが正しくないことは今日では共通の理解になっています。銀行というものを短期信用中心に捉えず設備投資資金の貸付もする存在としてとらえているからです。Bradley D.Nashは、資産や利益に対する持ち分を表わす有価証券により調達される、固定設備の建設資金を仲介する機能を投資銀行業と呼んでいますが、近年の日本の大手銀行はこのような投資銀行業、つまり資本市場との関係を深めているといえます。Bradley D.Nash, Investment Banking in England, McGrawhill, 1924, pp.3, 47.)

表1-2 2つの金融システム(池尾和人)
銀行中心の金融システム大口債権者大株主がvoice型のガバナンス産業の発展の方向がわかっている場合は有効
資本市場中心の金融システムexit型のガバナンス企業支配権の市場が存在産業構造の組み換え 産業部門を越えたダイナミックな資本移動といった課題に有効
池尾(2003)p.90-92

 ところでもともとは相対型だった銀行の長期融資業務が、近年、市場型の要素を加えつつあるようです。このように現実を考えるときは、対象とする事実を歴史的に変化しつつあるものとして捉えることが重要です。
 銀行の長期融資について、日本では、土地(不動産)担保主義。あるいは遡及権付き(with recourse)貸付が行われてきたという言い方がよくなされます。遡及権とは、担保資産を処分して債権を一部回収しても未回収債権が残る限りは返済を債務者に請求できる債権者の権利を意味しています。この側面でも、銀行が融資するときの判断の基準が、借り入れる側の不動産担保real estate based lendingからその収益力cash flowに変化しつつあるとされています(表1-3)。背景には遡及権を付けないノンリコースローンの普及があります。
 貸付債権の譲渡において、遡及権が付いた債権は譲渡後の権利関係が複雑になること。あるいは債権が不良化したときに、遡及権が付いたままだと回収が不能の判断が遅れやすいこと。などリコース付きローンの問題がわかってきました。そこでノンリコースローンの導入が始まりました。その結果、原則は担保を取りますし(加えて保証人を求めます)ので、あくまでも相対的な問題ですが、融資判断(開始 継続 条件変更など)において、財務数値に表れるような定量的情報の比重があがったとされています。
 このような一連の変化と、近年、スコアリングモデルによる貸付(無担保貸付を含む)、シンジケートローン、証券化、企業買収時の融資などに銀行が取り組むようになったこととは密接な関係があります。(もともと商業銀行は為替決済業務を担うことで、つまりサービスを提供することで資金調達コストを下げています。また多数の投融資を行うことでリスクの分散を実現しています。このほか長期にわたる債務者との取引経験、信用保証人制度など。金融リスクに対処する担保以外のこれらの多くの方法を思い起こすことは無意味ではないでしょう。J.R.ヒックス 新保博/渡辺文夫訳『経済史の理論(1969)』講談社学術文庫, 1995, 第5章参照。)

表1-3 貸付融資の判断区分
real estate based lending:REBL不動産など担保中心主義 遡及権付with recouse
cash-flow based lending:CFBLキャッシュフロー中心主義 ノンリコースnon-recourse→ シンジケートローンsyndicated loan 証券化securitization 企業買収時の融資
asset based lending:ABL売掛金 在庫 機械設備など動産担保などの資産をさらに担保をとることでCFBLの限界を超えたリスク融資をすること

ABLを私はこの表のREBLの意味で使っていたが、動産担保融資を考える上でABLにおける資産を不動産に限定した議論が狭いと思われること。さらに米国型ABLとの区別をつけにくいので、ABLをこの表にあるような米国型ABLの意味に今後使うことにする。 米国型ABLの入門書である以下を参照。G.F.ユーデル著 高木新二郎・堀池篤共訳『アセット・ベースト・ファイナンス入門』金融財政事情研究会, 2007.

 この変化(相対型から市場型 担保中心から収益力重視へ)という問題は、企業の側からみて、マイナスとばかりはいえません。金融取引を、金融機関から企業に対して外から与えられる外生的なものから、企業自らの創意と工夫によって、たとえば保有資産を証券化によって現金に換えるといったように、内生的(かつ内製的)なものに変化させるチャンスになっています。それを企業のリスク管理の進化とみることもできます

(1) 市場型間接金融market-based indirect finance
日本では間接金融と直接金融との中間に市場型間接金融market-based indirect financeと呼ぶべき金融分野が存在することが近年注目されるようになりました。それは金融仲介機関から資金が流れている点で明らかに間接金融なのですが、間接金融の特徴とされてきた相対型金融(取引条件の決定が相対の交渉によるものであり、取引への参加は交渉当事者を想定している その両者の関係は継続的取引関係がベースになっている)ではなく、取引への参加が交渉当事者以外のものにもオープン(あるいはオープンになりうるもの)であり、取引条件の決定で競争など市場メカニズムが利用されている点では市場型金融といいうる特徴をもっています。
 このような市場型間接金融の典型とされるのはシンジケートローンです。
 シンジケートローンでは幹事銀行(arranger)が、その企業の財務内容をベースに取引条件を決定します(入札auction方式がとられることもあります。大事なポイントは他の金融機関が参加できる透明性が求められるので、その企業の市場での評価が条件を決めるということです)。決定された条件で参加する金融機関(lenders)が広く募集されることがあります(open deal)。なお内輪のグループで引き受けるのはclub dealといいます。証券の発行において引受証券と企業が発行条件について話し合い、その後、引受証券が応募者を募集するケースに大変似た経緯ですね。証券の発行の場合も、相手方は市場ですから、発行条件はその企業の市場からみた評価が基準になります。
 シンジケートローンは金融機関にとっても様々な利点があります。まずとりまとめをする金融機関(arranger)や契約締結後、ローンの決済・事務管理を行う金融機関(agent)は手数料が得られます。シンジケートローン(協調融資)方式は、個々の金融機関にとっては融資額を抑えることにつながります。すでに見たように貸付条件は借入企業の信用力に見合ったものになります。従来型の相対型金融で金融機関は、しばしば融資をめぐる競争から企業の信用力に見合った金利を取リ損ねてきたのです。
 他方、企業にとって、単独融資ではむつかしかった大きな金額の長期融資を実現できるメリットがあります。
 デメリットは、アレンジャーはすべての事務負担があり、参加金融機関に対し善管注意義務があること、参加金融機関は融資残高に応じた多数決原理にしばられ、自由な行動はとれないこと、また融資先の実態に対する把握がアレンジャー任せになりがちだとされています。アレンジャー任せにしていたために、結果として、不良債権をつかむリスクがないとはいえないのです。他方、融資を受ける企業にとっては、金利のほかに手数料負担があり、契約につけられたコベナンツにしたがい、遵守義務・情報開示義務が生じる。黒木正人『わかりやすい融資実務マニュアル』商事法務、2007年, pp.59-60.
 シンジケートローンには、融資枠契約(コミットメントライン)型もあります。コミラインが、シンジケートローン普及を推し進めたともされています。
 それまで企業は、金融機関との長年の取引関係に頼っていました。融資の継続を信じていたのですが、1990年代に金融機関の体力が落ちて金融機関の貸し渋りを経験します。また長期にわたる不況の中で、不要の借入の整理を迫られます。
 コミラインでは、企業は、手数料を払って借入の選択権を得ます。この方式ですと借入は権利ですから、従来の暗黙に借入を期待する状態よりも、企業にとっては安心できます。また、コミライン契約を結ぶことで企業は借入を節約できます。
(コミライン契約ですが1年間の枠を設定してたとえばその間つねに3ケ月1億円までの借入が可能だとします。手数料はcommitment fee約定料方式だとされます。これは貸出残高に対して利息たとえば1.9%が発生し、未貸出残高には約定料率たとえば0.12%が発生するというものです。しかしこの方式では計算が複雑で管理コストが高くなることから、融資枠全体に対して定率のファシリティーフィーを請求する方式が選択されることもあるとされています。なお1年の融資枠契約を結んだときに、満期の1ケ月前までに貸出人、借入人のいずれかが申し出ない限り同一条件で契約を更改するというエバーグリーン規定evergreen clauseが設けられることもあるとのことです。以上の記述は大垣尚司『金融と法』有斐閣, 2010年, pp.222-226, 228を参照しました。)
 シンジケートローンという形態は実は以前からありました。シンジケートローン(協調融資)が注目されるようになったのは、特定融資枠契約に関する法律が1999年3月に制定されて、融資枠契約における手数料が、利息制限法や出資法の規制にかからないことが明確になったこと(対象は資本金が3億円以上の株式会社など)が大きいとされています。そして金融機関にとっては、手数料が稼げますし、貸出リスクは抑えられます(他方金融機関が注意すべきなのは、与信判断は個々の金融機関の責任で行うべきことであって、交渉窓口になるアレンジャー:主幹事や、融資事務の管理を行うエージェント:事務代理人は責めを負わないこと、融資枠契約は将来にわたる与信供与の約束であるので財務内容の優良な企業を選別して結ぶべきものだとされています。高橋俊樹『融資の常識50考第2版』きんざい, 2011年, pp.92-93, 100-101)。このように参加金融機関がシンジケートローンに参加する判断は「自己責任原則」が適用されるが、その前提として、アレンジャーが信義則上、適時に適切な対応をすべき義務を負っているとされます(平野英則『よくわかるシンジケートローン』きんざい、2009年, pp.66-68)。融資枠契約は、企業側・金融機関側双方のニーズに合っていたので急速に普及しました。
 融資枠契約が企業にとって将来の資金面でのリスク管理に役立つことも理解できますね。
 なおシンジケートローンではコベナンツ(財務上の特約)が必ず登場します。その理由としてシンジケートローンではローンの譲渡が前提になっているため、「銀行取引約定書」が交わされない。そこで約定書に定めてある期限の利益の喪失など、銀行が取り立てで有利に建てる条項を、コベナンツという形で銀行は確保しようとしていると説明されることがあります。

(2)資産証券化asset securitization 
 つぎに証券化についてお話しましょう。これはここまでの直接金融・間接金融という言葉からすると直接金融です。ですから証券化は間接金融の役割の低下financial disintermediationにつながるとみられていました。少なくとも伝統的な金融仲介機関の後退につながると見られていました。
一般に仲介機関外しの動きをdisintermediationといいます。その典型はインターネットを通じたさまざまな取引で、メーカーが顧客とダイレクトにつながる動きに見られます。このようなインターネット取引が普及すると、さまざまな仲介業者が取引から外され、メーカーと顧客がダイレクトにつながることになると議論されています。同じことが金融機関についても議論されたわけです。
 しかしfinancial disintermediationは杞憂だった、心配が過ぎていたように思います。むしろ金融仲介機関は証券化のプロセスに自分自身が入っていったと思います。自らの資産を流動化する方法として、また自らの資金の運用対象として。
 証券化についてのもう一つの論点は、証券化を通じて企業そして金融機関の資産が、証券化されたということについてです。
 これを資産証券化asset securitizationといいます。企業そして金融機関の資産は、資産証券化というプロセスにより、外部の投資家の投資対象に変化した。企業や金融機関は自分の資産を新たな資金源として活用できるようになった。保有資産というのはリスクを抱えた存在でもあります。証券化は、その資産を資金調達の手段に変えたのですが(これを内製化bring in houseということがあります)、リスク資産の大きさをコントロールする手段になっています。
証券化についてはいろいろな側面があります。リスク管理の手段としてみるべきではないかというのがここでの主張になります。(資金調達手段の多様化である、資金コストを引き下げる手段である、資産を圧縮することで資産効率の改善につながる、など様々な見方があります。しかし資産には収益を生む側面もありますので、それを売却するのはその資産保有のリスクが、企業や金融機関が許容できる保有リスク量を超えているからだと考えるわけです。)
 証券化については、実質的にオリジネーターの取引なのに、その簿外取引になるという批判があります。ただ証券化という行為そのものが、オリジネーターと切り離すことで成立しますので、こうした批判を受け入れてよいのか疑問も残ります。 証券化の進展により、近年では、既存資産(過去の投資資金の回収)だけでなくfuture assetつまりfuture cash flowが証券化の対象になったこと(新規事業資金の調達)が注目されています。
 証券化についてさらに学びたい人には次の本を薦めます。
Frank J.Fabozzi and Vinod Kothari, Introduction to Securitization, Wiley:2008

originally appeared in April 21, 2010
corrected and reposted in February 25, 2012


東証のシステム障害(2012年2月2日)と東証大証統合論議

2012-02-08 16:10:15 | Securities Markets
再び大規模深刻なシステム障害起こす
 2012年2月2日 東証で再び大規模なシステム障害が発生した。その結果、2月2日午前中、221銘柄が取引できなくなった。
 今回、株価情報システムのサーバー1台が故障(1:27)。予備の2台が自動的に引き継いだと判断した(2:30)が、実際には配信がおこなわれていないことに気づき(7:40)、手作業による切り替え作業を開始(8:45)、241銘柄(普通株222銘柄 上場投信12銘柄 このほか上場不動産投信2銘柄 新約予約権付き社債5銘柄も停止)の取引停止を発表(8:50)。その後、予備機への切り替えのめどがつき(10:00ころ)11:15には午後(0:30)からの取引開始が発表された。
 2010年1月に東証がアローヘッドに移行してからの初めての本格的なシステム障害(2010年1月コロケーションサービスを合わせて開始 2010年の1日当たり注文件数823万件は2009年比23%増 ⇒証券取引所の収益には貢献 2011年1月売買代金ベースでコロケーション経由は3割にまで成長 2011年2月28日TOPIXを約10ミリ秒ごとに算出するサービス開始 コロケーション経由 2010年月11.7% 2011年3月36.5% 2011年4月34.1%)。アローヘッドは高速株式売買への海外機関投資家のニーズにこたえる(ヘッジファンドやプロップファームによる高速度取引HFT取引呼び込みを狙う)ため、2006年12月に委託先に富士通を選定して開発されたもの。開発運営費は約250億円。導入当初注文処理速度を2000ミリ秒から3000ミリ秒を50ミリ秒に400-600倍に速めたといういいかたが聞かれた。しかし2011年2月に稼働したロンドン証券取引所の応答速度は0.125ミリ秒。2011年8月に稼働したシンガポール証券取引所のそれは0.074ミリ秒。こうした国際的な競争の中でのシステムダウンは、致命的な結果になりかねない。

人為的ミスが重なった可能性
 今回はシステムダウンのほか、予備機に自動的に切り替わったと誤って判断。かつ配信が行われていないことに気がつくまで長い時間が経過している。午前7時40分に異常に気がついたのは証券会社からの問い合わせによる。もっと早く気がつくことは無理だったのか。また情報系の責任者とはその時点で連絡がとれなかったこと、この責任者の出社時刻が驚いたことに午前8時というのも驚いた点だ。1時間前に異常が気がついても間に合わないだろう。システムダウンだけではなく、システムを監視している人間の判断ミスが、午前中の売買停止という事態を招いた可能性が高いのではないか。これは必要な時期に確実に売買できるという信頼性が損なわれたということで重大な事故なのではないか。

統合論議への影響 統合メリットとしてのシステム障害対策
 今一つ注目されるのは、現在、東証と大証の統合が議論されていることとの関係である。統合がこうしたシステム障害時の対策にもなることが期待される。統合のメリットとしてシステムの一本化があるが、今回のような事態のときに、統合により大証のシステム(221銘柄のうち55銘柄を処理)を失わせるのはリスク管理としては問題があるのかもしれない。今回の事故をみると東証と大証が経営統合したとき、大証の株式売買システムは、残した方がいいのかもしれない。東証のシステムがダウンした場合、すみやかに大証に取引を移行させるような仕掛けをこの機会に考えられればそれこそ統合のメリットの一つになるだろう。

システム障害対策を先行 統合は延期を
 東証大証の統合については、2012年夏までにシステム統合の時期を明らかにするとされている。しかし今回のシステム障害の重大性からすれば、統合の議論を延期してでも、東証はまずシステム障害対策を急ぐべきではないだろうか。

株価指数の算出方法見直しを
 なお気になる点はほかにもある。一つは今回のように一つの取引所が一部銘柄が取引停止中の株価指数の算出である。これは取引停止銘柄について前日の終値を使って算出を続けたということである。確かに東証での売買は停止されているので東証株価指数の理屈としてそれでいいようにも思われるが、大証などでこれらの銘柄が取引されていたことからすると疑問がなくはない。

参照 原因不明の危うさ 東証がまたも大失態 東洋経済オンライン 2012-02-02
   東証がはまった冗長構成に潜むリスク ITプロ 2012-02-03

証券市場論 前期 証券市場論 後期 現代の証券市場 証券市場論教材
財務管理論 前期 財務管理論 後期 現代の金融システム 財務管理教材
東アジア ビジネスモデル 経営戦略 


リスクのコントロールとファイナンス

2012-02-07 08:52:38 | Financial Management

概論 CFM論とFCF論では主張は正反対 どちらが正しい仮説か
企業金融をどう理解するか。リスクをどのようにコントロールするかという観点から、企業金融を整理することが可能ではないか。企業が外部金融に依存せず内部金融で日常的な資金調達は済ませるように変化して、企業金融の中心的役割はリスクへの対応に変化しているのではないか。
近年、フリーキャッシュフローに関する議論はゆれている。近年のcash flow management(CFM)の考え方をみると、free cash flowを最大化し、新規投資をこのfree cash flowの範囲にとどめることで、外部資金に依存しないことが理想として語られている。これはこれまで主流だったFCF仮説(企業に対して、有効な投資先がなく過剰なFCFを自社株取得や増配で株主に返すことを求める考え方)という学説的命題と衝突する主張となっている。
 CFM(日本のキャノンがモデルとされる)とFCFでは外部資金・内部資金の受け止め方が逆になっている。まず、CFMでは外部資金に依存することで安易な研究開発投資が行われているから、自己資金の範囲内で投資することで規律の回復が必要と説く。またCFMでは内部資金は大事なもので、その使い方を経営者は真剣に考えるとする。これに対してFCFでは経営者は内部資金を安易に使い勝ちだと考える。経営者がどのように行動するかについても、想定がかなり違っている(参照 新原浩朗『日本の優秀企業研究』日本経済新聞社, 2003年, pp,192-195, 298-200)。

 仮にFCFではなくてCFMが経営のあり方として正しいとすると、外部資金調達の必要性は、まさに想定していなかったほどのCFが必要な事態(あるいはリスク)が表面化したときに現れるのではないか。
 これまでの企業金融論ではFCF不足を常態として、外部資金の日常的依存を前提としてさまざまな議論が組まれていたのではないか。成熟した資本主義国家において、企業は本来日常的には外部資金への依存を必要としていないというのがここでの思考の枠組みである。
最近、リスクファイナンスの議論が盛んであるが、これはファイナンスの役割が、経営上の様々なリスクへの対応に移行していることをあらわしているのではないか。
 従来、金融といえば、資金をどのように調達するか、あるいは余裕資金をどのように運用するかといった問題であった。確かにそうした問題は今日もあるわけだが、内部資金の範囲で投資を行うということが原則なら、資金調達の問題はなくなるわけではないが、企業経営の問題として比重は小さい。残るのが、経営上の様々なリスクに対応するお話。つまリスクファイナンスになる。
 昔から指摘されてきたことだが、研究開発投資など直接収益の改善に直結しない項目は、従来のファイナンス論では、どうしても付随的で節約の対象になりがちであった。しかし経営上のリスク、現在保有している商品・サービスへの需要が減少・衰退するリスクという視点を頭に置ければ、研究開発投資はリスク管理という視点からも重要だという視点がでてくる。
 ここでは企業が抱えるリスクを最小化するという視点をまず問題にする。それは結果としてその企業の資金調達コストを下げ最小化し、その企業の価値を最大化することになろう。ただこのようにリスクの役割を中心に置いた財務管理論は従来の財務管理論とは大きくかわってくる。
背景には、「内部統制ルールの導入」によりリスクマネジメントが普及強化された側面がある。
 なおすでにリスクマネジメントのところで、信用リスク、市場リスク、オペレーショナルリスクなどのリスクの分類と、リスクの管理手法(保険、自家保険など)については議論している。

 必要なリスク管理
   いかにリスクそのものを減らすか
   リスクは発生時の対応 
 発生確率 発生した場合の被害額
   確率は高いが被害額は小さい 利益の積立から減損処理
   確率は低いが被害額は大きい 保険で処理 
 金融の機能として、従来は資金調達・資金運用という側面がとらえられていた。しかし近年は金融の機能として、リスクへの対応ということが重視されるようになった。

 需給の変動
 需要予測精度の向上。見込み生産(計画生産)から受注生産へ。
 
1.資金のリスク管理
 取引をして行く中で発生する債権の管理は、リスク管理の大きなテーマである。信用取引開始にあたっての信用調査、回収遅延時の督促などの対応が一般に議論される中身である。この場合のリスクは信用リスクであって、金融機関同様に事業会社にあっても信用リスクの管理が重要であることが浮かびあがる。
 
2.資金へのコントロール能力controllability
 外部資金への依存をへらしてゆくか。そのために企業はいかに努力しているか。まずは高い利益を上げて内部留保を積み上げ、外部資金に依存しないで経営できる状態を理想形として置いてみる。そこにいかにして近付くか。
 というのは外部資金に依存している間は、その資金コストの変化や、調達可能性の変化というリスクに経営は常にさらされる。
 運転資金を節約するさまざまな技術、あるいは資産から資金を生み出す様々な技術は、資金についての外部制約を減らす意味がある。在庫の管理圧縮は、在庫自体の圧縮であるとともに、運転資金の圧縮(在庫スペースの圧縮 保管コスト・運送コストの圧縮)につながることは従来から議論されてきた。
 最近の注目はCMSや資産証券化である。これらは資金の内製化として注目されている。
 CMS:大手企業はグループ内で必要な通貨資金をやりとりするようになった。グループ内の余剰資金を集めることで、グループ外からの借り入れを減らすということである。

融資枠契約commitment line コミラインは、融資枠の極度額の限度内で、金銭消費貸借を成立させる権利を付与されたことに対して、顧客が手数料を支払うことを約束した契約で、この手数料はオプション代のよう理解できる。借入ごとに審査がいらないので企業にすればリスク対策になる。機動的な短期資金の借り入れに適切。2007年3月末で26兆3290億円 約1万社強 前年同月比10.5%増(日銀調べ)。
 借入にあたり審査がいらないという点で当座貸越と似ている。申込手続が必要、返済期限があるといった点で当座貸越と差異がある。顧客は融資枠極度額(あるい極度額の空き枠)に対して手数料支払い義務があるが、金利は当座貸越より低い(参照 階猛・渡邊雅之『銀行の法律知識 第2版』2009年, p.128)。
金融機関はコミットメントフィーを融資枠の利用実績にかかわりなく受け取ることができる(当座貸越契約は利用実績に応じて利息を受け取るのみ)。企業とすれば、資金が必要になるたびに借入手続を経る手間が省け、・・・資金繰りが安定する。ただし特定融資枠契約に関する法律(1999平成11)で手数料は利息制限法の適用除外となった。ただしその対象は大会社や資本金3億円以上の株式会社等に限定されている。金融機関としては、対象企業は信用格付けが上位であり、原則として資本金が3億円以上の無担保融資に耐えられる企業に絞られる。高橋俊樹『融資の常識2版』きんざい, 2011, pp.100-101.

 なお以下も参照。企業買収資金の調達について

資産証券化:資産を証券化して現金化することは、そのコストの問題を置くと、企業にとっては資金調達の可能性を広げる意味がある。資産を切り離して証券化することは資産を圧縮して、資産利益率を改善を狙うことができる。あるいは新たな事業展開で本来負債が膨らむはずが、負債を増やさずに資金調達ができる。
 CMSに比べて証券化は、外部の投資家に依存している点で、内製化は不十分かもしれない。しかし証券化の技術をみると、従来、外部の投資家をひきつけなかったものをひきつけるようになった。そこが注目される。

 しかし証券化によって、従来は売却できなかったものが売却可能になるのはなぜだろうか。プーリングによる資産の集合により債権のリスクを大数の法則でつかめるものになる。本来の所有者から資産のキャッシュフローを切り離すオフバランスが実施される。純粋に対象資産を抜き出す技術=「倒産隔離」がなされている。さらに信用補完*、支払方法などでキャッシュフローの流れを組み替えて行く。
 *たとえば優先劣後構造(senior-subordinated structure)が使われる。通常、債権は債権者間は平等である。残った資産を債権者は債権額に応じて分け合うことが普通である。これをプロラタ(ラテン語で同じ割合という意味)方式とか、あるいはプロラタパリパス(パリパスはラテン語で等しい足並みという意味)という。返済順位が同位ということである。これに対して優先するものをシニア(senior)といい劣後するものをsubodinatedという。シニアより順位は落ちるがsubordinatedほどではないものは、メザニン(mezzanine中二階)と呼ばれる。優先劣後構造を使うということは、支払に優先順位付けを付けることで、優先順位の高い債券を作り出す意味がある。

 企業が資産を売却するスキームの場合、それは資産証券化商品を機関投資家に売ることで資金を調達し、それで負債を削減できれば財務構造の立て直しにもなる。
中小企業が売掛債権を流動化することで資金を入手できるスキームの場合、これまでの仕方では入手困難な資金が入手できたなら、これは資金調達の可能性を広げたことになる。
 証券化商品はどのような資産が対象になっているかで名称が異なっている。住宅ローン担保証券RMBS 商業用不動産ローン担保証券CMBS 社債やローンを集めた債務担保証券CDO ローン担保証券CLO リース料など金銭債権を担保にした資産担保証券ABS さらに最近では「事業の証券化」という手法も注目されている。
 ABS 364銘柄残高1兆5461億円(2003年3月末)
 ABCP 64件 発行枠20兆2394億円(実際の発行額は5兆円程度 ともに2003年3月末現在 03年内に発行残高6兆円超す 銀行はリスク資産かかえずに資金需要にこたえられる)2005年度は約9兆円。RMBSが5兆円超え。普通社債6兆9000億円。社債米国は1兆1500億ドル。06年度の発行額は05年度より18%増の10兆7000億円。RMBSが5兆円超え。CMBSが1兆7000億円。ボーダフォンやUSENの事業証券化。普通社債は7兆円弱。米国は1兆2231億ドル
 資産担保証券 買い手は生命保険など一部大手証券にかたより流動性は乏しい
 事例 2004/01 泉ガ-デンタワーの証券化 オフィス部分 740億円 2002年10月オープン時は空き室あり その後稼働率9割以上 この時点でオフィスビル証券化国内最大規模 住友不動産設立のSPCの借入資金の返済
 2005年度 品川三菱ビルの証券化(1250億円)
 1993年特定債権法(リース クレジットなどABS) 1998年SPC法施行(最低資本金 取締役 対象として不動産加えMBS可能に 不動産取得税・登録免許税軽減など) 2000年に証券化できる対象資産拡大
 資産担保融資を三井住友銀行が始めた 売掛金 貸付債権など営業資産を担保とするもの 営業資産を評価して一定額を差し引いて融資上限額を決める。融資と証券化の中間的手法。A04/05/07

3.リスクマネンジメントについてはデリバティブなどの代替的金融手段の活用がつぎの注目点である。

 企業戦略による対応もある 例 商品価格の変動に対して
 原材料価格の変動 先物を利用してリスクヘッジする。水平に拡大して価格交渉力を高める。素材生産部門を買収する(垂直的統合)。より単価の低い材料にシフトする

 資金コストの変動など市場価格の変動への対応
 金利の変化
   金利が上昇する 長期固定に乗り換える 長期固定を増やす
           市場金利連動型減らす
           借入そのものを減らす
           投資を自己資金の範囲にとどめる  
   金利が低下する 短期流動に乗り換える 短期流動を増やす
           市場金利連動型増やす
 例 為替の変動
 為替リスク回避手段 為替予約(リスクは回避できるが差益は得られない) 通貨オプション(為替波乱の局面では費用が高くなる)
 3ケ月から半年程度の実需の半分程度を為替予約する(TDK)。
 原則として輸出の半分は3-6ケ月先まで予約している(トヨタ自動車)。
 想定レート(予想の範囲で円高の進んだレート)。そこまでであれば収益に大きな影響はでない(対応が取れている)。
 輸入企業はドルで支払う。円安が進行するときは先物の円売り・ドル買い予約を入れて支払額を確定しようとする。長期予約を入れることで円安が加速される。
 円相場が下落が進行すると予約が解消する・・といった契約
 輸出企業はドルで受け取る。まだ円安が進行するとみればあわてない。しかし円高にて変わる不安があればその前にドル代金を円にする。将来の円高を心配するときは円安のうちに為替予約(先物をドル売り円買い)をいれる。予約を入れれば円での受取額は確定する。この動きにより円相場は固くなる。

 キャプティブ:企業自らが設立する、自らの保険リスクを再保険するための子会社をいう。
 代替的リスク移転(ART:alternative risk transfer):地震・気候の変化など新しいリスク、デリバテイブやキャプテイブなど新しい手法、機関投資家など新しいリスク引受先のいずれかの要素をふくむもの

 温暖化をはじめ異常気象が指摘されるなか、金融商品として天候デリバティブが企業から関心をもたれている。これは温度の上昇・下降とか、降雨量とかあらかじめ定めた事象が発生すると、が支払われる商品。
 天候デリバティブ:一定の事象で支払い 損害の有無とは無関係
 金融機関はこの環境問題にどう取り組もうとしているのか。
 環境問題に配慮した経営を行っている企業に対して、優遇金利を提供する動きがある。エクエーター原則:融資先の事業がきちんと環境に配慮しているかを点検する。世界の主要銀行がすでに採用。日本では2006年初めに三井住友銀行が採用。また、みずほとオリコは環境に配慮した企業に融資利率を引き下げる取り組み始める。みずほ銀のチェックリストに企業が回答することが条件で今後の努力目標をだせば、両社提携無担保ローン金利を通常の2-3%から1台半ば-2%台前半に引き下げる。(N05/12/20)
 なお温暖化がとまらないと2030年頃までに1度程度平均気温が上昇するとされる。熱帯夜の増加。洪水。暴風雨による損害拡大。欧州やオーストラリアで干ばつが懸念される。2050年頃までにサンゴは死滅。熱波や干ばつによる死者が増加。3割ほどの種の消滅するとされる。コストの高い風力発電、太陽光発電へのシフト、電気自動車への移行は不可避だとされ。科学者はCO2排出量の抑制ではなく削減が必要で、化石燃料からの脱却が必要だとしている。

4.想定外の事態に備える
 すでにみたように、この対応は内部統制ルールの法定義務化により促される側面がある。

 事業継続計画business continuity planning:BCPの作成 
これには、工場オフィスの耐震化、代替施設の確保、情報システムのバックアップ、社員の避難ルートや安否確認方法などの確認と表示。また災害時の中核事業の継続・早期復旧、人員・生産設備の代替手段確保などの項目がある。
 大地震のときの通信障害については、自家発電装置。予備拠点の設置 ビルを借り切り基本業務を継続させるなどの対応をしている企業もある。野村證券、日興シティG証券、モルガンスタンレーなど。N03/08/23 ゆうちょ銀行は最悪の場合に備えて人力処理の訓練も行ったとされる。07/09/13
 内閣府や経済産業省ではBCP策定指針公表。東京海上日動火災などが支援コンサルタント業務を行っている。もともとは2001年米同時テロを契機に注目されるようになった。
 この問題への金融機関の対応。BCP関連費用にBCP策定済みが今後策定予定を条件に金利優遇(京都銀行 2007/01-)。日本政策投資銀行―三菱UFJ信託―日興シティ(震災時発動型融資予約 2006/10-)。防災格付け融資制度で防災対策費用融資で優遇(日本政策投資銀行)。商工中金(防災対策に10年固定金利融資 2005-)。N07/04/02。
 つまりこのような天災については、耐震建築にするなど被害を小さくすること(そのための支出)と実際に天災が発生したときの資金の確保の2つの面で金融の役割がある。
 地震保険:保険料が高い。被害の補てん機能はある。しかし保険金査定に時間がかかり運転資金として当てにするには不安。
 なおCATボンドというものがある。これは災害発生時に受取額減額される債券で災害発生のリスクを保険会社が資本市場に転嫁する仕組みである。リスクを請け負う保険会社が発行している。
 なお2007年8月の新潟県中越沖地震でリケン(エンジン部品ピストンリングのシェア50% 計13万台の減産)の被災に際し自動車メーカ-12社を含む取引先30社以上と延べ1万人以上の支援を行ったことは、事業継続支援の企業間協力のモデルとして注目されている。

予定していなかった事態や判断に備える。金融の役割として従来考えられていたのは、以下に述べるような想定外の事態に対応して、必要となる資金をどのように調達するかという問題設定であった。こうした問題での対応は確かに企業の財務セクションの直接の問題ではない。しかし対応の仕方によっては、財務セクションが用意する資金量は全く異なった大きさになるだろう。
 つまりさまざまなビジネスリスクの問題への対応について、財務セクションはどのような対応が結果として企業のリスクを最小化するかという観点で発言する重要な役割を社内で担っているといえる。そしてそのとき様々な選択肢のコストを示すとともに、コンプライアンス=法律や社会的規範を重視した対応が最終的にはリスクを最小化するということを主張し続けることが財務セクションの役割だといえる。

 買収案件あるいは敵対的買収者の登場 戦争・天災・地震・風水害・火災・交通事故など。労働争議(ストライキ)。製品事故の発生、風評被害など。
 敵対的企業買収については、企業買収防衛策の策定などが、対応の一つになる。リスクへの対応の中で、金融的な方法は、対応のあくまで一つである。

 ネット取引における通信障害は、影響が大きいので避けるべきだが、このようなシステム部分を社内のカルチャーが違うなどの理由でアウトソース化しているとそこが社内でブラックボックスになり、実際の障害発生時に対応が遅れる。システム部分のアウトソース化とリスク管理には背反関係がある。このようなシステム系のアウトソース化には限界があり、障害発生率や復旧許容時間など品質管理目標をきめ改善をすすめるべきだ。なおこの限界をどうとらえるかの判断は、システム部分がその企業にとってどの程度コア業務であるかによっても分かれるところだ。
 みずほGは、2002年春の統合時に大規模システム障害を起こした。リストラのため行内で優秀なシステムエンジニアを育てる余裕がなかったことが一因とされ、コスト削減がシステム障害につながった事例。
 楽天証券は、通信障害の頻発に2度にわたり金融庁から業務改善命令を受けた。2度連続で受けた点が異例で、事業拡大にもかかわらず、あまりに少ないシステム担当者(わずかに30名)で行っている無理が、障害の頻発につながっているとされる。これもコスト削減が障害につながった。
 NTT東西では2007年5月23日に217万世帯に影響するIP電話障害を起こした。サーバのハードデイスクに書くコマンドを大文字で書くべきところ小文字で書いたためとされる。全日空では2007年5月27日に空前の大規模障害で130便が欠航、7万人に影響した。その原因はメモリー部品一つの故障。これは小さなミスが大きな結果を招いた事例といえる。

 製品事故 例
 2005/01 松下電器製のFF式(forced flue)石油温風暖房機 でCO2 中毒で死者 2005/04/21 松下は無償修理を決定 2005/11/21 長野で死亡事故 2005/11/29 経済産業省が回収命令 200512/02 再修理品で中毒事故 背景 古い製品(1985/10-1992/01製作)だが継続使用。松下側は要因の複合を想定し事故の再発を低く想定。全社的対応遅れる。しかし原因は吸排気管の材質と判明。全社対応に切り換える。
 2006/02 パロマ製 東京ガスへのOEM供給 ガス瞬間湯沸かし器で不完全燃焼 死者 不正改造が原因とのメーカー側主張に遺族が納得せず申し立て 調査の結果1985年以来 27件の事故20人の死者わかる 2006/08/26 経済産業省が回収命令 その後2007年2月7日にはリンナイ製でも事故 リンナイでも過去に死者を出す事故を出していることが判明
 2006/03 アイリスオーヤマ製シュレッダーで2歳女児の指欠損事故(静岡市 指9本) 2006/07 カール事務機シュレッダーで2歳男児の指欠損事故 調査の結果 過去から事故が多発 大人のケースも判明 背景:過去の事故情報が業界で共有されず
 2006/06/03 シンドラー社製エレベーターで圧死事故 メーカーと独立系保守点検業者との間の利害対立も背景とされる。ドイツ製品の事故をめぐって
 製品事故については、重大事故発生時には事実を公表し拡大防止措置をとることが必要とされる。すなわち情報の周知と、積極的な対応(製品回収・無償修理)など。あらかじめ対応マニュアルの作成も必要。同一製品については他社製品の事故についても自社製品にも生じうる事故と認識して対応(製品回収・無償修理)が必要。

リスクマネジメントの基礎

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author. Hiroshi Fukumitsu is a professor of financial management at Seijo University, Tokyo.
originally written in Feb.17, 2008.
corrected and reposted in Dec.14, 2009 and February 7, 2012.


財務上の特約covenantsについて

2012-02-07 07:20:50 | Financial Management

財務上の特約covenantsについて

Hiroshi Fukumitsu


社債の世界では社債の無担保化が進んだ結果、償還のよりどころとして財務上の特約をつけることが広がった。また融資の世界では、キャッシュフロー・ファイナンスが普及し与信管理が、重要になってきたことが、財務上の特約の普及につながったと指摘されています。

 債権者と債務者の関係は代理関係に例えられます。そこで債権者は債務者を従わせるために、さまざまなテクニック(監視や契約など)を使います。このように代理関係があるゆえに発生するコストを代理コストagency costといいます。このagency問題を緩和する方策として(agency costを引き下げる方法として)債務契約にコベナンツ条項を織り込むことが増えてきました。この条項の付与は債権者の立場からするリスク管理の問題の一つとしても理解できます。 
 ところでコベナンツは次の二つの行為に別けられます。
positive or affirmative covenants ある資本構造あるいは収入の比率の維持など 何かをする約束(作為義務)
  negative covenants ある資産を第三者への担保に入れる、新たなローンを取り組む、株の買戻しなどある資本取引(equity transactions)行為の制限あるいは禁止(不作為義務)
 コベナンツを改めて説明します。債務契約において債務者が守るべき約束の取り決め全体をindentureといい、その中の個々の項目をコベナンツcovenantと呼んでいます。日本語では財務制限条項とか財務上の特約と呼ばれます(表1)。

表1 コベナンツ条項について

センサー機能純資産維持条項、利益維持条項、配当制限条項、自己資本比率維持条項、追加債務負担制限条項など
劣後性回避機能担保提供制限条項(ネガティブ・プレッジ条項)、担保切替条項
その外の企業活動制限セールアンドリースバック制限条項
、主要会社・子会社の処分を制限する条項、子会社株式譲渡制限条項、合併制限条項など

 
徳島勝幸「現代社債投資の実務 新版」2004,pp.102-103,107.
 コベナンツのうち一定の資産比率の維持を求めるものはリスク投資を制限する意味があります。資産内容の変更を制限するものも、リスクの増加を防ぐ意味がある。資産処分を制限するものは、資産の株主への移転や過小投資を防ぐ意味がある。借入を制限するものは、既存の債権者の権利の希薄化を防ぐ意味があります。
なおコベナンツのうち、出資者の出資比率の変更を問題にする条項をとくにCoC(change of control)条項といいます。

この条項に違背する事態になると、期限前償還義務など債権者の保護のための措置の実行を債務者は義務づけられています。一般にコベナンツに違反した場合の効果は、3層に分けられておりますが(表2)、期限前償還は中でも最も厳しい「期限の利益の喪失」にあたります。

表2 コベナンツ違反の効果

期限の利益の喪失即時返済義務など
融資条件の変更担保、金利条件の変更など
違反状態の治癒一定期間内の違反状態是正など


階猛・渡邊雅之『銀行の法律知識 第2版』2009年, p.125

 このような財務上の特約の有効性の差にも関心がもたれています。岡東務氏によりますと、財務上の特約の有効性には差があります。日本で発行された無担保社債および無担保転換社債を検討したところでは、利益維持条項と純資産維持条項の有効性は明らかに高く(実際に抵触例があり物上担保付社債に変更されて社債権者を保護した)、配当維持条項も有効性が高かった場合があるとのことです(岡東務「債券格付けにおける財務上の特約について」『証券経済学会年報』35号, 2000年5月,pp.23-35, esp.29, 34.)。その遵守状況を把握するためのモニタリングコストがかかり、担保と違って倒産時に一般債権者に優先しえないという限界があるとのことです(階猛・渡邊雅之『銀行の法律知識 第2版』2009年, p.126)
 この問題は、金融機関の側からだけとらえると問題があります。借り手側の動機付けに工夫をこらすべきで「違反を直ちに期限の利益喪失とするのではなく、状況に応じて、違反事由の解消策や融資条件見直しの協議をするなど、弾力的対応が求められるよう。また、コベナンツを遵守すればより有利な条件の融資取引への移行が可能であること、借換えの審査手続がスムーズに進むことなどをメリットとして用意することで、借り手側の理解をえやすくすることも必要であろう」高橋秀樹『融資の常識50考2版』きんざい, 2011, p.91.といった、借り手側の立場に立った指摘も見られます。
コベナンツ・ファイナンスの普及を受けて、つぎのようなコベナンツを定型的融資契約書に組み込むことが提案されています。(1)事業CFの入出金集中義務。(2)融資対象事業の継続義務。(3)融資対象事業に関する法令順守など。(4)事業計画・実績報告義務。(5)業績が順調でない場合の報告義務。(入道正久「コベナンツ類型化の有用性」『金融財政事情』2010年6月28日, pp.34-37)
 コベナンツのことを入道さんは「キャッシュフローを担保する仕組み」と表現していますが、これはなかなか適切な表現かもしれません(入道正久「中堅・中小企業に安定的な長期資金調達の道を開く」『金融財政事情』2010年4月5日p.25)。

 なお財務上の特約は特約をつけられる側からみれば、財務上の制約です。条件を付けられる側は、もちろん契約書を吟味して抵抗することになります。

 シンジケートローンではコベナンツが必ず登場します。その理由としてシンジケートローンではローンの譲渡が前提になっているため、「銀行取引約定書」が交わされない。そこで約定書に定めてある期限の利益の喪失など、銀行が取り立てで有利に建てる条項を、コベナンツという形で銀行は確保しようとしていると説明されることがあります。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
 Originally appeared in July 22, 2010.
Corrected and reposted in Aug.4, 2010 and Feb.7, 2012.

The Top Page
財務管理論 財務管理論文献案内
証券市場論 証券市場論文献案内
経営戦略事例研究 サブプライム問題集中講義
PDF公開論文


証券化と仕組み金融 securitization and structured finance

2012-02-04 22:53:41 | Financial Management

証券化と仕組み金融

Hiroshi Fukumitsu

 1980年代以前 disintermediation の問題として議論された。銀行を仲介しない金融の問題として。金融のうち銀行など金融仲介機関financial intermediariesを介した金融を間接金融indirect financeと呼ぶ。この金融仲介機関を外す証券化securitizationのような金融現象をdisintermediationと呼んで学界は注目したのである。
 もともとsale and lease backという方法があった。売却した資産をなお生産に利用しながら利益を高める方策である。
 しかし近年では仕組み金融structured financeの問題として議論されるようになっている。これは資産がプールされpooled、組みなおされるrepackaged(tranching)ことで証券化という新たな金融手段が可能になっていることが理解されるようになったからではないか。sale and leasebackとsecuritizationとの間の違いであるが、私は第三者の機関投資家が資金の出し手になったという資金の出し手の変化にかねて注目している。sale and leasebackの時代。実はお金の出し手は、関連会社などであった。securitizationの時代。資金の出し手は第三者に広がっている。そこで投資家にリスクをどのように負担してもらうかが、問題になった。リスク負担の再編が証券化の内容として議論されるのは、このような資金の出し手の広がりが関係している。
 従来の金融はasset based lending (secured lending)と呼ぶことができる。そこではまず借り入れた企業の返済能力 ability to repayが問題であり、次に value at which the collateral can be liquidated in bankruptcyが問題だった。これに対して証券化(仕組み金融)securitization(structured finance)では、まず cash flow created by the pool of assetsが問題であり、そのプール、組み換えが証券化の内容を構成している。
 また証券化は信用補完 credit enhancementと呼ばれる金融技術に支えられている。それは以下の3層の構造をもっている。以下の(1)(2)を内部信用補完internal enhancement。(3)は外部信用補完outside enhancementと呼ぶこともある。

1)originator-provided enhancement
excess spread
cash collateral or cash reserve
overcollateralization
2)structural credit enhancement
senior-subordinate structure
3)third-party credit enhancement
financial guarantee by the insurer
letter of credit issued by the bank

証券化では modify or redistribute the risk of the collateralという現象も起きている。
証券化はそのcash flowが既存のものか将来のものかで次の二つに区分される。
existing asset securitization
future asset securitization

証券化で登場するものには、orginatorとspecial purpose vehicle(SPV)あるいは special purpose entity(SPE) がある。そして this entity delinks the credit of the entitiy seeking funding from the creditworthiness of the securities that are created in a securitization

bond classe or tarnches (senior and junior notes)
the subordination structure

なおpass-through pay-throughの区分がある。
direct claim on the cash flow: pass-through certificate
when there are rules to allocate the collateral's cash flow: pay-through certificate

証券化はoff-balanece-sheet financingだとされることがある。それはoriginatorのバランスシートからはこの資金調達が見えなくなるからである。
説明しよう。
originatorはそのassetを売却した形になる。その売却益を使い
債務を返済するなどしてoriginatorのバランスシートが小さくなると
証券化で資金調達をした痕跡がoriginatorのバランスシートから消える。
証券化で調達した資金の返済はSPVあるいはSPEの返済
能力にかかるのである。

on-balance-sheet financing
off-balance-sheet financing

Frank J.Fabozzi and Vinod Kothari, Introduction to Securitization, Wiley:2008

また日本では間接金融と直接金融との中間に市場型間接金融market-based indirect financeと呼ぶべき金融分野が存在することも注目されるようになった。それは金融仲介機関から資金が流れている点で明らかに間接金融なのだが、間接金融の特徴である相対型金融(取引条件の決定が相対の交渉によるものであり、取引への参加は交渉当事者を想定している その両者の関係は継続的取引関係がベースになっている)ではなく、取引への参加が交渉当事者以外の従来継続的取引関係にないものにもオープン(あるいはオープンになりうるもの)であり、取引条件の決定で競争など市場メカニズムが利用されている点では市場型金融といいうる特徴をもっている。このような市場型間接金融の代表的なものにシンジケートローンがある。
なお従来型の間接金融はbank-based indirect financeと呼ばれることがある。

アメリカでは住宅ローン証券化からいわゆる証券化の技術が発展した
政府系金融機関の形成
 ファニーメイ1938(1968に民営化) ジニーメイ(1968にファニーメイから分離設立) フレデイマック(1970)の設立
適格住宅ローンの買い取り プール化 パススルー型MBSの発行:証券化の開始
 背景には1960年代後半の金利の自由化によるS&Lからの資金流出があった

政府系金融機関によるモーゲージパススルー証券の発行(毎月支払い 償還期日前償還リスク 金利の大きさ)
 ジニーメイ1970 フレデイマック1971 ファニーメイ1981
 適合ローンをエージェンシーが買い取り証券化する
 エージェンシーMBSといえる。

 エージェンシー発行でないもの 民間MBS ノンエージェンシーMBS
1983年 ファーストボストンによるCMOの登場 権利をトランシェに分ける 通常の債券と同じ支払い・償還
    階層化構造は優先劣後構造senior subordinated structureあるいはwater fallと呼ばれることもある
    当初は3層 その後複雑化
    1980年代 CMOの手法の企業融資への応用
    債券を裏付けとする CBO
ローンを裏付けとする CLO
CBOとCLOの総称 CDO
    MBSをベースにした CDO 組成 

1997-1998 CDSの登場(1995とする文献も)
    CDSを用いてCDOと同じリスク構造を合成したもの 合成CDO(シンセテックCDO)が登場した

    CDS市場とCDO市場 流動性供給の主力としてのヘッジファンド(プライムブローカーからの融資)
    レバレッジ比率が高い

    プライムブローカー(モルガンスタンレー ゴールドマンサックス JPモルガン・チェース、ドイツ銀行など)
    プライムブリーカー 決済 口座管理代行 投資家の紹介 法律事務 資金調達 レポ取引等を支援 ファンド
              ファンドの時価評価 計理 リスク分析などアドミニスター業務も   

    1990年代後半から非適合住宅ローンによる組成
    Alt A Lending 非適格住宅ローンの拡大の象徴 NINA:no income no asset但し借り手への信用と担保不動産が出発点
    No Docもやがて登場
    金融機関によるSIVの設立 民間MBS CDOに投資 これらを担保にSIVはABCPの発行
                金融機関はSIVに融資枠契約(期間1年未満として準備金不要の規制の緩さを利用)
                ABCPに流動性補完契約 償還に問題が生じたとき銀行が必要な流動性を供給する
1998年 LTCMの破たん
   
2000年代に入って
    2001年12月 エンロンの破たん
    2002年 SOX法制定
ネットバブル崩壊後の政策的低金利 
住宅ローン は証券発行が支えた
    資産担保証券発行者(すなわちSIVとかconduit)
    2004-2006はこの資産担保証券発行者がエージェンシーMBSプールに変わり主役の座を務める
    SIVなど発行のノンエージェンシーMBSの購入者 外資(ヘッジファンドなど) 銀行など
    2004-2006は外資の役割が大きかった(⇒国際化)

資料
チャールズRモリス 山岡洋一訳『なぜアメリカ経済は崩壊に向かうのか』日本経済新聞出版社, 2008
ジリアン・テット 土方奈美訳『愚者の黄金』日本経済新聞出版社, 2009.
尾崎弘之『投資銀行は本当に死んだのか』日本経済新聞出版社, 2009.
松田岳「住宅バブルをもたらした金融メカニズム」山口義行編『バブル・リレー』岩波書店所収, 2009, pp.65-80.
関村正悟「グローバルインバランスからグローバルシャドーバンキングへ」岡本真也・楊枝嗣郎編著『なぜドル本位制は終わらないのか』文眞堂, 2011, pp.126-169.
北原徹「シャドーバンキングと満期返還」『立教経済学研究』65-3, 2012, pp.99-141.

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Mar.31, 2009. Corrected and reposted in July 16, 2010 and February 4, 2012.
 
The Top Page
PDF公開論文 


VaRへの信頼喪失と金融機関のリスクマネジメント

2012-02-04 18:41:34 | Financial Management
loss of faith in VaR and risk management
Hiroshi Fukumitsu

 金融機関のリスクとして問題にされるリスクとしてこれまでのところは、信用リスクcredit risk or default risk、金利リスクinterest risk(市場リスクmarket risk)、オペレーショナルリスクoperational riskの3つが問題にされてきました。
 そして監督機関により、金融機関に対しては、リスクに対する自己資本の大きさでリスク管理をする自己資本比率規制が行われてきました。監督機関が注目するリスクの範囲は、この間、次第に拡大してきました。もちろん自己資本比率は、リスクに対して保有すべき自己資本の大きさを示したものに過ぎません。ただこの自己資本比率規制の考え方を使うと、金融機関は自己資本の面から過大なリスクの取り入れを修正(抑制)することができるはずです。

 なお金融機関でリスクの大きさをはかりリスク管理を行う手法として、これまで問題にされてきた手法は以下の3つです。
 まず1)maturity gapの管理。これは手法としては期間ごとに満期がきている資産と負債の大きさのズレをみるというものでmaturity-ladder analysisともいいます。リスク管理では、各期間のこのgapを小さくすることを課題にします。単純には短期運用に徹すればよいわけですがそれでは収益が下がってしまいます。この手法は金融機関のリスクが、短期で預ったお金を長期で運用することにあると考えられていた時代に発達しました。
 そこでladder型の運用(等間隔で償還期間までが等しい金額の運用を繰り返すと、収益と流動性の両面が確保できます)やdumbbell(barbell)型の運用(短期物と長期物に集中して投資すると、短期物で流動性を確保しつつ長期物で収益性が確保できます)が昔から指摘されてきました。
 このほか資金が将来のある時点で必要であることがわかっているなら、そのときに償還を迎える、ある特定期間物に運用を集中する戦略はbullet型にも合理性があります。また市場の指数から得られる市場平均の収益を上回ることは実は難しいところから、債券指数の動きにあわせた運用(bond indexing)もよく指摘されます(以上のladder, barbell, bulletの議論は私自身の学生時代から見られる懐かしいもの。とりあえず以下を参照。太田八十雄『ゼミナール 債券の運用戦略』東洋経済新報社, 1995, pp.97-111, esp.,98-102.Esme Faerber, Fundamentals of the Bond Market, McGraw-Hill, 2001, pp.213-215.)。
収益機会の喪失については、実際には金利変動を利用して、リスク管理と収益機会の追及とのバランスを図るとされています。たとえば金利上昇が期待されるときは、運用は短期を中心にして金利上昇の利益を短期運用で得ようとします。逆に金利下降が期待されるときは、運用は長期を中心にして金利下降のマイナスを長期運用で減らそうとします。ただこのような議論は、収益について時間価値での評価ができていない(つまり収益が生み出される日時がバラバラなのにそのまま大きさを比較していることが)問題である、と指摘されています。
つぎに2)duration gapの管理。ここでデュレーションとはキャッシュフロー支払いの有無を考慮して算出した、債券の平均的な回収期間のことです(この意味でのデュレーションをマコーレー・デュレーションと呼び、金利1%の変化に債券価格がどれだけ動くかを示す修正デュレーションと区別します)。資産全体、負債全体のそれぞれのデユレーションを求めたときその差をduration gapといいます。この手法は、金融機関の資産運用において、債券投資の比重が高まった時代に発展しました。
 durationの大きさは債券価格の変化率(金利の変化に対する価格の変化:弾力性)に等しいことが分かっています。このduration gapを管理する(具体的にリスクを下げるという意味ではgapを小さくする)というものです。(duration controlについては太田八十雄、前掲書、p.118.また以下を参照、池尾和人「銀行のリスク管理と自己資本比率規制」筒井義郎編『金融分析の最先端』東洋経済新報社, 2000, pp.49-50.)。
 なお債務のdurationに資産のdurationが等しくなるように運用することをイミュニゼーション(イミュナイゼーション)という。過不足金が発生しないという意味でリスクのない運用だとされます。年金運用ではこれが基本だとされています。(太田八十雄、前傾書、pp.140-147.浅野幸弘「年金資産の運用と債券投資」公社債引受協会編『公社債市場の新展開』東洋経済新報社, 1996, pp.504-509, esp.507,509. Jack Clark Francis and Richard W.Taylor, Investments Second Editon, McGraw-Hill, 2000, pp.178-179.)
 durationはつぎのように批判されます。1bp(0.01%)変化することで現在価値がどれだけ変化するか:BPV basis point valueと同じくリスクの大きさは示すものの問題の事象が起きる確率を示さない。また、実際の時間の経過に比べて利付き債のdurationの減少はゆっくりしているので、durationのimmunize化のためには定期的な入れ替え商いrebalancingが必要になる。
 なおduration gapが大きくリスクが高いと判断すれば平均残存期間を圧縮する、短期物を増やす行動が取られます。その結果、利回りは低下するという原理的問題が生ずるのはmaturity gap法と同じです。durationと区別すべき概念としてconvexityがあります。durationが利子率の変化に対する債券価格の変化を一次式、直線の近似で捉えたものであるのに、convexityは2次の近似で、曲線の近似でこれを捉えています。利子率の変化が大きいときはdurationに加えてconvexityの大きさもみるべきだとされます。(太田八十雄、前傾書、pp.77-90, esp.,88-90. 石村園子・石村貞夫『金融・証券のためのファイナンシャル微分積分』東京図書,2000, pp.46-49. Esme Farber, op.cit., 2001, pp.138-141. )
 そして最後に3)現在一般化したものとして value at risk VaRがあります。VaRでは資産ー負債の全体を一つのポートフォリオとみた正味資産の一定期間後の現在価値を問題にしています。想定期間、想定する信頼区間で金利は最大でどれだけ動くか(言い換えれば正味資産が最大どれだけ毀損するか)を問題にします。1993年にMorganGuranteeがRiskMetricsを無料公開したことで普及したとされています。
 VaRでは、想定する期間、想定する信頼区間で、最大の毀損額を問題にします。そしてそれをカバーする自己資本をもつという形のリスク管理を想定します。(あるいは保有する自己資本に合わせてリスク資産を圧縮することになろう)。池尾氏は先に引用した2000年発表の論文において、このVaRの手法を「現在の銀行の市場リスク管理の事実上の標準」と呼んでいる。(池尾和人, 前掲書, p.50)
 VaRは、リスクを統計的(確率的)に把握できる時代の産物だといえます。ただしその確率の大きさは、過去データ(historical data)を使うことによる制約は免れないとされます。なお信頼区間としては通常は95%のところを使います。すなわち信頼区間84%(1標準偏差)は使わず、信頼区間95%(2標準偏差)を通常使い、信頼区間99%(3標準偏差)は無視するのが一般的です。
VaR three aproaches 理解しやすい説明です。historical dataを使うもの。parametaricなもの(平均と標準偏差から結論を導くもの)そしてモテカルロシミュレーションにより将来を推定するものの3通りがあるとします。
 ジリアン・テットはJPモルガンでVaRというリスク管理手法がされた開発された経緯を述べた上でなぜ95%の確率にしたのかを説明しています。それによりますと1989年にCEOのウエザーストーンは毎日午後4時15分に、あらゆる事業部門のリスクの水準を数量的に示す報告書を彼に届けさせる「4.15レポート」と呼ばれる革新的慣行を始めさせました。最初それは荒削りのものでしたが、彼は数量分析の専門家を集めその日市場が崩壊したら銀行の損失がいくらになるかを計測する技術の開発を求めました。そこで数量分析の専門家が数カ月かけて検討した末にたどり着いたのがVaRという概念だったというのです。95%の確率にしたのは、あり得ないほど最悪のシナリオを恐れながら企業を経営するのは合理的でないからで、農夫が時折発生する洪水や大雪や干ばつなどに対して備えを固めつつ、ハルマゲドンをもたらすような隕石の墜落までは気にしないのと同じだというのです(ジリアン・テットGilian Tett 土方奈美訳「愚者の黄金Fool's Gold, 2009」日本経済新聞出版社 2009年 第2章 p.60)。

VaR信仰への反省
しかし1997-1998年の国際金融危機や2007-2008年のサブプライム問題表面化を経て、VaRを用いたリスク管理手法に対して反省の声が聞かれるようになっています。
  経済現象の多くが、正規分布とならないという点については、経済物理学の議論が参考になります。ベノワ・B・マンデルブロ リチャード・L・ハドソン著 高安秀樹監訳『禁断の市場』東洋経済新報社, 2008とくに第一部を参照。
 「この手法は現場の人間にはそれほど意味がなかった。市場を見ていれば、その[価格変動の]変動率が正規分布などしていないことは直感的にわかる。統計的に一年に一度しか起こらないような変動も、市場が揺れ始めると頻繁に発生する。VaRで試算する損失額と、市場観で感じる恐怖感には大きなギャップがあった。…
 VaRはよくできた手法であったが…複雑化する市場取引の中で保有するリスク量をより単純化して説明するだけのものであり、…リスクを現実に説明するのは、ファットテイルと呼ばれる突然の大幅変動の可能性であった。」倉都康行『投資銀行バブルの終焉』日経BP社, 2008, p.115.
金融機関が引き受けるリスクのベースである信用リスクの把握に倒産確率を使うことにも、それが過去のデータであるという限界がありました。また証券化資産については、同種の資産のプールを作ることで、リスクが増幅される面がありました。
 「信用リスクの度合いを示す倒産確率は、静態的なパラメータではなく景気循環に伴って上下に変動する確率変数である。過去に母集団の倒産確率が1%であったからといって、今後数年間もその水準が維持されるとは限らない。まして、均質的な資産のプールであれば、全体の倒産確率一気に急上昇することは想像に難くない。」前掲書, p.74.
 同様の指摘として江川さんのものがよく知られています。
 「我々は少し不可知を知る必要があるのではないか。現実に対峙せねばならないリスクはその平均も分散も分からない。確率分布はおそらくは標準正規分布ではない。」「今日の金融工学は・・・現実とは相当に距離があるものだ」(江川由紀雄『サブプライム問題の教訓』商事法務, 2007, p.145)この江川さんの説明はおそらくは高安秀樹さんが、為替相場のだいたいの動きは、全変位の95%を占める小さな変動(単純な確率モデルで近似してとらえることができる)ではなく、上位5%の大きな変動(ベキ分布あるいはフラクタル性のある分布とのこと。平均値は事実上ゼロ、標準偏差は理論上無限大。つまり平均や標準偏差で特徴付けられない分布)で説明できることを、指摘したうえで「金融工学の問題点は・・・肝心の将来の確率を計算するところで、現実のデータとは性質が違うことに目をつぶり、計算が簡単な数理モデルを使って、数学的にきれいな公式にしてしまっていることです。」高安秀樹『経済物理学の発見』光文社新書, 2004年, pp.93-95, 97-98.と述べていたのを受けていうのでしょう。
 Pablo Triana, Lecturing Birds on Flying Can Mathematical Theories destroy the financial Markets, Wiley, 2009, pp.129-130にも類似の指摘があります。まず恐慌の渦中では、つまり非正規の状態のときはVaRという物差しは役に立たないことを指摘します。そして続けてVaRは確率的に起こる可能性に低いリスクを徹底して軽視する風潮を生み出し、過大なレバレッジポジションをとって、リスクを起こしやすくすることに役立っているとします。
 金融工学の致命的な欠陥を、尾崎弘之さんはつぎのように整理しています。
 まず、第一に、金融工学は、最悪シナリオを超えた時の解決策を提示できていない。可能性から排除されていた最悪シナリオが実際に起きている。第二に、金融工学は、市場について、非合理的な状態は基本的に発生しないという前提を置いている。実際には非合理的な状態が現れ、広がり、継続もしている。第三に、金融工学は、予測価格に流動性が反映されず流動性を前提している。実際には流動性がほぼなくなる商品がある。(尾崎弘之『投資銀行は本当に死んだのか』日本経済新聞出版社, 2009年, pp.55-58. 尾崎さんの文章に一部言葉を補った。)
 なおVaRの想定をはるかに超える損失が顕現化したことから、VaRの限界を補完するものとしてストレステストを併用することが注目されてい
ます。これは利子の急騰とか株価の暴落、通常は想定外だが蓋然性はある事態を想定してその結果を検証。対策の十分さを検討するというもので、手法は感応度分析とシナリオ分析とに大別されます。しかしストレステストのタイミングをどうするかなど検討すべき課題は少なくありません。
 「金利リスクに関しては、近年、金利ボラティリティが低水準で推移した結果、VaRでみたリスク量が小さくなる傾向が続いている。しかし、足もとの金融環境がリーマンショック後の世界的な金融緩和の反映であることをふまえれば、VaRのみに基づいてリスク枠上の余裕度を測り、投資判断を行うことは必ずしも適当ではなくなっている。」「自己資本の十分性に関しては、リスクの顕在化に備えてストレス・テストを活用することが有効となる。」「市場価格の急落や市場流動性の枯渇など、不連続なショックが顕在化する場合には」「ストレステストを活用すれば、テールリスクや自己資本の毀損度合いをあらかじめ把握し、議論することが可能になる。」「欧米の金融機関は、統計的な手法により、主観的なストレス・シナリオに確率(頻度)情報を与え、VaR等のリスク管理手法と融合させる試みを進めている」鵜飼博史「日本の成長と金融システムの安定に資する銀行経営の課題」『金融財政事情』2011年1月3日, pp.57-61, esp.60-61
 この問題はファットテイルリスクあるいはテイルリスクとよばれています。
2つのストレステストと市場の反響
銀行の自己資本比率規制とメガバンクの増資決定
Bassel 3 バーゼル3

CDOのリスク分析で、相関性の度合いを計測するにはサンプル数が限られていた。格付け機関も商品を開発する側も共通の数学的アプローチを使っていた。ベルカーブグラフを使って、過去のデータから将来のデフォルトの可能性をはじきだそうとする方法だ。そしてテットは、CDOの信用リスク評価に用いられた正規コピュラという統計技術が、たちまち金融機関や格付け会社の間に広まったこと自体がリスクを意味していた。「これは嵐が起これば、すべてのボートが転覆することを意味する。」またモデルの性能は前提としてあてがわれた過去データに依存しているから、もしデータに含まれないような事態が起きたら、モデルは機能しないだろう。ジリアン・テットGilian Tett 土方奈美訳「愚者の黄金Fool's Gold, 2009」日本経済新聞出版社 2009年 第6章 pp.152-153)

伝統的手法の意義
 自己資本というのはリスクが発生したときの備えになりますが、リスク管理という点ではリスクをいかに抑制するかが大事です。計量的手法に頼るあまり、日常的なリスク管理が甘くなっていなかったかは重要な反省点です。
 リスク管理のルールの明文化、市場リスクをコントロールする方法についての知識を、意思決定に参加する担当者や役員の間で周知共有することの重要性は、しばしば指摘されます。
 リスク管理のルールは、自己資本と対比された戦略目標。保有上限額、損失上限額を設けて、損失上限額を超えたら清算するといったロスカット・ルールを設けるなど市場リスク管理体制。さらに商品ごとに取引上限額・投資年限を決める、投資対象に格付け基準を設けるなど市場業務運営体制から構成されています。(佐々木城夛「リスクの計量化より、むしろ基本に戻った高度化を」『金融財政事情』2009年10月19日号, 38-41)

RAROC risk ajusted return on capitalは、1970年代以降、Bankers Trustでリスクに見合った資本を確保するという観点から発展させられたとされています。RAROCについてreturnからリスクの大きさを減額調整するという紹介が多いけれど、もともとは分母のリスクに見合った資本の大きさに関心があったことからすれば、リスクの大きさで調整された収益率とみるべきだともいえます。資産別(事業別)にRAROCを計算して、RAROCの大きなところを業務として伸ばすという行動をとれば、結果としてリスクの取り入れを修正できると思われます。しかしRAROCは適正なリスクの大きさを示していませんので管理指標としては限界があるとも指摘されます。投資信託におけるシャープレシオの考えかたと似ていますね。このようなリターン概念を使うことも過度にリスクを取ることの抑制につながると考えられます。

参考文献
太田八十雄『ゼミナール 債券の運用戦略』東洋経済新報社, 1995年
小泉保彦『SEのための金融入門』金融財政事情研究会、2003年
甲斐良隆・加藤進弘『リスクファイナンス入門』金融財政事情研究会、2004年
高安秀樹『経済物理学の発見』光文社新書, 2004年
佐藤司『企業ALMの理論と実際』金融財政事情研究会、2007年
尾崎弘之『投資銀行は本当に死んだのか』日本経済新聞出版社, 2009年
ジリアン・テットGilian Tett 土方奈美訳「愚者の黄金Fool's Gold, 2009」日本経済新聞出版社 2009年
originally appeared in Sept.6, 2009.
corrected and reposted in Nov.4, 2010, Dec.28, 2010 and February 4, 2012.

現代の金融システム 財務管理論 財務管理論文献案内
現代の証券市場 証券市場論 証券市場論文献案内
PDF公開論文


portfolio insurance or dynamic hedging

2012-02-04 13:19:06 | Securities Markets
portfolio insurance and dynamic hedging 


 まずportfolio insuranceとは投資戦略の名称で、1987年の株価大暴落のとき話題になった。ポートフォリオの価値が下落するとき、逆に利益が出る金融派生商品(たとえばプットオプションを購入する、あるいは指数先物を売るなど)を組み合わせることで下落リスクをヘッジ(回避)するといった投資戦略をportfolio insuranceと呼んでいる。これは金融派生商品を購入することを、価値下落リスクに保険をかける行為になぞらえたもの。
 そしてportfolio insuranceのなかで、原資産の変化などに応じて先物やオプションのヘッジ量を変動させる戦略はdynamic hedgingと呼ばれる。
 ブックステーバーによれば、原資産に対してヘッジするべき量の割合はデルタと呼ぶ。この戦略は、まず原証券のボラテリティ(価格変動性)を正確に算定できるかにかかっている。そしてさらにその前提には、市場の流動性が確保されていることがある。
 しかし現在では、多くの市場参加者が同様にportfolio insurance戦略をとった場合、価格の下落がさらなる価格の下落を生む矛盾があることが明らかになっている。(Marc Levinson, Guide to Financial Markets, 4th ed., Bloomberg, 2006, pp.197, 212-215.ブックステーバーRichard Bookstaberの遠藤真美訳『市場リスク 暴落は必然かA Demon of Our Design, 2007』日経BP社, 2008, 第2章, pp.18-58。

 ベルンシュタインは、1976年9月 カリフォルニア大学のファイナンスの教授であったヘイン・リーランドが投資ポートフォリオを保険をかける仕組み、ポートフォリオ・インシュランスportfolio insurance:PIを思いついた瞬間を描いている。最初に顧客がついたのが1980年の秋でたちまち大手が参入してきたこと。1983年にS&P500の先物市場が創設されたことで取引のリスクは軽減され、実行メカニズムも簡略化された。1987年10月の株価暴落で明らかになったことは、PIが売りの連鎖波及に貢献したこと。PIのプログラムは、市場のボラテリティを過少評価し、流動性を過大評価していることになる。PIのコストは、紙の上で計算したものよりはるかに高くなることが判明したとしている。(Peter L.Bernstein, 青山護 山口勝業 訳 証券投資の思想革命 The Ideas: The Improbable Origins of Modern Wall Street, 1992 東洋経済新報社 2006 第14章 pp.403-439. Peter L.Bernstein, リスク 神々への反逆Against the Gods, 1996 青山護訳 日経ビジネス文庫 下巻 2001 第18章 pp.243-251.
 PI戦略はコンピュターのプログラムに織り込まれるがプログラム(program trading)に従うと、機械的で加速的な売りをもたらすことになる。そしてあまりにも急激な下落は、買い手を躊躇させ、流動性は突然失われる。買い手(流動性)の減少は、相場のさらなる下落をもたらす。つまり最も肝心な場面で、市場の流動性が失われる(蒸発する)現象が生じる。この混乱の理由についてブックステーバー(Bookstaber)は先物市場と現物市場との間で取引を可能にしている時間軸が異なっていることを指摘している(現物市場の投資家はしばしば長期の投資判断を行うがそのためには意思決定の会議が必要になるなど)。
「価格があまりにも激しく下がったため、潜在的な買い手の多くが何が起こっているのだろうといぶかり、様子見を決め込んだのだ。」(遠藤訳p41)「買い手は、株価の下落を流動性が求められている表れとは受け取らずに、何か新しい市場情報によって引き起こされた可能性画あるかもしれないと警戒した。そのため、自分たちは不利な状況にあると判断し、様子見を決め込んだのだ。」(同前p.43)「1987年の暴落の主犯は、流動性の歪みであり、その原因は、二つの市場の需要側と供給側の売買の違いにあった。」(同前p.44)
 モリス(Moris)はあまりにも大きな売りが先物市場に殺到したため、現物市場と先物市場のつながりが切れてしまった(市場の断絶)ことを暴落の原因としている(これはブックステーバーの記述とよく似ています)。「先物市場と株式市場は正常な状態では、価格が密接に連動する。そうならなかった場合には安い方を買って高い方を売る裁定取引が行われて、すぐに連動するようになる。だが・・・売りの大波が押し寄せたために、先物と株式の価格のつながりが切れてしまった。」株式市場と先物市場で価格が連動する仕組みがはたらくなくなったことで、先物市場は株式市場以上に下落した。(チャールズRモリスCharles R.Moris 山岡洋一訳「なぜアメリカ経済は崩壊に向かうのかThe Trillion Dollar Meltdown, 2008」日本経済新聞出版社, 2008, 78-79
 ブックステーバーもモリスも市場の分断を問題にしている。しかし流動性が失せたのは、やはり過大な売り注文の殺到により多くの問題がある。モリスはつぎのようにまとめている。
「この物語でとくに目立つのは、ポートフォリオ・インシュランスが、理論としてはすばらしかったとしても、仰天するほど愚かな面があったことだ。この戦略は1社が採用しているだけであればうまく機能するが、市場全体が採用した場合には、ほぼ間違いなく悲惨な結果になる。」(山岡訳 p.80)
 同じ問題についてレヴインソン(Levinson)はオプションについて以下のように語っています。原資産の価格1%の変化に対してオプションの価格が何%動くかその比率示す数字がデルタ(δ)とします。これに対して原資産の価格の変化に対してδが動く割合がガンマ(γ)である。オプションを使ったダイナミックヘッジングの代表的な戦略はデルタヘッジング(delta hedging)でこれはデルタをゼロにするように、オプションと原資産の売買をするというものだそうです。デルタをゼロに保つために、投資家は、価格が下がっているときに原資産を売り、あるいは価格が上がっているときに原資産を買うことを求められる。
 しかしこの取引は、原資産価格の振れ方は激しくする矛盾があるのではないでか。
 原資産価格の変動に連れて新たなオプションが恒に購入可能であるとの仮定が誤りであることがわかるまでの1980年代の極めて間、このオプションを用いたdynamic hedging戦略は、株価下落から株式ポートフォリオを守る戦略として人気を得たものとして、記憶されることになった。

 コールの売り プットの売り
 相場下落局面ではプットの売りで利益がでる。相場上昇局面は今度はコールの売りで利益がでる。逆張りであれば、下落局面でコールの買い。これは相場の反転上昇を想定するから。しかしそうならなければ損失が拡大する。

duration
 portfolio insuranceと同様に投資において一時神聖視されたものにduration managementがある。durationは債券投資者が、債券の収益から得られる金利の複利効果を含めて、当初の投資価値を回収するのに要する年数を示している。逆にいえばdurationは、金利変動リスクによる投資のリスクの大きさを示す。この金利変動リスクは、金利が高いほど、また償還までの年数が短いほど小さくなることが直感的にわかる。durationの値は、債券の金利が高いほど、また償還までの年数が短いほど小さくなる。
 このdurationの大きさをリスクのコントロールに使うことがある。その一つがキャッシュフローの年数との対比である。
 運用資産からのキャッシュのアウトフローの時期が明確であるときは、durationを債務側のdurationの年数に合致するようにポートフォリオを組めば、金利変動リスクを回避できることがわかる。このような運用をイミュナイゼーション(免疫化)といるが、しかしそれでは明らかに運用者は運用によるリスクプレミアムをそれでは確保できていないことになる。durationは起こりうるリスクの確率を示していないという問題もある。

 マコーレー・デュレーション:債券価値の平均回収期間。
修正デュレーション:金利が1%動いたときの債券価格の変動の大きさ。


Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
Originally appeared in Feb.24, 2009.
Corrected and reposted in Sept.13, 2010 and February 4, 2012.